AIPS(国際スポーツプレス協会)会長「スポーツメディアの信頼性は多方面から脅かされている」

先日、AIPS(国際スポーツプレス協会)の100周年記念式典がパリで開催されました。この機会に、AIPS所属の世界137カ国、913人のスポーツジャーナリストによって1924年から2024年までの100年間におけるベストアスリートを選出する投票が行われ、何と、羽生君が堂々第6位に選出されました!👏

外務省公式アカウントがこの快挙を祝福しています

Serena Williams and Muhammad Ali crowned AIPS Best Champions of the Century: As voted by 913 journalists

男性アスリートのベスト10は以下の通りです

  • モハメド・アリ(米国)ボクシング
  • ウサイン・ボルト(ジャマイカ)陸上
  • マイケル・ジョーダン(米国)バスケットボール
  • ペレ(ブラジル)サッカー
  • ロジャー・フェデラー(スイス)テニス
  • 羽生結弦(日本)フィギュアスケート
  • マイケル・フェルプス(米国)水泳
  • ディエゴ・マラドーナ(アルゼンチン)サッカー
  • フランツ・ベッケンバウアー(ドイツ)サッカー
  • ジネディーヌ・ジダン(フランス)サッカー

名前が眩しい!
別時代の、自分があまり興味のない競技の選手であっても、誰もが名前を知っているレジェンド中レジェンドばかりです。
ロジャー・フェデラーとマイケル・フェルプスに挟まれているって凄くないですか???

以前、このブログで「カテゴリーを超え、そのスポーツを知らなくても、別の時代の人であっても誰もが名前を知り、その経歴について少なからず把握している伝説の人物」についてチラリと書いたことがあります。その中で、スポーツ選手としてモハメド・アリ、マイケル・ジョーダン、マラドーナの名を挙げ、彼らのような人物について、私はこう定義しています。

そして羽生結弦もそういう人物であると。

欧米中心のジャーナリスト達から、まだ29歳の、世界的にはマイナースポーツのアスリートである日本の羽生結弦が選出されたことが如何に凄いことなのか。
他の9名はサッカー、バスケット、テニスなど、注目度の高いメジャースポーツの選手ばかりです。冬季競技で選出されたのも、アジアから選出されたのも男女含めて彼だけです。
そして現在も、コーチや解説者やセレブリティとしてではなく、スケートリンクで、華々しい活躍と進化をリアルタイムで見ることが出来るのも彼だけです。

記念式典はパリのユネスコ本部で盛大に執り行われ、AIPS現会長がイタリア人ということもあり、イタリアでも複数のメディアで大きく取り上げられていました。

スポーツジャーナリズムAIPS が100周年
イタリア人ジャーナリストが表彰される

そんな中、AIPS会長ジャンニ・メルロ氏は、式典の1カ月前に現在のスポーツメディアの在り方に警鐘を鳴らす記事を自ら執筆しています。

AIPS(国際スポーツ記者協会)100周年

原文>>

ジャンニ・メルロ(AIPS会長)
2024年は100周年を迎えるAIPS(国際スポーツ記者協会)にとって魔法の年になった。
この重要な記念日に会長を務めることが出来たことは、私にとって幸運であり、名誉なことである。

そして、現在、我々の職業は変化を続け、残念ながら苦しみの時期を迎えている。100年前、協会を設立した人々は遥か遠い未来を見据え、国際レベルで我々の独立と労働条件を守ることが出来る組織を作った。我々の同僚である彼らは啓発された人々であり、今この瞬間、我々にも彼らのように、我々が直面しようとしている状況を察知する能力が必要なのだろう。

現在、我々の信頼性は多方面から脅かされている。何故なら、スポーツ界を牛耳る勢力が、批判的な立場を避け、誰かに奉仕することを好む、彼らにとって都合のいい、従順な「コンテンツクリエーター」に我々を取って代わらせようとしているからだ。いわゆるスポーツポピュリズムである。

これは非常に残念な事である、何故なら批判的な、独立した強い報道機関がなければ、スポーツ界は信頼性も誠実さも疑わしい運営者達の手に落ちてしまうリスクがあるからだ。これが現在、我々が直面しているリスクであり、過小評価するのは間違っている。

100周年の話題に戻ると、USSIとジャンフランコ・コッポラ会長の継続的な支援に感謝する。彼らなしでは、私がこの地位にいることは出来なかった。
また、この機会にこの100年間にAIPS幹部を務めたイタリア人を思い出すべきだろう。

(創設から今日までの100年間でAIPSの会員および要職を努めたイタリア人ジャーナリストの一覧は省略)


メルロ会長の懸念は現実的です。
スポーツメディアは、独立した、公正かつ客観的な立場からそのスポーツを批評すべきです。ジャッジの不正や、競技団体内部におけるハラスメントや汚職などが疑われるなら、メディアは率先して真実を追求して報道すべきであり、競技団体やスポーツ連盟、広告代理店やマネージメント会社に忖度して見て見ぬ振りをする、あるいは隠蔽するなど言語道断です。

特にフィギュアスケートは昔からジャッジの公正性や偏向採点が取り沙汰されている競技ですが、海外で、明らかにおかしなジャッジに対する批判の嵐が吹き荒れても日本のメディアはいつも示し合わせたように沈黙していました。

中には海外の記事や実況を都合のいいように脚色し、元の内容とは全く違うニュアンスに捻じ曲げて平気で拡散する無責任なメディアまであります。

メルロ氏が危惧するように、スポーツメディアの独立性、客観性が失われ、スポーツ報道の内容や優先順位がメディアを牛耳る勢力に操作・汚染されているのは、ずっと以前から私も感じています。

しかしこれはスポーツメディアだけの問題ではありません。
イタリアの二大新聞の一つ、レプブリカ紙のベテラン記者であるラファエレ・オリアーニ氏は、レプブリカ紙を含むヨーロッパ主要新聞のイスラエルに忖度した報道に抗議し、今年1月にレプブリカ社を退社しました。

ジャーナリストのラファエレ・オリアーニは昨日、レプブリカ紙の報道路線に抗議するために同社を退社した。
「この大虐殺には、それを可能にするメディアの擁護がある・・・我々がそうだ」

イタリアのジャーナリストから国内における報道の質や偏向に対する不満をよく耳にしますが、輪をかけて酷いと思うのが日本のメディアです。

日本のメディアのおかしさについては過去に何度か書いています。

帰国する度に日本のメディアの質、報道番組の質、テレビ番組全般の質は劣化の一途を辿っていると感じていますが、最近のニュースやテレビ番組を見ると、視聴者をバカ扱いしているようにさえ思えます。

メディアが作り上げたスター選手を、これが全国民の総意と言わんばかりに朝から晩まで多大な時間を割いて壮大に持ち上げる、国民にとって何の公益性もない有名人のゴシップや下らない事件やネタを繰り返し取り上げる、大人向けであるはずの報道番組に何故か動物(「ゆるキャラ」と言うらしい)の着ぐるみを着た人が出てくる(海外の人が日本の天気予報を見たら幼児番組だと思いますよ)。

例えば、福島原発の処理水海洋放出に関するニュースは、イタリアやヨーロッパの方がよっぽど詳しく、時間を割いて報道していました。国民の関心が向かないように触れない、報道しない、ではなく、数字のデータを示し、実際にどの程度のリスクやインパクトがあるのかないのかをきちんと説明するのが誠実で視聴者に寄り添った報道の在り方であり、結果的にメディアに対する国民の信頼回復に繋がると私は思います。隠そうとすればするほど、不信感は募るものです。

日本のテレビを見ていると、政界の汚職や企業の不正などの都合の悪いことから国民の目を逸らすために、おバカな視聴者が喜ぶ(と彼らが思っている)コンテンツを当てがっておけばいいだろう、という意図が見え見えで不快です。まさにメルロ氏の言う「コンテンツクリエーター」です。

今回のAIPS100年間のベストアスリート、モハメド・アリやマイケル・ジョーダンといった、もはや神話の人物であるスーパーレジェンドに混じって、日本からただ一人、年若い羽生君が選出されたことは大ニュースだと思うのですが、日本のメディアは静かなようですね。
何故でしょうか?

英語の原文を読める記者がいないのでしょうか?

Published by Nymphea(ニンフェア)

管理人/翻訳者(イタリア在住)。2011年四大陸チゴイネ落ち @pianetahanyu