ドライビングポッドキャスト「孤高の先駆者、羽生結弦」

これはマッシミリアーノさんがクレーマに住む友人を訪問した際、インぺリアまでの帰路を利用して収録されたニークなスタイルのポッドキャストです。

サッカー、テニス、バスケット、バレーボール、水泳、フィギュアスケート、スピードスケート、アルペンスキー、クロスカントリー、スキージャンプ、バイアスロンを始め、ありとあらゆる夏季・冬季スポーツの歴史と動向とその主役選手、イタリアにおけるマイナースポーツのスポンサーリングの問題から義務教育におけるスポーツ教育の是非まで多岐に渡る話題で、何と2時間15分もあります!😱

羽生君成分がひときわ多く、ひときわ熱かったのでその部分を抜粋します。長過ぎて全部視聴していないので、前後の脈略が把握出来ていないかもしれません。

 

クレーマ→インぺリア・オーヴェスト(ひたすら語り明かした「帰路」)

羽生結弦からウィーラー&ヴィトッツィ、更に義務教育におけるスポーツ教育にまで話題を広げる。真夜中の長いドライブはフィルター無しでスポーツを全方面から語るチャンスだということに気づいた

完全版(2019年8月4日の真夜中0時45分から3時15分まで収録時間2時間14分40秒!!!😱)

出演者
マッシミリアーノ・アンベージ(M)(ウィンタースポーツ専門ジャーナリスト、伊ユロスポ解説者)
ダニエレ・フェッライオーロ(D)(マッシミリアーノさんの友人)

 

ダニエレさんの全競技を含めて史上最高の選手は誰だと思う?という質問に対して:
競技や種目は多岐に渡っているし、基準や観点も異なるからスポーツ全体をひっくるめて史上最高の選手を特定することは不可能。よくフェデラーとジョコビッチのどちらが史上最強のテニスプレーヤーか議論され、ファンの間で喧嘩すら起こっているけれど、甲乙つけるのは不可能だし、ナンセンスだと思うと話した後で、自身の専門分野であるウィンタースポーツの各競技のレジェンド、または最強と言われている選手について言及し、その上でスポーツ全体で誰が最強か判断するのは難しいし、どの競技に特別な思い入れがあるかによっても左右されるから個人的な選択になると

(23.00辺りから)

D:フィギュアスケートについて言及しなかったけれど・・・わざと?
それとも言うのを忘れたの?

M:まさか
わざと言わなかった。
なぜなら・・・僕の歴史の中で最も重要なものがそこにあるからだ(笑)
どういう意味かというと・・・

羽生結弦

彼は、彼が勝ち取ったタイトルと、何よりもどんな風にこのスポーツを変革したかを考えると、この瞬間、絶対的なナンバーワンだ。

彼の名声を考えたら、他の道に進むという選択肢もあるのに、何度も怪我を負った後で彼は今も勝つために闘っている。
彼は危険なゲームを好み、シーズンごとに戦略を変えてみせる。
他を超越するメンタルを持っている

リンクでやっていることを別にしても、彼は他を上回るメンタルを持っている。
彼のような人間はスポーツ界全体を見渡しても、ごく稀にしか生まれない。
僕にとっては彼がナンバーワンだ。
何故なら僕はスケート畑出身で4歳の時から滑っていて、氷の競技は全部実践したから、技術能力を発達させるために何が必要なのかよく知っている。

彼はこの技術能力を卓越したレベルまで引き上げた。
僕は「技術的万能と芸術的卓越の融合」というフレーズをよく好んで使う。
万能と卓越を逆にしてもいい。意味はほとんど変わらない

つまり僕達が目にしているのは北米で言うところの「トータルパッケージ」だ
そうだろう?
絶対的な規格外の選手

D:彼に匹敵する選手を挙げるとすれば???

M:スポーツ界の偉人を引っ張ってこなければならない。
マイケル・ジョーダンとか
彼は羽生結弦と同列で語ることが出来る選手だ。甲乙をつけずにね。

彼らはメンタルという点において他の選手達よりずっと先にいる
彼らは他の選手達とは異なる特別な「勝利」の観念を持っている。
彼らは自分達の弱点に徹底的に取り組み、これらを強みに変えることが出来る。
これが彼らとその他の選手達の違いなのだ。

勿論、彼らだってNBAファイナルや世界選手権でタイトルを逃すこともある。
そういう敗北のエピソードは幾つもある。
バスケットボールの場合、チームプレーだから、チームメイトが原因で試合に負けることもしばしばある。

フィギュアスケートは個人競技だから当然、自分次第だけれど、常にアクシデントと隣り合わせだ。
羽生は2年連続で大きな怪我によってキャリアを中断された選手だ。
にもかかわらず、彼は復活する力を見せた。

2018年のオリンピックは彼が思い描いていたのとは異なる方法で勝った。
どういう意味かというと、彼は2018年には別のジャンプ構成を披露するつもりだった。
でも彼は片足が不自由な状態でこの大会にやってきた。
他の選手だったら、おそらく競技しなかったような状態で。
だから彼は頭に描いていた内容に比べて「難度を下げた」プログラムを披露した。

彼は4年前から韓国では4種類の4回転ジャンプを跳んで勝つためのプランを立てていた。
でもそれは叶わなかった。
身体がそれを許さなかったのだ
11月に足首の靭帯を損傷したからだ。
それでも・・・彼は不安定なフィジカルコンディションで同様に金メダルを持ち帰った。


今年も同じ状況が繰り返され、世界選手権では2位だった。
でも彼は今も戦い続けている

5月には日本で開催されたアイスショーに出演し、究極難度のジャンプに挑戦した。
4ルッツ、彼の最初の大怪我の原因となったジャンプだ
でも最終的に、彼はこのジャンプを戻してきている。

フィギュアスケートの世界を愛する者なら誰にとっても、来シーズンの羽生を追うことはとても魅力的なことだと僕は思う。
フィギュアスケートを愛する者なら彼のこれまでのキャリアや背後にあるエピソードを知っているし、この競技を進化させることがどれほど難しいか理解しているからだ。

勿論、他の競技を下げたり、他の競技の方が進化させるのが簡単だと言うつもりはない。
でもフィギュアスケートは本当に複雑で難しいスポーツなのだ。

こうした全ての理由から、僕は「史上最高のスポーツ選手は誰?」と訊かれたら「羽生」と答える。
完全に僕の個人的な意見だから、君には好きなだけ時間をあげるけれど、僕は彼が最高だと確信している(笑)

D:僕達の道のりはまだ1時間半もあるから
君の神聖な意見を聞く時間はまだたくさんある。
君は羽生とジョーダンを同列で語ったから聞くけれど、君の意見では彼らは特別な人間として生まれ、最初からそのことを意識しているのか、あるいは徐々に気づいていくのか、つまり競技人生の中で起こった何かが、この意識を覚醒させていくのか、どちらだと思う?

M:僕は最初から彼らの中にあると思う。
彼らは客観的に見て、他を超越する特別な何かを持っている。
メンタルでもフィジカルでも
メンタルというのは勝ちたいという意志、尽きることのないモチベーションという意味だ。

羽生は別のことをして裕福な人生を楽しむことも出来る。
偉大なコーチにも名振付師にもなれるし、彼なら何でも出来るというのに、彼には目標があるのだ。
彼の目標はフィギュアスケートの歴史を変えること、それだけだ

だから4アクセルに挑戦したい
未だかつて誰も跳んだことのないジャンプで、跳ぼうとした者もごく僅かだ。
何故なら想像を絶する驚異的なことだからだ。
おそらく彼の夢は6種類全ての4回転ジャンプを試合で少なくとも1度成功させた史上最初の男子になることだ。
無数の理由から僕の意見ではサイエンスファンタジーの代物だけれど

でも彼らの中には炎がある。
だからなす術がない
彼らには炎とメンタルがあり、己の身体のことを把握している。
自分の身体が何を必要としているか知っている。


僕が羽生の成熟を見たのは、フィジカルコンディションが万全でない彼が「OK、この難度レベルを超えることは身体が許さない。でも僕はこの大会は勝たなければならない、だから4回転ジャンプはトゥループとサルコウだけにして、別の方法でプログラムを設計する」と決断する能力を見せた時だ。
もっと若い頃の羽生ならこのようなプランは立てなかっただろうし、そんな発想はなかったかもしれない。

要するに彼らは稀にしか見ることの出来ない一握りの規格外の選手だ。
勿論、他の競技でも言及に値する偉大な選手は存在するけれど、この2人(羽生とジョーダン)は同列で語ることが出来る選手だ。

羽生は驚異的なアスリートで、彼の物語は深く掘り下げる価値がある。
だから、彼の生い立ちやキャリアを取り上げるポッドキャストを始めというイニシアティブは可能だと思う。
でも執筆するとなると、彼が現役の間はまだ書きたくない。

羽生については書くことがたくさんある。
彼の起源から始めなければならない。

彼が最初にスケートリンクに行ったのは4歳の時だった。
彼の姉がスケートを始めたので、弟の彼は母親に連れられて一緒について行ったのだ。
全てはそこから始まった。
そしてオリンピックで二連覇を達成するに至った。

何度も言っているけれど、フィギュアスケートでのオリンピック二連覇は驚異的なことだ。
特に現在のフィギュアスケートのシングルは高難度のジャンプによって身体を酷使する競技だから猶更だ。

彼の人物像については語ることが山のようにある。
まだノービスの大会で勝つことが彼の目標だった時代から。
日本で開催された大会だけれど、そこから始まった。
彼がノービスの全日本チャンピオンになったのは、確か9歳の時だった。
9歳だよ!

分かってもらえるかな?
つまりこれがいわゆる規格外の選手なのだ。

9歳で11歳の選手に勝つ
12歳で15歳の選手に勝つ
14歳で18歳の選手に勝つ
そして18歳で世界タイトルや五輪金メダルを争う
これが他の選手達の先を行く選手だ。

羽生結弦に関して実現可能な興味深い出版プロジェクトが色々ある。
勿論、時間と意欲が必要だけれど

技術面、人物、思考を分析し、時代ごとに変化するライバル達と比較する。
羽生は2010-2011年シーズンには既にシニアで競争力のある選手だった。
つまりバンクーバー五輪の翌シーズンだ。

そして今、2019-2020年シーズンに突入しようとしている。
この9年間の間に男子シングルのフィギュアスケートは激変した。
2010年のオリンピックでは4回転ジャンプを跳ばなかった選手が金メダルを獲得した。
2022年のオリンピックで勝つのは4種類または5種類の4回転ジャンプに挑戦する選手かもしれない。
2つの時代の間には12年ではなく、一光年ほどの隔たりがある。

これら全てが羽生結弦という人物の偉大さを証明している。
いずれにしてもフィギュアスケート史におけるこの時期、全体的にハイレベルな選手が大勢揃っている。
当然のことながら、フィギュアスケートにはただ跳ぶ能力だけでなく、別のクオリティも求められる。
しかし、今のこの時代、議論の余地のあるルール改正のせいで芸術面は疎かにされている。
でも、例えば羽生はこれらの2つの側面(技術と芸術)を融合させることが出来る。
これだけでも彼は偉大なのだ。そして勿論、彼にはそれ以外の全ても揃っている。

 

ここからイタリアのバイアスロン女子選手の話題

(1.15.40辺りから)

M:ここで先ほどの史上最高の選手の話に戻るけれど
質を重視するか、量を重視するか?
あるいは最短で全てのタイトルを獲得し、さっさと引退してしまった方が凄いのか?
だから判断するのは難しい

D:つまりマッシミリアーノ・アンベージにとってのG.O.A.T(史上最高)は?

M:僕には答えられない。
何故ならスポーツによって異なるからだ
答えはない
観点によって異なる
それにその選手が自分の競技をどう変えたにもよる。

例えば僕にとって羽生は戦歴に関係なく、フィギュアスケートのG.O.A.Tだ
何故なら競技の進化に貢献した選手だからだ。

実際、彼はルールを改正させた。
しかも、彼が有利にならないように改正された。
でも彼はそんなことは絶対に言わないだろう。
それよりも、このルールでも全勝出来る選手になるために自分自身を磨く。
この点からも、この選手の偉大さが伺える。

僕のようなアナリスト達は人間が小さいから、このように制定されたルールを見て激怒する。
それで、ご丁寧に改善策まで提案する。

でも羽生は決して屈しない。
4ルッツが必要だと判断したら、このジャンプの練習を始める。
でも朝起きて4ルッツを跳ぼうと決心して、すぐに跳べるものではない。
出来る人間と出来ない人間がいる。
そして彼には出来るのだ。

☆イタリアではマイナースポーツはスポンサーが付きにくく、有力選手が育ちにくいという話題。
義務教育で体育だけでなく、各競技の発展、各競技の名選手、スポーツが社会に与えた影響など、政治・歴史・地理・文化的観点からスポーツを掘り下げ、競技はサッカーだけではないことを子供達に知ってもらうべき。そして両親や教育者は子供達の適正を見極めるために、様々なスポーツに挑戦させるべきだという議論

(1.45.31辺りから)

M:僕は選択できる可能性があることが重要だと思う。
進んだ社会なら、子供達に選択肢を提供することが出来る。
でも子供は家庭の事情を考慮して選択しなければならない。

何度も羽生について話しているけれど(笑)、彼の場合は偶然が重なり、仙台のスケートリンクに姉について行くことになった。
実はこのケースでも背後に社会現象があった。
何があったのか?

1998年に日本の長野で冬季オリンピックが開催された。
その前の五輪ではフィギュアスケートは日本にとってオリンピックで素晴らしい成績を持ち帰れる競技のひとつだった。
伊藤みどりが日本に歴史的なメダルをもたらした。
佐藤有香もメダルには届かなかったが上位に入賞した。

1998年も日本はホーム開催のオリンピックで素晴らしい結果を期待していただろう。
でも日本は非常に若いチームでこの五輪に挑まなければならなかった。
その中に2006年に日本史上初のオリンピック金メダルを獲得することになる選手もいた。
でも1998年はまだシニアに上がりたての少女だった。
荒川静香のことだ。

でもこのオリンピックのおかげで、日本フィギュアチームのほとんどの選手が宮城県仙台のアイスリンクで練習していた。

結果、地元ではスケートブームが起こった
大勢の選手達が地元のリンクでこの競技のために滑っていたからだ。
確か5人のシングル選手と、仙台のコーチの指導を受けていたペアの選手がこの場所で練習していたと思う。

オリンピックの相乗効果もあり、仙台ではフィギュアスケートへの関心が高まり、羽生の姉もスケート教室に行くことになった。
母親は弟の羽生も連れてスケートリンクに行った。
これが1998年のことだ。
そして彼らは1999年にスケートを始めた。

15年後、2014年に彼はオリンピックチャンピオンになった。フィギュアスケートでは日本男子初の五輪タイトルだった。


時には偶然にその競技を知ることもある。
これは4歳の子供のケースだけれど、もっと大きな子供の場合、親が複数のオプションを提案し、彼らに選ばせるべきだと思う。

 

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☆この後も彼らの会話(しゃべっているのはマッシミリアーノさんだけ)は3時15分にインぺリアの料金所に到着するまで延々と続きます。
マッシミリアーノさんは非常に多忙なので、移動時間を活用してポッドキャストを収録するというのは素晴らしいアイデアだと思いますが、高速道路でしゃべりまくりながら運転って、深夜とはいえ危ないような

他の話題では理路整然と冷静に話しているのに、羽生君の話になると途端に目尻が下がって愛情だだ漏れ🤣

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