氷上に舞い降りた美神~24時間TVファンの反応

24時間テレビの羽生結弦のアイスショー
イタリアのファングループ「羽生結弦イタリアンFBファングループ」にも沢山のコメントが寄せられていました。印象的なものをご紹介します

 

スケート靴を履き、氷上に舞い降りた美神・・・

みんな彼を見た?何て魅力的なの・・・息が止まったわ・・・彼は氷の申し子だったけれど、今では空気の申し子にもなったわ。

私は彼を形容する適切な言葉を見つけるのに常に苦戦していたけれど、ある時から不可能になったわ。そして今に至るのよ。

あの4Tの出・・・今晩きっと夢に見るわ・・・夢の中で彼はポーズを取っているのよ。
全てが研究され尽くされているわ。アイスリンク仙台は最近の地震の後、継ぎを当てて再び修繕されたばかりで、照明も最悪だったけれど、きっと彼がこのように望んだのね。全てをありのままに感じてもらうために。
まるで瓦礫の中に咲く一輪の花のよう・・・どうしたら泣かずにいられるでしょう?

衣装を見ながら、私はすぐに魅了されたけれど、何故なのか分からなかった・・・そして、ネットに散在するコメントを読んで、この衣装の色に彼が滑った2つのプログラムが包み込まれていることを知ったのよ。このような細やかなこだわりを思いつくのは彼だけよ。だから彼は「ナンバーワン」なのよ。マッシミリアーノ・アンべージが2012年ニースの大会中に言ったフレーズを拝借するわ。
つまり、彼は地上の『完璧』。純粋な詩。

彼によって作り上げられた奇跡
驚異的だわ・・・見る度に進化している

衣装の背中の藤の滝は特殊な品種で、仙台の英雄、伊達政宗が朝鮮出兵した際に持ち帰ったと言われているのよ。
そして・・・いつまでも未練たらしいと思われるかもしれないけれど、オリンピック開会式で「これ」を披露せず、IOCの圧力に屈して東北、広島、長崎を追悼しなかったJOCは許されないわ。たった4分間、羽生結弦を世界に披露するだけで十分だった。たったそれだけで全てが変わっていたでしょう。

私はこの件については考えないようにしているのよ。だって本当に悔しいから。
結弦、特に『この結弦』を世界に見せていれば、開会式に全く別の『意義』を与えたことでしょう。

ジャッジ諸君にバカな質問をするわね:「もし試合でこれをやったらGOEを何点出しますか?」

彼の演技は美への愛よ。

何と言う美しさ・・・魔法のよう・・・この演技に目を、心を持っていかれたわ・・・スピンの軽やかさといったら・・・そう、ユヅは氷の申し子であると同時に空気の申し子でもあるのよ。

それで・・・彼の3Aについて話す?それとも既存の全ての言葉は出尽くしてしまった?
いつものことだけれど途方もなかったわ。ホワイトレジェンドの最後のあの素晴らしいツイヅルは?
私は息が出来なくなったわ・・

アクセルは入りと出を含めて見る度に更に美しくなっているわ。

4Tとその出は泣くほど美しかったわ・・・圧倒的な美に感動させられる・・・

あの4トゥループは「エフォートレス」の概念を変えたと思うわ。ユヅが行う全てのことには事前と事後があるのよ。

彼は「魅惑」。他に彼を定義する言葉を思いつかないのよ。

今朝、彼のパフォーマンスを見たわ(パフォーマンス? なんて控え目な表現かしら。これは天啓であり、超世界と異世界の同時体験です)。彼が4Tとあの出(またしても過小表現ね。クラシックバレエではこれはバリエーションです)を実施した時、私は動画を止めて前に戻り、を何度繰り返したか分からないわ。私はユヅの4Tはもはや頂点に達していて、これ以上エレガントで美しくなることはないと思っていた。彼の優美さ、彼の力、彼の技術、彼のバレエダンサーのような表現力(勿論、バリシニコフ・レベルのバレエダンサーという意味よ)がこれ以上進化するのは不可能と思っていたのに。私が間違っていたのは明らかね。私は魔法をかけられました。それから、衣装、3A、ホワイトレジェンドの最後のツイヅルとスピンについて考え、裸(飾りのない)の環境と剥き出しの照明についてさえ考えたのよ・・・神よ。
神様・・・このような奇跡の証人になれて私達は何て光栄なのでしょう。

そう、あなたは完璧に形容したわ。私が書きたいと思っていたこの感覚を・・・でもユヅの前では全てが麻痺してしまう。

彼を見るのをやめることが出来ない・・・見るのを止めたくない!何という奇跡的な創造物でしょう。

ユヅには、スポーツの通常の理解を超えた定義できない何かがあり、魂があり、生命があり、これらはルールやジャッジによって数値化出来ない要素なのです。結弦は、もはや自分がしていることを続け、己の在り方を貫くことが出来る立場にあるのです。彼は常に真剣勝負のプロ意識の高いアスリートだから、試合では常に全力を尽くす。でも今回のような機会に彼が与えることの出来る感動は、あらゆるカテゴリーを超越しているわ。もはや彼と氷は一心同体なのよ。足にブレードを付けて生まれてきた神話の人物のように。

彼の辞書には「手を抜く」という考えは、例え仮定であっても存在しないのよ。時にはミスをすることはあっても(私達はエイリアンと呼んでいるけれど、肉体的には人間だから)、それでも彼が与えてくれる感動に少しも変わりはない。得点や技術的要素(勿論、彼は高難度ジャンプを入れているけれど、自分の好きなジャンプを好きな場所で自由に跳ぶことが出来る)を気にしなくていいパフォーマンスの感情的な強さは何か驚異的だわ。優れたスケーターは何人も見てきたけれど、誰も彼に近づきさえしない。彼はスケーターではない。彼自身が純度100%のフィギュアスケートなのよ。

時には時間との闘いね。動画が既に出回っているというコメントを読んで、私はすぐにツイッターで動画のリンクを探したわ。この2つのプログラムは、フィギュアスケートのリンクで生み出された最も美しい作品の一つよ。見られないなんて残念過ぎるから。


そしてこちらは今年の8月1日、エレナさんに彼女のブログの読者からプライベートメールで寄せられたメッセージです。彼女が羽生結弦を知ることで人生が変わった経緯が綴られています。

こんにちは、エレナ!
このファンタスティコな日本人を知ったのはほんの数カ月前ですが、私はすぐに心を奪われました。あなたのブログを発見したことは、もう一つの予期せぬ贈り物になりました。1月に数々の偶然が重なり、私は結弦のある試合の動画をYoutubeで見ることになりました。そして30秒も経たない内に、自分が何か圧倒的で驚異的なものを見ているのことに気付きました。どの試合だったかは覚えていません。というのはその後、無数の動画をひたすら見まくったからです。そして、その度に説明しようのない感情。形容することの出来ない、あまりにも深い感情が沸き上がりました。完璧なジェスチャーやジャンプ、スクリーンやテレビカメラを貫く深い眼差しと強い意志によって起こる感動。彼を定義出来るカテゴリーやランキングは存在しません。そしてこのレベルで彼と競える人も存在しません。

私は内気な性格で、ソーシャルに参加したり、自分の個人的な気持ちを誰かと共有するのは苦手ですが、今回はあなたにメッセージを書かずにはいられませんでした。結弦に関する入手可能なあらゆる情報を収集し、共有してくれるあなたのブログは素晴らしいと思います。そしてあなたが自分の見解を述べる時の、礼儀正しく、思慮深い口調を本当に尊敬しています。仕事で疲れた長い1日の後、あなたのブログを読むことは、私に平穏をもたらす夜のオアシスになりました。

私自身スポーツウーマンで、かつて、あるハードなスポーツの選手でした。厳しい鍛錬、揺るがぬ意志、強靭な肉体と精神力、たゆまぬ努力が求められるスポーツでした。だから、アスリート達がアスレチックなジャスチャーの中で表現出来るエレガンスだけでなく、あらゆる要素が網羅されたスポーツとしてのフィギュアスケートを私は以前からずっと好きでした。私は人生において、例え今ではその価値が過小評価され、ほとんど軽視されているとしても、品位、清廉潔白、敬意、誠実を(とりわけ)日常のささやかなジェスチャーで表現する人を尊敬しています。

そして今、私が信じるそれらの価値観を全て兼ね備え、自ら体現し、その上、途方もない才能と揺るぎない決意を持ち、その人間性によって見るの者に尊敬と称賛の念を起こさせる彼のような人間を見ることは、驚異的な発見であり、私が長い間失っていた自信と前向きな気持ちを取り戻させてくれました。

こうして、私は20代の頃のような情熱を持ってトレーニングを再開しました。ただ私自身が充実していると感じるために。
私は全てのことに対してより努力するようになり、ずっと前に自分の人生を置き去りにしたところから再び生き始めるための勇気を見出そうとしています。見ず知らずの人間が、これほど短期間で自分にとって必要不可欠なロールモデルとなり、これほど強力なインスピレーションの源になろうとは、本当に信じられません。私はあなたの「羽生結弦~何事も偶然では起こらない」という記事を何度も読み返しました。

あなたの個人的な物語(敬意と慎みを込めて何も言いません)に加え、私も共有する感情と感動が言葉に変換されており、あなたの伝えたかったことが的確にまとめられた記事だと思います。

残念ながら、私が彼を知ったのは少し遅かったようです。でもこの青年(あるいはエイリアンと呼んだ方がいいでしょうか)がこの数カ月間で私に教えてくれたことに感謝しても感謝し切れませんし、数年間に渡る苦難の時期を過ごした私への人生の贈り物だと思っています。

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今回はアイスショー用の照明を使わず、特別な演出もありませんでした。
ファンの1人が「瓦礫の中に咲く花」と形容していましたが、イタリアではインテリアデザインへのこだわりが強く、徹底して機能性よりビジュアル重視で、倉庫でもない限り間接照明で、剥き出しの蛍光灯とか見たことがないですし、ホテルや商業施設は勿論、オフィスでも公共施設でもドアノブから洗面台の蛇口に至るまでデザインがお洒落です(しかし、お湯の出が悪かったりするのですが)。
なので殺風景なアイスリンク仙台の視覚的インパクトは私達日本人が感じた以上にイタリア人には強烈だったのではないかと思います(だからって「瓦礫」は酷いですが😅)。
壁のこのようなツギハギがきっと地震後の修繕に見えたのでしょう(実際はどうかは分かりませんが)

しかし、だからこそ、このような殺風景で飾り気のない空間で、光を放ちながら滑る彼の演技は鮮烈でした。
文字通り発光していたと思います。
そして、この場所で、演出も特別な照明も無しで滑ったことも含め、この時間、この空間の全てが彼からのメッセージだったのだと思います。

この24時間テレビの後にも、FB羽生結弦イタリアンファングループに新規の加入者がいたそうです。SNSをやらず、露出の少ないオフシーズンだというのに、その希少な露出の度に新たな犠牲者を沼に引きずり込んでいます・・・

Published by Nymphea

管理人/翻訳者(イタリア在住)。2011年四大陸チゴイネ落ち