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FUKUSHIMA~A Nuclear Story

東日本大震災からもうすぐ10年を迎えようとしています。
先日、イタリアの「Atlantide~人間と世界の物語」というドキュメンタリー番組で福島原発事故とその後の様子が特集されました。

番組では司会のアンドレア・プルガトーリ氏による短いプロローグの後、日本在住30年のジャーナリストでSkyTg24ニュースの特派員であるピオ・デミリア氏と映像が繋がり、イタリア人の監督・制作チームによって2014年に制作されたドキュメンタリー「FUKUSHIMA~A Nuclear Story」が始まりました。

このブログはタイトルが「惑星ハニュー」という、明らかに羽生結弦選手のファンブログですので、政治、宗教、社会問題に関する話題には触れないようにしてきました。
従って、このドキュメンタリーを紹介する今回の記事はブログの趣旨に反しているのかもしれません。

しかし、このドキュメンタリーを見て・・・私は涙が止まらなくなりました。
今も胸に大きくて重い痞えがあり、どう消化したらいいのか分からない状態ですが、これは大勢の人に見てもらいたいと思いました。

日本の原発ビジネスに一切利害関係のない国の、1ジャーナリストの視点を通して描かれる福島の現実、おそらく日本では決して報道されることのない記録と真実を見て欲しい。

ピオ・デミリア氏が自ら現地に赴いて取材し、300時間にも及ぶフィルム映像を編集して制作されたこの作品は、原発推進か反原発か、という議論を煽るものではありません。

彼がそこで見て、聞いて、感じた、ありのままが記録されています。
それをどう受け止めるかは見る人次第です。

イタリアの番組内ではイタリア語版ドキュメンタリーでしたが、2016年に東京のイタリア文化会館で上映された英語版+日本語字幕付きを共有します。

再生するには下の画像をクリックしてください↓

https://vimeo.com/196532525?fbclid=IwAR3JLqQgatQjCL8syI7g_UsE90sli6WqXwvDYg3A8qPCp4LPLW3UpfPWorw

監督
マッテオ・ガリアルディ

脚本
クリスティーネ・ラインホルト
マッテオ・ガリアルディ
ピオ・デミリア

マンガ作画
イラリア・ジェッリ
二コラ・ロンチ
(ACCADEMIA EUROPEA DI MANGA)

原案
ピオ・デミリア著『TSUNAMI NUCLEARE』


ドキュメンタリー映像の後、再びスタジオのアンドレアさん(A)と東京のピオさん(P)によるリモート会話になります。

会話の内容を要約します。

A:日本は海洋に放射能汚染水を放出しようとしているが、大丈夫なのか?
リスクは?

P:汚染水の放出は問題の一つだが、私の意見では、そして多くの原発専門家や科学者の見方によれば、実は主要な問題ではない。何故なら、海への汚染水放出は東電がこれまでに既にやってきたことだからだ。許可を受けているか否かはともかくとして。東電は自国や地球の利益ではなく、自社の利益に基づいて行動する企業だ。

しかし、残念なことに太平洋は他の海と同様、長年に渡る様々な要因によって海底土と海水は既にかなり汚染されている。

従って、ここ数年間に東電が採用している手段によって少しずつ汚染水を太平洋に放出することは、間違いなく(私は専門家に意見を求めたからこう断言できるのだが)、増え続ける無防備なタンクを置いておくよりはずっとリスクが少ない。無論、魚と漁師にとってはそうではないが。揺れに対して全く保護されていないこれらのタンクは、再度大きな地震が起こったら破裂してこの地域の海に大量の汚染水を放出する恐れがあるからだ。

そして、福島には一時的に冷却されているだけの原子炉が3つあり、溶解または半溶解した燃料と炉心が中にあるこれらの原子炉は物理的にはまだアクティブな状態で、事故から10年たった今も、安全に廃炉にする方法が見つかっていない。

また、原子炉の処理に加え、土壌の浄化や再建といった地域全体の復興には、総額7300億ユーロ(約93兆円)を要すると計算されている。

アメリカを襲ったハリケーン・カトリーナの復興にかかった費用が1700億ユーロ、未だ完全に処理出来ていないチェルノブイリ原発事故も、最悪の想定でも今現在までにかかった費用と今後の費用を合わせて4000億ユーロと言われている。

つまり、福島原発事故はおそらく人類史上最も高くついた事故になるだろう。

A:日本人は礼儀正しい民族だけれど、福島原発や原発に対する抗議やデモはないのか?

P:事故の直後だけだ。福島の外に住む日本人の多くが福島の現状、未だに爆弾を抱えている状態だという事実を知らない。これはマスメディアの責任が大きい。

日本では勿論、報道は自由だが、日本のマスメディアの間には非常に便利な「暗黙の了解」というのがあって、いわゆるタブーとなっている話題には触らない。福島もその一つだ。

安倍晋三元首相がオリンピック開催都市に決定した際、ブエノスアイレスで発言した「Fukushima is under controll」という言葉を日本人は信じている。

未だに自宅に戻れない人々が大勢いること、未だに自殺者がいること、甲状腺がんに苦しむ若者達がいることを多くの日本人は知らない。これは非常に深刻で、悲しいことだ。

A:コロナウイルスも(日本のメディアにとって)タブーなのか?
日本の今の状況はどうなっているのか?

P:数だけを見ると羨望に値する。
感染者の累計数41万から42万人、死者数は約7000人、これがオフィシャルな数字だ。

何故「オフィシャル」かというと、「探せば探すほど見つかる」という諺の通り、日本では検査があまり行われていない。これまでも、これからも
このおめでたい、あるいは呪われたオリンピックの開催可否が決まるまでは。

1日2万か3万件しか検査しなければ・・・つまり検査数が少なければ見つかる陽性者数も当然少なくなる。

そして病院の問題がある。
最初は感染者を全員病院に集めてクラスタを抑え込むことが勝利の秘訣だと見なされていた。しかし、この戦略は手から滑り落ち、今の日本は全国にどのぐらいの感染者がいるのか全く把握出来ていない状況だ。

確かに、キスやハグをしない、スキンシップが少ない、マスク習慣といった、幾つかの社会的文化がリスクを下げているのも事実だ。
パンデミック以前から日本人は花粉症や、ただの風邪でも他人への配慮のためにマスクをする習慣があった。

しかし、ファイザー製ワクチンを1瓶6接種出来る注射器が不足しているという不手際もあり、日本ではようやくワクチン接種が始まったばかりで、他国に比べて遅れを取っている。


福島の復興にかかる費用が93兆円・・・
眩暈がするような数字です。

コロナ禍に加え、森喜朗の女性蔑視発言に発する組織委員会の会長交代劇に纏わる一連のゴタゴタでまさに空前の灯のような東京オリンピックですが、誘致当初から東日本大震災からの「復興五輪」という看板を掲げていたことを思い出さなければなりません。

五輪相や組織委員会のメンバーを含め、このオリンピックに携わる上層部の人間で、「震災復興」という当初の理念を覚えている人がいるでしょうか?

震災復興のための五輪のはずが、いつの間にか打倒コロナ五輪にすり変わってしまっているのにも違和感を覚えます。

震災復興はもう終わったとでも?
強行開催する大義名分になれば何でもいいのでしょうか?

森氏の性差別発言騒動の時、私は問題の発言だけではなく、前後の脈略を理解するために元の発言全文も読みました。

森会長「NHKは動かないと」/発言全文1
森会長「私が悪口を言ったと書かれる」/発言全文2
森会長の心境「どんなことあってもやる」発言全文3

イタリアで云うところの「ケーキを切り分けて分配する」(利権を身内で分け合う)過程を得意げに語ってらっしゃいますが、震災復興への意欲や、自国の国民とアスリートを思いやる気持ちは1ミリも感じられませんでした。被災地と、そこに住む、未だに不便な生活を強いられている人々のことが一瞬でも彼の頭を過ったことがあるでしょうか?

そして、どうしたら「どんなことがあってもやる」と言い切れるのでしょうか?
アスリート達のために絶対に開催してあげたい、と考えているようにはとても思えません。

思えば、開会式を演出するはずだった野村萬斎さんの考えが一番しっくりきていました。

「簡素化する、シンプルにする。個人的には、いろいろな意味でコマーシャリズムがのった五輪を、元に戻すチャンスにしたらいいかなと僕は思っている。理念を再び取り戻す。五輪、パラリンピックをやる意味は何なんだと。この機会にそうなると素晴らしいのではないか。五輪自体はアスリートがしのぎを削る勝負の世界。優劣はつけるけど、人間として平等という理念が基本的にある。ただのお祭り騒ぎではない」

残念ながら、野村さん率いる総合演出チームは解散してしまいましたが・・・

もし東京オリンピックを開催するのであれば、余計な商業的/エンターテインメント的要素は極力縮小し、選手のための純粋な競技会としての五輪に戻して欲しいです。

そして「震災復興」という当初の理念を今一度思い出して下さい!

Published by Nymphea

管理人/翻訳者(イタリア在住)。2011年四大陸チゴイネ落ち