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イタリアフォーラムより「ヘルシンキGP~現地観戦記(その2)」

前回の続きです。
イタリア羽生結弦フォーラムより

ヘルシンキ大会を観戦するために私達が出発してから1週間以上が経過したわ。
この巨万の感動のせめて雰囲気だけでも説明しようと試みているんだけれど、未だに効果的に表現出来る言葉を見つけられずにいるのよ。

瞬きほどの速さで過ぎ去った、同時に永遠に記憶される数日間・・・
そして、人生で最も素晴らしい体験を私にプレゼントしてくれた数日間・・・

大袈裟だと思う?

おそらく私は数日前、自分が体感した興奮と刺激にまだ呑み込まれたままで、あの瞬間を思い返すだけで、感動が蘇り、自分が如何に幸運だったか実感するのよ。

私は全てを愛したわ。不運だった旅も含めて。
狐が出没するような辺境にある私の町の道路で事故が起こった時は、10月31日にはヘルシンキに辿り着けない運命のように思われた。
このためにピサの空港に遅れて到着し、そこでミュンヘン行きの飛行機が1時間以上遅れていることを知ったわ。
ミュンヘンでは絶望しながらゲートに走ったけれど、乗継便は出発した後だった!!!
すぐにフライトを変更したけれど、今度はハンブルクまで行って、そこでヘルシンキ行きに乗り換えをしなければならなかった。ハンブルク発ヘルシンキ行きの便も90分遅れだった。
凍るような寒さの中、何とか宿泊先のアパートに辿り着いた時は、疲れ切っていたけれど、その瞬間からは全てが現実離れしていたわ。

まるで私はそこに存在せず、ただ夢を見ているような・・・そんな感覚だった。

忘れられない5日間だった。
一緒に観戦したみんな、ありがとう!

エキシで(号泣している)私に我慢してくれて、ティッシュペーパーを貸してくれてありがとう!
私と一緒に叫んでくれてありがとう!

思い返せば思い返すほど、今も信じられないのよ。

私達は本当に彼を見たの?
それともホログラムだったのかしら?

決して忘れられないユヅル。

木曜日の公式練習で生の彼を見た瞬間、私が感じたこの心臓を締め付けられるような感覚を表現する適切な言葉を私は絶対に見つけることが出来ないでしょう。

心臓の鼓動が止まってしまったのか、鼓動が速過ぎるのか分からなかった。
手足は痺れてビリビリし、喉に何かが詰まっているようで、目が潤んだわ。

私は画面で映像を見ているのではないとすぐには実感出来なかった。
どう説明していいか分からないけれど、私はブレードの音でこれは現実だと自覚したのよ。だって彼のブレードは他の選手達のようにガリガリ音をさせず、別の音を奏でていたから。
それで私は彼が本当にそこにいて、信じられないことに自分が彼と同じ瞬間に同じ空間に存在していることを理解したのよ。

こんな風に語ると彼を神格化しているように思う人がいるかもしれないけれど、正直、滑っているユヅルには、例え誰であっても彼から目を逸らせなくなってしまう特別なオーラがあるのよ。

ただ単に彼が存在すると、他の人達は全員消えてしまう。

彼がリンクをただ周回しているだけでも催眠術をかけられてしまう。
これほど軽やかに、同時にパワフルに実施されるジャンプは、まるでそれが世界一簡単なことのように思わせてしまう。
爪先で実施されるステップシークエンスはまるで無重力で飛翔しているようだった。
スピンは終わりのないアラベスクを絵筆で描いているようだった。

自分自身に何か言い聞かせながらしきりに頷いている彼を見るのも、リンクのあらゆる細部を研究している彼を見るのも、完璧に出来るまで何度も試している彼を見るのも素晴らしかったわ。

どんなにクオリティの高いファン動画でも分からない、多くの些細な仕草を見るのも興味深かった。
礼儀正しく、注意深く、エレガントで、同時に謙虚でライバル達をリスペクトした彼の振る舞いは勿論、時には穏やかで、時には楽しそうで、時には緊張または心配している彼の表情を見ることが出来て。

同じ人間が練習やエキシに比べて試合でこれほど激変するのを見るのも驚異的だった。
アリエフが以前、インタビューで試合中は決して彼と目を合わさないようにしていると言っていたけれど、今ならその訳が理解出来るわ。
これは私がより尊敬しているユヅルの一面の一つなのよ。

彼の集中力
生で見るとそれが一層よく分かる。
彼の中にはどんな障害要素も消すことが出来るスイッチがあって、必要時にこれがオンになるのだということが私には強く感じられたわ。

ユヅルは史上最高のスケーターで卓越した選手だけれど、私はそれ以上に彼の考え方、彼の意志の強さ、そして何よりもどんな困難にも決して屈することのない彼の在り方を賛美しているのよ。

大抵の人なら天狗になってしまいかねない輝かしい功績にも拘わらず、彼はずっと謙虚なままで、とりわけ常に挑戦し、向上し、実験し、みじめに失敗するリスクを恐れず貪欲に進化しようとし続けている。

このことは私にとってスポーツに限定されない、広義における人生の素晴らしい模範となっているのよ。

OtonalとOriginのような2つのプログラムを生で見るという体験について言葉で説明することは出来ないわ。
私がどれほど彼を誇りに思い、この瞬間、ここに居ることがどれほど幸せだったか言葉では言い表せない。
小さなミスはあったけれど(グランプリ初戦で、しかも氷のコンディションが最適ではなかったとこを考慮したら当然ね)、観客は熱狂していたわ。

この混じりけのない歓喜と興奮の空気を生き、みんなと、そして会場中の観客全員と共有することは比類のない体験だったわ。

特にフリーの後は涙が止まらなかった。
私は無意識の内に叫び、手を叩き、飛び跳ねていたわ。
客席の下まで降りて行って、彼に向ってバラを投げ込みながら、私が男性のために花を買うのはこれが初めてだと気が付いたわ!
そして自分のこの状況を自覚して思わず笑ってしまったのよ(爆笑)

イタリアでは花は男性が女性に贈るもので、女性から男性に花を贈るとかそういえばあまり聞いたことがないです

まだ何ページも書きたいことはあるけれど、この数日間が私にとってどれほどの意味を持つものだったのか説明するのはいずれにしても無理ね。
恥ずかしいけれど告白すると、私はミュンヘン行きの飛行機の座席に座った途端、泣き出してしまったのよ。

ユヅを想い、ユヅを見ることが出来たこと、彼が私にプレゼントしてくれた思い出がとても幸せで。

ありがとう、ユヅ
またあなたに会えますように

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☆あまりにも長いので、空港での日本のファンとのエピソードや、他のユヅリーテ達や会場の他のファンとのエピソードはやむを得ずカットしたのですが、それでもこの長さです。

  • ユヅルには、例え誰であっても彼から目を逸らせなくなってしまう特別なオーラがある
  • ただ単に彼が存在すると、他の人達は全員消えてしまう。

まさにその通り
バルセロナでもマルセイユでもヘルシンキでもモスクワでもそうでした。
彼がリンクに出てくると会場の空気が一瞬で変わるのです。
これは現地で生で見ないと感じられないことなので言葉では説明出来ませんが。
「場を支配する」というのが一番近い表現でしょうか
とにかく、言葉では言い表せない圧倒的なオーラがあって、彼がリンクに立つと、他のものは全て消えてしまうのです。
フィギュアスケートの試合をほとんど見たことがない、特にファンでもない私の夫がマルセイユでもモスクワでもそのことに衝撃を受けていましたので、単なるファン目線ではありません(ちなみにマルセイユのショート6分間練習では羽生君を見るのは初めてだったにもかかわらず、「あの紫の彼がそうでしょう?」とすぐに識別していました。それだけ絶対的主役感が凄まじかった)

Published by Nymphea

管理人/翻訳者(イタリア在住)。2011年四大陸チゴイネ落ち