アンべージ・ウィンターコーナー「不在の羽生が大会を支配する」

シーズン中、マッシミリアーノさんのインタビュー形式で前週末の大会を振り返る「アンべージ・ウィンターコーナー」より

フランス国際について分析しています

 

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フランチェスコ・パオーネ(2019年11月9日)

 

フィギュアスケートから始めよう。マッシミリアーノ、ストラスブールではネイサン・チェンは羽生がカナダでやったことを繰り返すことは出来なかった。

この瞬間、最も白熱した対決についての君の分析は?

現時点では、秤の針は明らかに日本の選手側に傾いている。

スケートアメリカとフランス国際の構成ではネイサン・チェンは勝つことは出来ない。

何故なら、基礎点がほとんど同じ場合、エレメンツの出来栄えにおける質の差、そして客観的に見て明らかな演技構成点における劣勢によって敗北する運命にある。

ここまでは周知の事実で目新しいことは何もない。

より重要なレースになった時、彼は構成を上げ、クワド5本、3アクセル2本を含むトリプル4本のフリープログラムに挑戦することが出来る。

ここまでの試合の展開を注意深く分析すると、アメリカの選手の方が日本の選手を追う立場であり、その逆ではないのは明らかだ。

ネイサン・チェンの現在の構成には4T/eu/3F、2本目の4トゥループ、2本の3アクセルが含まれ、最後のコンビネーションのセカンドジャンプは2トゥループである。後半に実施される4サルコウも忘れてはならない。

要するに、チェンは羽生と競うために、フリープログラムの構成で可能な限り彼のプログラムを模倣し、現在4ループ1本の羽生に対し、4ルッツと4フリップのアドバンテージを生かそうと試みる。

つまり、2つのプログラムの基礎点で合計7/8点余分に稼ごうという考えである。

しかしながら、基礎点においてこのようなハンデがあっても、ベストの羽生ならミスを最小限に抑えさえすれば、チェンを上回れると私は確信している。

それ以外に関しては、ネイサン・チェンの安定感と3アクセルの出来栄えにおける進歩に多大な敬意を表したい。

グランプリ大会8連勝という結果が彼の安定感を明確に物語っている。

 

それではポリティカル・コレクトネスのない君の意見を訊きたい。男子シングルの覇権争いは羽生とチェンだけの完全な一騎打ちになると思う?彼らに挑むことが出来るスケーターは本当に誰もいないのだろうか?

グランプリの前半3戦がトップ2人には他にライバルがいないことをはっきりと裏付けた。

シーズンベスト・トップ4が全て羽生とチェンの出した得点である事実を見逃すことは出来ない。他選手の最も高い得点ですら、チェンのシーズンベストから30点も引き離されている。そのチェンの得点は2度のオリンピックチャンピオンのシーズンベストより20点低い。

構成という点において彼らに近づける得点を握っている唯一の選手は日本の宇野昌磨だが、グルノーブルでの致命的な演技によってレースから脱落してしまった。

 

今の質問の根拠は、まさにグルノーブルでは男子でも女子でも主役になるはずだった多くの選手が期待外れな演技を連発したからだ。このような状況における君の解釈は?

フランス大会の幾つかの結果については慎重に取り上げたい。

勿論、優勝は妥当で、優勝者達は勝利に相応しかった。しかしながら、演技にとって逆風となる条件が多々あったのも事実だ。特に宇野昌磨、あるいは全体的に低調だったザギトワと坂本の期待外れな結果は、グランプリのような国際大会の開催には不適切だった会場のせいでもある。

何とか使用可能といった限界に近い状態の氷が、客観的に見てほとんどの選手を苦戦させた。このような状況はフランスで開催される試合では初めてではない。

この件に関しては反省が必要だと思う。

 

婉曲な言い回しを使うと「全く理想的ではなかった」氷の状態は別として、この週末は別の問題で議論が沸騰した。ネットのコメントを読むと、ジャッジ陣の判定が非難と論争を巻き起こしたことが分かる。これについての君の意見は?

グルノーブルで頻繁に起こったように選手もミスをするし、コーチもミスをするし(素人が考えたようなプログラム構成を見て欲しい)、専門ジャーナリストもミスをする。同じように様々な資格を持つ大会のオフィシャル達もミスをする。

重要なのは同じ試合の中でテクニカルパネルの用いる基準が統一されていることだ。

原則的にアメリカのマライア・ベルのジャンプに対する不可解で極端に寛大な判定は別として、テクニカルパネルの判定は一貫して厳し目だった。

間違いなく、アリョーナ・コストルナヤは3アクセルの同意しかねる回転不足判定(映像で見ると明らかに足りていた)によってショートプログラムでは不利になった。

しかしながら、前述したように、過ちは誰にでもある。

しかしながら、僕は選手やテクニカルパネルを熱心に研究する卓上のアナリスト達が忘れがちな概念をここでもう一度強調しておきたい。

エレメントの性質、回転、踏切のエッジ、またはレベル等がはっきり判断出来ない場合、常に選手側に寄り添った判定を下すとルールで決められている。決して選手に不利に評価するべきではないと。

更に言うと、リンクで起こったことを注意深く分析した結果、演技構成点の幾つかの項目における評価でジャッジ達が用いた基準は、私にとって正直、解明不可能な謎として残った。

別に僕はマライア・ベルを批判したい訳ではないが、何人かのジャッジがskating skillsとtransitionsで彼女にコストルナヤより高得点、または同点を与えた理由を私にはどうしても説明付けすることが出来ない。

これは「誰が誰よりも好み」という主観に基づいて採点された、正当化するのが不可能なケースである。

このような評価は「逸脱」、または言い方を変えると「事実の歪曲」に他ならない。

 

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冷静で的確な分析だと思います。

マッシミリアーノさんはトリノでは羽生君がノーミスの演技を2本揃え、クワド4本のフリーでGOEとPCSの差でネイサンに圧勝するのを見るのが夢だったと言っていました。

大会前の羽生君の予定構成がどうだったのかは分かりませんが、スケートカナダのように質で勝負し、GOEとPCSで最大限に稼ぐ戦略だったのではないかと私は思います。

でもショートのミスで戦略を変更せざるを得なくなりました。

ここ2シーズン、羽生君がミスをすると容赦なく点を下げられるのは私も感じています。

一方、他の選手達はジャンプの着氷で前のめりになっても、着氷時にフリーレッグが氷をかすっていても、リンクの端から端まで助走して跳んでも、回転が微妙でも気前よく加点が付き、「これは転倒じゃないの?」と思うようなジャンプもステップアウト扱いで最低限の減点しかされていないのを・・・あからさま過ぎて気が付かずにいるのは無理です・・・

 

でも、埼玉でもトリノでもネイサンはショートとフリーをノーミスで揃え、一方の羽生君はショートで大きく出遅れ、フリーでもミスがありました。

言い方は悪いですが、ジャッジに付け入るスキを与えてしまったのだと思います。

それでも、トリノのショートではGOEを計算すると、ミスをしたコンボ以外は羽生君の方が高い加点を獲得していました。

しかし、フリーで完璧ではなかった羽生君の後で、ネイサンがノーミス演技をしたものだから、ジャッジ達の遠慮がなくなり、それこそここぞとばかりにGOEとPCSを出血大サービスしたように見えました。

マッシミリアーノさん達が指摘しているように、そこにはルールブックに記載された採点基準に則った根拠はなく、ノーミスだったからGOEも PCSも過剰にインフレーションした、イタリアのスケートファン達曰く「馬鹿げた」得点だったと思います。

その一方で、四大陸選手権のショパンのように羽生君が文字通り完璧な演技をしても、+5や10点を出し惜しみするジャッジがいるからモヤモヤするのです。

 

でも

もし羽生君がバルセロナのSEIMEIやヘルシンキワールドのホプレガのような一糸の乱れもない完璧な演技をしたら

例えネイサンがノーミスだとしても、彼より低いPCSやGOEを与える勇気がジャッジにあるだろうかと私は思うのです。

 

ネイサンはスケーティングも踊りも上手く、パフォーマンスと言う点において魅せる選手で、何よりもジャンプの安定感は抜群だと思いますが、生で見ると、スケーティングとジャンプの質、そして全てのエレメントが完全に振付の一部として自然に実施されているという点において、つまり作品の完成度において羽生君は他選手達とは全く別次元でした。

 

埼玉とトリノの2度の対決は「ミス有り演技」対「ノーミス演技」でしたから、単純に比較するのは難しいと思います。

確かにプロトコルの各項目をルールと照らし合わせて分析すると、辻褄の合わないことだらけですが、現在のジャッジング傾向ではノーミスだった相手に対してミスがあった時点で、同じ土俵で評価もらえなかったと思うのです。

無論、私はこのようなジャッジングが正しいとは思いませんし、ISUの採点基準に関するガイドラインを読めば、正しい訳がないのは明らかです。

そしていつも有利に採点される選手と、逆に不利に採点される選手がいるのも事実です。

でも「史上最も過小評価された世界最高得点」と言われているヘルシンキのホプレガも平昌五輪もPCSは羽生君が全選手中1位で(当然ですが)、GOEでも彼が一番高得点を稼いでいます。

四大陸のショパンのバラード第1番は明らかに過小評価だったにも拘わらず、ショートプログラム歴代最高得点を更新しました。

ジャッジがどんなに点を出し惜しみしても他選手が誰も叶わないほど、ノーミスした時の羽生結弦は圧倒的なのです。

そして羽生君にとってのノーミスとは、全てのジャンプを回転不足もステップアウトもなくただ降りることではありません。
ノーミスのコンセプト自体が他の選手達とは別次元なのです。

 

羽生君が2015年バルセロナGPFのようにショートとフリーの両方で完璧な演技を揃えたら、ジャッジ達が果たしてどんな得点を出すのか、今後の試合を見守りたいと思います。

Published by Nymphea(ニンフェア)

管理人/翻訳者(イタリア在住)。2011年四大陸チゴイネ落ち @pianetahanyu