オータムクラシックを終えて~報道に見る国民性の違いについて思うこと

オータムクラシック・インターナショナルが終わりました。

長年の羽生ファンとしては恒例の「初戦の大自爆」も覚悟していたのに、ショートもフリーも初戦とは思えない完成度でした。

特にフリーは例年シーズン序盤で見られるような体力不足が全く感じられず、4本のクワドを含む全てのジャンプを抜けもコケもなく着氷し、コンボ券も全部使い切るという、初戦とは思えないハイレベルな演技。
まだ9月だというのに絶好調じゃないですか!!!

プログラムはどちらも持ち越しですが、振付の随所がブラッシュアップされており、今後、更にどう進化していくのか見ていくのが楽しみでなりません。

羽生君が怪我なく無事に試合を終え、ショートもフリーも圧倒的に1位、表彰式でのキーガンとの国旗エピソードも微笑ましく、素晴らしい内容の大会だっただけに、モヤモヤの残るジャッジングだけがとても残念でした。

そして私が何よりも違和感を覚えたのは、日本のメディアがまるで示し合わせたように揃って今大会の採点に何の問題もなかったことを前提に報道していたことです。
「4回転は1本も成功しなかった」と報道してしまうところまであるのにはびっくりしましたし、今回の採点を正当化するために無理やり理由付けする後出しジャンケンのような記事も見かけました。

今回に限らず日本のメディアがジャッジやISUの方針を非難する記事はあまり見たことがなく、ジャッジの判定やISUには物申すべきではないという風潮があるように思えます(週刊誌は個人は未成年でもアマチュア選手でも叩くのに、ジャッジやISUは批判しないんですね)。

例えば、昨シーズンの世界選手権もそうでした。
ネイサンが優勝したことには何の異存もありませんが、PCSでは主観が入るPE、INはともかく、少なくともSS、TR、COについてはもっと差が開くべきだったと思います。
羽生君の方が明らかにスケーティングの質が高く、トランジションが豊かで、リンクカバー率に優れ、ジャンプの軌道の多様性にも富んだプログラムを滑っていたからです。

イタリアでは解説だけでなく、複数のメディアがネイサンの演技を称え、優勝に相応しかったとしながらも、演技構成点では羽生結弦ともっと差が開くべきだったと指摘していました。
日本でこのような意見を書いたメディアがあったでしょうか?

女子についても、イタリアの解説とメディアは、日本女子3選手のPCSがロシアの選手達に比べて明らかに過小評価だったと批判していました。
一方、日本では、少なくとも私が知る限り、日本女子のPCS評価に対して不満を述べていたメディアはなかったように思います。

ISUのルール改正についても追及すべきおかしな点が幾つもあると思うのです。
ショートプログラムの必須要件だったソロジャンプの前のステップの廃止、前記事で触れた転倒と重大なエラーの際のPCSの上限引き下げもそうですが、私が一番???と思ったのはジャンプの基礎点の引き下げ幅です。

他のジャンプは順当に基礎点が高いほど引き下げ幅も大きくなっているのに、何故かフリップだけは基礎点がより低いループよりも下げ幅が小さいのです。
4フリップを跳ぶ選手を有利にし、4ループを跳ぶ選手を不利にしたいというISUの思惑が透けて見えるようですが、日本でこの矛盾を指摘したメディアやスケート関係者がいたでしょうか?

日本におけるこのような報道の傾向の根底には「お上には逆らわない」という日本人特有の国民性もあるのかもしれません。

イタリアはどうでしょう?

イタリアは解説もメディアも日本とは対照的に自由奔放です。
おかしいと思ったら、例えそれがそのジャーナリストの主観であっても、臆することなく批判し、徹底的に分析します。

そもそもイタリア人は雇用主相手に訴訟を起こしたり、ストライキやデモをするのが大好きな民族です。
日本のような「お上に逆わない」という考えは今も昔も存在しないのです(個性が評価される国ですから「出る杭は打たれる」というのもありません)。

勿論、批判対象になるのは審判だけではありません。
特に「国技」であるサッカーではレジェンド級の大御所選手であってもスター選手であっても、重要な試合でミスをしたり、成果を出せないとボロクソに叩かれます。

フィギュアスケートの大会で言えば、一番強烈だったのがソチ五輪の女子シングルでした。
あれは忘れもしない・・・本当に凄まじかったです・・・

キムヨナの得点が表示され、アデリーナ・ソトニコワの金メダルが決定した瞬間、イタリアの解説陣が口々にあり得ない、スキャンダルだと叫び出し、実況席は騒然となりました。

大論争はその後の解説者とゲスト達による座談会にも持ち込まれ、アデリーナのルッツのエッジが超スロー映像で何度も検証され、とりわけ激怒していた元アイスダンス選手のフェレデリカ・ファイエッラさんを筆頭に出演者達が史上稀に見る恥ずべきスキャンダルだと糾弾しました。

解説陣の一人だったマッシミリアーノさんは「でもヨナはトリプルジャンプが1本少なかったことも忘れてはならない」と遠慮がちに冷静な意見を述べていましたが、「ロシアの陰謀」だと激昂するフェデリカさん以下ゲスト陣の権幕にかき消されていました。
「あの」マッシミリアーノさんの声がかき消されるのです。座談会が如何にカオスだったか想像してみて下さい!

ただし、アデリーナの名誉のために書いておくと、フェデリカさんの主張はトランジションやジャンプの入り/出などの技術的根拠に基づいていたわけではなく、ヨナのタンゴは素晴らしい芸術、一方、アデリーナはジュニアの演技、だから演技構成点はあり得ないと言う主観に基づく完全な感情論でした。

実際、ガゼッタ・デッロ・スポルトは「批判や陰謀論が巻き起こったが、演技内容を冷静に分析すれば、アデリーナが金メダルに相応しかった」と書いています。

しかしながら、テレビで放送された試合実況と座談会のインパクトは絶大で、イタリアでは今も「ソチ五輪フィギュアスケートの女子金メダルは不当だった」と思い込んでいるお茶の間ファンが少なくないのも事実です。

この時、論点になっていたのはアデリーナが金メダルでヨナが銀メダルだったことで、カロリーナ銅メダルには全員が大満足で、誰も彼女が金メダルまたは銀メダルに相応しかったとは思っていませんでしたから、自国以外の選手の問題でここまで議論が白熱したのです。もし、カロリーナが絡んでいたら一体どうなっていたのか・・・想像するだけで恐ろしいです。

ユロスポのマッシミリアーノさんとアンジェロさんが、明らかな回転不足やエッジエラー、不可解なPCSを、ルールと技術の深い知識に基づいて的確に論理的に指摘するのはご周知の通りです。

2017年の世界選手権
最終結果を受けて女子は五輪出場枠が2枠になってしまいましたが、マッシミリアーノさんは本来なら日本が3枠に相応しかったのに、アメリカに3枠目を与えるために、アメリカの選手のダウングレードレベルの回転不足ジャンプを見逃し、日本から枠を奪ったと批判していました。

本当にそうだったのかどうかは分かりませんが、4位のカレン・チェンと5位の三原舞依ちゃんは僅か1.41点差でした。
もしかしたら、テクニカルパネルの判定が2枠と3枠の明暗を分けたのかもしれません。
いずれにしても日本のメディアとスケート関係者には口が裂けても言えないことです。

Rai Sportのマンマ解説は苛烈なマッシミリアーノさん達に比べると「穏健」なイメージがあるかもしれませんが、実はそうでもありません。

アリアンナさんとフランカさんは好き嫌いがはっきりしていますので、好みではないプログラム、納得のいかないPCSは割とはっきり批判します。
基本的にアリアンナさんはカロリーナ至上主義で、成熟した大人の女性の演技が好みですので、ジュニアから上がりたてのロシアの若い選手達が圧倒的なTESとトランジションてんこ盛りのプログラムで高得点を稼ぐことをあまり快く思っていないようで、「この役が演じられるほど成熟していない」「何も伝わってこない」「個性がない」「演技が冷たい」等の言い回しで批判することがあり、論理的で客観的なアンジェロさんの解説に比べると、かなり主観的です。
勿論、褒めるときは修辞の限りを尽くして絶賛します。

Rai Sportと言えばこんなエピソードがあります。
2016年欧州選手権の女子の試合の実況中、突然、イタリア・スケート連盟の会長が実況席に入ってきたことがありました
会長はゲストとして実況に加わり、しばらく穏やかに談笑していましたが、突然、アリアンナさんが(当時、出場停止期間を巡ってスポーツ仲裁裁判所と揉めていた)カロリーナを会長の力で連盟に働きかけて救ってあげて欲しいと直談判し始めたのです(試合中ですから、誰かの演技中だったはずです)。
生放送中の実況席で、まさか解説者に直談判されるとは夢にも思っていなかった会長はタジタジでした。
日本では考えられないことですが、カロリーナへの深い愛が、彼女をこのような行動に駆り立てたのでしょう。

イタリアでテレビや報道が自由なのはスポーツだけはありません。

大分以前のことですが、当時首相だったシルヴィオ・ベルルスコーニが国営テレビRai3のスタジオ「ゼロ年」という番組に生出演した時のことです。
対談相手の女性ジャーナリストに経済政策について厳しく追及された首相が激怒し、生放送中に退席してしまうという事件がありました。
ゴールデンタイムの国営放送での出来事ですから大騒ぎになり、翌日新聞の一面で取り上げられたほどでした。

その動画>>

首相は女性ジャーナリストに対して「口を慎まないと、あなたのキャリアの汚点になる」と何度も脅しをかけますが、彼女は臆することなく畳みかけるように批判と追及を続け、ついに首相は「恥を知れ」という捨て台詞を残して立ち去ります。

例えばNHKの特別番組に安部総理が生出演し、対談相手からコテンパンに批判されて激怒して退席とか・・・・絶対にあり得ないですね。

このように、日本では絶対にあり得ないことが起こってしまうのがイタリアのテレビなのです。

私は別にイタリアのメディアの在り方が正しいと言いたい訳ではなく、イタリア人のように主張すべきだと言いたいのでもありません。

私はポプラさんがご自身のブログ「ロンドンつれづれ」で書かれているように、間違った方法で声を上げれば、却って応援したい選手の迷惑になるだけで何の解決にもならないから、浅はかな行動を起こすぐらいなら何もしない方がいいと言う考えに賛成ですし、何の関係もない一般市民が巻き込まれるストライキやデモのようなやり方には反対です。

でも、だからこそ、単なる「ファンの言いがかり」にならずに、よりオフィシャルな声として抗議出来る立場にあるのがメディアの方々だと思うのです。
大手のメディアが映像などの証拠を示して報道すれば、数百人の個人が同じことをツイッターで呟く何十倍ものインパクトとパワーがあるはずです。

でも今回のUR判定は、アメリカの著名ジャーナリストでさえ疑問を呈し、世界中のファンの間で議論され、既に回転不足のミスジャッジを証明する検証動画が数多く出回っているにも拘わらず、日本では佐野稔先生が「(4T/eu/3Sは)僕は完璧だったと勝手に思っています」と言って下さったぐらいで、この件に触れるメディアはありませんでした。

もしイタリアなら

例えばカロリーナやマッテオ・リッツォが疑わしい判定をされたら、イタリアのメディアはどう反応しただろう?と考えずにはいられません。

自国の選手ではない羽生君への採点についてさえ、OA Sportは不信を露わにする記事を書いたのです。
私は黙っていなかったのではないかと思います。

自国の選手を守るために何もしてくれない今回の日本のメディアの対応を見ていると、時に過熱し過ぎることはあっても、率直な意見を自由に発信するイタリアのメディア、不正と思われることに対しては、例え相手が権力者であっても公然と批判出来るイタリアのジャーナリストが羨ましいと思うのです。

そして日本のメディアに対しては
「あなた方は羽生君で散々稼いでいるのでしょう?
こんな時こそ、報道の力をフル活用して彼のために何かしてくれてもいいんじゃないの?」
と言いたいのです・・・

Published by Nymphea(ニンフェア)

管理人/翻訳者(イタリア在住)。2011年四大陸チゴイネ落ち @pianetahanyu