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マッシミリアーノさんのFBより「真のマイルストーン~パリの散歩道」

マッシミリアーノさんが福岡GPFの「パリの散歩道」を振り返ります

 

フィギュアスケート百科事典の「競技の流れを変えたプログラムと音楽」という項目に絶対に欠かせないのが真のマイルストーン、『パリの散歩道』である。

ゲイリー・ムーアの曲の旋律は、忠実な旅の伴侶として2シーズンに渡って羽生結弦に寄り添い、彼に4度のショートプログラム世界最高得点をもたらした。

このプログラムが最高点に達したのは2014年のオリンピックだった。

(https://www.youtube.com/watch?v=Bk6qrBrqAqo)

事実、ソチでは2010年から2014年までの4年間、誰も達したことのなかった100点の大台を史上初めて超えることに成功した。

オリンピック以外でも記憶に残る演技は数多くある。

中でも彼がグランプリファイナル初優勝を飾った舞台、福岡において2013年12月に披露されたパフォーマンスは特筆に値する。

あらゆる細部に対するこだわりは、あまりにも自然に簡単に実施される全てのエレメントと同様、今と少しも変わらない。

この点において、『完璧』に達したプログラムの至高の瞬間を選ぶのは容易ではないが、成功と同時に観客席から大歓声が起こった、完璧にアクセントに合わせて両手を上げて着氷された3アクセルがとりわけ際立っていた。

2013-2014年シーズン、羽生はグランプリファイナル、全日本、オリンピック、世界選手権の四冠を達成した。

19歳と69日という若さでの快挙で、十代で五輪タイトルを獲得した史上2人目の男子選手であったことも強調しなければならない。

彼より若くしてこの快挙を達成した男子選手を探すには、遥か昔、アメリカのディック・バトンが18歳と220日で金メダリストになった1948年まで遡らなければならない。

奇しくも羽生とバトンはオリンピック二連覇を成し遂げた最後の2人である。

また、『パリの散歩道』はジェフリー・バトルが日本のチャンピオンのために振り付けた最初のプログラムである。

☆この投稿に寄せられたイタリアのスケートファンの皆さんのコメント

 

あなたの投稿が大好きだわ!

ソチオリンピック開催中、毎晩放送されていたあなたの分かりやすくてワクワクさせられるスタジオをよく覚えているわ。

特に出演者全員がプルシェンコの引退について話す中、あなたは羽生の演技に酔いしれていたわね。神話だわ!ありがとう!

 

☆そのスタジオの動画と翻訳はこちら

イタリア解説「2014ソチオリンピック~男子SP後座談会」

 

プルシェンコと言えば素敵な動画があるのよ。

ユヅルの演技中、ずっとプルシェンコと彼のスタッフを捉えていた動画よ。

プルシェンコは彼の演技を注意深くじっと見守り、自分よりずっと高い得点がユヅルに与えられた瞬間、本当に嬉しそうだった。

才能ある者は天才を認識し、彼をただ称賛する」とはよく言ったものね!

 

☆その動画

 

彼の演技は全て見つくしたと思うけれど、決して見飽きることはないわ。

 

彼のようなスケーター、アーティスト、青年に対して言える言葉はただ一つ♥

計り知れない!

 

ユヅルを見返すことは何時でも感動的だわ!♥

ありがとうマッシミリアーノ!近い内にまた彼の演技を見返せることを願っているわ♥♥♥

 

私を彼の虜にしたプログラムだったわ。大好きな音楽・・・そして彼が滑る時、私は文字通り一瞬たりとも彼から目が逸らせなくなる。

2017年世界選手権におけるホープ&レガシーは彼の最高傑作として歴史に刻まれるでしょう。でもこのショートはスケートの学校で勉強させるべきプログラムよ。

ジャンプからステップ、音楽のアクセント、伝達される感動まで・・・

スケートカナダのエキシビションで彼がこのプログラムを再演するのを見た時、私は3歳の幼児のように号泣したのよ。

 

バトン(1948年五輪で2アクセル初成功、1952年五輪で3ループ初成功、フライングキャメル、1948年から1952年まで無敗。つまり偶然勝ったわけではない)に敬意を払っているけれど、戦後初の世界選手権は1947年、戦後初のオリンピックは1948年。

つまり、当時は出場選手全員が新人で、彼は有力なチャンピオンを超えるためにやってきた少年ではなかった。一方、羽生が勝つには世界選手権三連覇中で、オリンピック出場は2度目、そして大本命と見なされていたチャンを超えなければならなかった。

だから、バトンの時より難しいことだったと思うのよ。

 

私はこのプログラムを狂おしいほど愛しているわ。

彼は宇宙よ♥

彼がずっと健康で、出来るだけ長く競技を続けてくれることを願っているわ♥🐐♥

 

ユヅルはスポーツと芸術の才能を完備しているだけでなく、非常に多彩なスタイルを持っている。

 

私が知っていることはただ一つ。

彼が滑る時、他の全てが消え、彼だけが残る。

あなたの心を揺さぶる無比の感動・・・

あまりにも完璧でしばしば涙を流させるのよ。

 

計り知れないユヅル!

彼の演技の美を再投稿してくれてありがとう。

 

彼の滑りを眺めることは魔法のひと時

 

ありがとうマックス!

あなたはいつでも上品な方法で事実をはっきりさせてくれるわね。 これまでに、彼のような滑りが出来る選手は本当に見たことがないわ・・・

 

目の保養・・・心の保養!!!

 

ONG…彼は神

 

彼はエイリアン

 

まさにこの投稿を待っていたのよ。

この『珠玉』に触れないわけにはいかないでしょう。

ヤンチャで魅力的でちょっと「生意気な」ユヅル。でもだからと言って集中力と果敢さが失われることはなく、もう一つの伝説のパフォーマンスを私達にプレゼントしてくれた。

私がこの振付を特に愛している理由は、「私のチャンピオン」のよりお茶目な一面に光を当てながら、同時に驚異的な 技術(あのアクセルは記憶に刺青されたわ)と、いつものことだけれど楽曲の見事な解釈を際立たせているからよ。

またバトルのプログラムで滑る彼を見たいわ

 

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☆この福岡GPF版のパリの散歩道はソチ個人戦のショートに次ぐ素晴らしい演技でした。

最初の4トゥループ、文字通り飛翔していました。

この大会の彼は何というか、もの凄く勢いがあって、このままソチでも金メダルを獲れるに違いないという予感と期待を抱かせてくれました。

世界のメディアの金メダル予想もこの大会を境に、チャン大本命から羽生とチャンの一騎打ちに変わりました。

エルビス・ストイコはこの時点で基礎点でパトリックを圧倒的に上回る羽生君の方が有利と予言しましたし、同じように先見の明があったマッシミリアーノさんも「この大会で天秤の針は羽生側に永久的に傾いたかもしれない」とNeveitaliaの記事で分析していました。

また、ファイナル開始前に「ソチ金メダルはパトリック・チャン以外あり得ない」と断言していたRai Sport座談会の面々もファイナル男子フリーの直後、「変わり身の早さに呆れられるかもしれないけれど、金メダル候補は断然、羽生結弦」と手の平を返したように羽生君本命説に変わりましたw

 

当時、マッシミリアーノさんは羽生君の強さの秘密として以下を挙げていました:

1)4回転ジャンプをステップから跳べるので、ショートで4トゥループを単独で冒頭に跳び、コンビネーションと3アクセルの合わせて3本のトリプルジャンプを後半に跳ぶことが出来る

2)フリーで2種類の4回転ジャンプを入れることで3ルッツ、3アクセルを2本入れ、しかも全て後半に固めることが出来る。

 

この頃は、多くの選手がソロジャンプのステップルールをちゃんと守っていましたから、4回転ジャンプはコンビネーションにして跳び、ステップからのソロジャンプはトリプル(主にルッツまたはフリップ)にしていました。たまにコフトゥン選手のようにソロジャンプの前に全くステップを入れていない選手もいましたが、GOEで厳しく減点されていました。

それがショートでクワド2本が主流になり始めると、ソロジャンプを堂々と長い助走から跳ぶ選手が増え、何故かジャッジまでがこのようなジャンプに加点するようになり、最終的に選手もジャッジも守ってないから無駄という理由で、ルールそのものが無くなってしまいました・・・

シートベルト着用の規則をどうせ誰も守っていないからと言って廃止するようなものです・・・

実に理不尽ですが、それでいいのかISU・・・

 

さて、GPSの日程やアサインが発表される時期が近づいてきました。

でも今の状況を見ると、来季のグランプリ開催は難しい気がします。

ジュニアグランプリは例年であれば8月から始まりますが、それまでに各国の渡航・入国規制が解除されなければ、現実的に開催は無理だと思うのです。

世界中でスケートリンク等のスポーツ施設が閉鎖され、ほとんどの選手が練習出来ない状態ですし、いつになったら平常の生活が戻ってくるのか今のところ全く見通しが立っていません。

スケーターに限らず、このコロナ禍によって運命を狂わされたアスリートは多いでしょう。

例えば東京オリンピックを目指していた選手達、特にピークの短い競技の選手や体型の変化で数か月の差が致命的になる女子選手にとってコロナによる五輪延期(1年延期ということですが、正直、来年の開催も厳しいのではないかと私は思います)が人生に与える影響は計り知れないと思うのです。

アスリートにとっては過酷な試練の時だと思いますが、羽生君は長期間練習が出来なくなる災難を子供の頃から幾度となく経験している選手です。

10歳の時、仙台のホームリンクが経営難で閉鎖し、練習場所を失いました。

トリノ五輪で金メダルに輝いた荒川静香さんの活躍で同リンクはアイスリンク仙台として営業を再開しますが、東日本大震災によって再び閉鎖し、またしても練習拠点を失いました。

トロントのクリケットクラブに練習拠点を移してからも、ほぼ毎シーズン、怪我や手術によって氷に乗れない時間が何カ月もありました(大きな怪我無くワールド以外の予定されていた全ての大会に出場出来た今シーズンは奇跡です!)

平昌オリンピック前も、昨シーズンの埼玉世界選手権前もライバル選手達が毎日リンクで4回転ジャンプを跳びまくっていた時、彼は氷に乗ることさえ出来ず、数か月間に渡る安静とリハビリを強いられていました。

今回もまた、おそらく長い期間、氷に乗れない時間を過ごさなければならないのでしょう。
でも、これまでと違うことは、他の選手達も同じ条件だということです。

練習が出来ないのは彼だけではありません。

ですから、羽生君のこれまでの経験、氷上練習が無理でも頭脳をフル回転させて逆算の方程式でプランを立て、その時出来ることを模索して実行し、短期間でコンディションとジャンプを戻すことの出来る彼の能力とノウハウが今こそ生きるのではないかと思うのです。

願わくば、この半ば強制的な休養が、彼にとって疲労が蓄積された足や身体を癒し、足首の状態を回復出来る機会になりますように・・・

Published by Nymphea

管理人/翻訳者(イタリア在住)。2011年四大陸チゴイネ落ち