BalleticYuzu10~レゾン(Part 1)

バレリーナで作家のアレッサンドラ・モントゥルッキオさんがバレエ的観点から羽生君のプログラムを分析するシリーズ
今回はファンタジーオンで公開されたプログラム「レゾン」の冒頭を分析しています

アレッサンドラ・モントゥルッキオ著
(2022年7月22日)

ユヅの記者会見が開かれると言うニュースが入ってきた時、私はこのBalleticYuzuを書き始めていました。そしてその翌日、結弦はプロ転向を発表しました。私は丸々1日何も書けませんでした。動揺があまりにも大きかったというのもありますが、「Pre-Ritire」のプログラムについて語る意味がまだあるのか確信が持てなかったからです(ユヅが「Ritire」(引退)という言葉を嫌っているのは知っていますが)。しかし、レゾンを省察すると、リアルフェイスや彼の最後の競技プログラム同様、一つの方向性を示していることが分かります。それはおそらく、ユヅの近い将来にとって重要な方向性となるでしょう。そこで私は執筆を再開することにしました。以下がその結果です。

ユヅが非常に注意深い観察者であり、ダンスが彼が観察している分野の一つであることは、私達はよく知っています。しかし、数年間で彼のフィギュアスケートとダンスの関係は少し変化しました。

この変化の最初の兆しは、おそらくオトナルのステップシークエンスにおける、あのソ・ドゥ・バスクでした。これはフィギュアスケートには同じ動きや似た動きがない完全にクラシックバレエのステップです。しかし、ジェフリー・バトルは、このステップを見事にステップシークエンスに組み込み、ユヅは見事に実施しました。このステップシークエンスは、(もし存在するなら)レベル5か6に値します。 

ソ・ドゥ・バスク

そして、昨年の Blinding Lightsがありました。これはユヅ自身が振付師となった初めての試みであっただけでなく、ダンスの典型的な動き(クラシックバレエではなくジャズダンスとファンク)がふんだんに盛り込まれ、特に頭部、肩、腕、胴体などの上半身にフォーカスしていたと言う点において注目に値しました。これは、たまに聞かれる彼に対する批判(上半身の使用が乏しい)が全く根拠のない戯言であることを証明する試みだったのかもしれません(実際には、以前から上半身の使用が常にあったことは火を見るよりも明らかな事実です)。ユヅは様々なジャンルのダンスを研究しており、おそらく、彼のフィギュアスケートに挿入するための正しい方法を模索しているのでしょう。(彼がこの後にグループの中で最も優れたダンサーであり、最も堅実なテルプシコラーを基礎を持つBTSのジミンのダンススキルを称賛したのは偶然ではありません)。

その後、これまでのフィギュアスケートとバレエの交錯が、正真正銘の『融合』に昇華したロンドカプリツィオーゾという頂点に達しました。新たな競技を設立するべき瞬間でした。ここでは見事なクラシックバレエでしたが、ファンタジーオンアイス前半のリアルフェイスでは、彼はバレエを離れ、別のダンスジャンルにフォーカスし、この競技の基盤に新たなレンガを積み始めました。

レゾンはレアルフェイスに比べて大きく前進したというより、リアルフェイスでの新たな歩みの幅を広げ、更に深く突き詰めたものでした。特に腕の動きで(とりわけフィギュアスケートの動きが複雑でなく、静止している瞬間に)ヒップホップ、ワッキング、ヴォーギング、ジャズの動きを実施すると言うリアルフェイスでユヅが追求し始めた試みが、レゾンでは体系性を獲得し、ロンカプで見たフィギュアスケートとの「あの融合」に達しました。このため、これが競技プログラムではなく、複雑さと言う点において劣り、ロンカプが到達不可能な比類のないプログラムであることに間違いありませんが、それでも、デヴィッド・ウィルソンと結弦自身によって実現されたこの振付の幾つかのパッセージを分析することは重要だと思います。

最初にお断りしておくと、私はバレエとジャズダンス(特にリリカルジャズとモダンジャズ)は何十年も実践し、指導してるので、よく知っています。ですからこのジャンルのダンスについては、用語の知識があり、ニュアンスも理解しています。他のジャンルについては、生徒として練習していますので、常に用語を理解し、ニュアンスを感じ取れる訳ではありません。また、クラシックバレエ以外の分野のダンスでは、グレーゾーンや混交が非常に多いため、時として、どのダンスの動きか見分けるのが非常に困難(場合によっては不可能)であることも考慮しなければなりません。従って、私の分析に間違いがあるかもしれないことを留意して下さい。訂正してくれる方は大歓迎です。

それでは始めましょう。

ユヅは肩に片手を置いて演技を始めます。(フィニッシュでも同じポーズを採用しています)。それから腕を開き、片方の肩を上げ、滑り出しながらもう片方の肩を上げます。リアルフェイスでもそうであったように、プログラム全体を通して、同じ動作、あるいは似た動作(肩を上げる、頭部を回す、腰または胸を突き出す)を繰り返します。これらの動作は、いずれも身体の他の部分は一切動かさず、その部位だけ完全に分離しています。このいわゆる「アイソレーション」は、ジャズのレッスンでいつも最初に行うエクササイズです。全ての筋肉を温めるためだけでなく、これらの筋肉をコントロールすることを学び、これにより個々の筋肉を独立して動かせるようにするためです。これは決して簡単なことではありません。例えば、まず胸を前に突き出し、右胸を後ろに引き、その後で左胸を後ろに引いてみてください。胸以外の身体の他の部分が動きませんでしたか?おそらく、動いたでしょう。おそらく、肩や首、脇腹、あるいは別の部分が動きませんでしたか?分離は簡単ではありません。そして、通常、止まった状態で行うのです。ユヅは滑りながらこれを行っています。

その後、180度回転し、タン・ド・フレッシュを行います。

タン・ド・フレッシュ


ダンスではシザースと呼ばれるこの動きは、片足を前に振り上げながら、ジャンプし、着地する前に振り上げた足を引き寄せて、もう一方の脚を振り上げ、こうすることで、フリーレッグと軸足をチェンジします。さて、結弦のタン・ド・フレッシュは素晴らしい出来ではありません。もし彼がダンサーなら彼の先生は叱ったでしょう。バットマンを完了する2番目の脚が90度に上がり切っていなかったからです。彼ほどの柔軟性があれば、もっと高く振り上げることが出来るはずです。ジャンプも実際には、小さく、結果的に彼のタン・ド・フレッシュはとても小さくなっています。しかし、非常に正しく実施されています。何故なら、ユヅは背筋をまっすぐ伸ばし(通常、脚を上げると、本能的に屈んだ姿勢になってしまいます)、肩は左右対称で(ジャンプしながら足替えをする際、どうしても左右の肩が別々に動いてしまいがちです)、フリーレッグの膝は真っすぐ伸びています。しかも彼はこれをスケート靴を履いて行っているのです。私はタン・ド・フレッシュを上手く楽に出来ますが、絶対にツルツル滑る床ではやりたくありません。

ここでユヅは手の平を外に向け、両腕で顔を覆って止まります。両腕を開いた時、左腕の肘から下を2度旋回し、それから人差し指と中指を立てた手を再び顔の前に持ってきて、目の高さで勝利のジェスチャーを行います。その後、腕を再び広げ、もう片方の手の助けを借りて、手首を旋回し、指を開いたり閉じたりする一連の動作を行います。その後、手話の「指切りげんまん」が続くと解釈した人もいます。この点については、私はあまりにも無知なので、確認も反論も出来ません。 ただし、前腕の回転と指の使い方の 2 点に注目したいと思います。静止している時でも、動いている時でも、腕の素早い使用はヴォーギング(通常、目まぐるしい動きをする踵で行うダンス)の特徴で、非常に豊かな腕の動きが求められます。これらの動作の多くは(非常に速い動きであることが多い)、肘より下で行われ、腕の肘より上の部分は動かないように注意しなければなりません。ここで、ユヅは右前腕を2度旋回させます。これを行うのにヴォーギングの知識は必要ありませんが、リアルフェイスの幾つかの動作を観察すると、彼はこのジャンルにも目を向けていると思われます。もしかしたらパパダキス/シゼロンがきっかけで(彼らのオリンピックのフリープログラムにはヴォーギングの動きが少しありました)、ヴォーギングの大会やグループに注目するようになったのかもしれません。ユヅが指で行う非常に明解な動きに関しては、これを頻繁に使用するダンスのジャンルが幾つかあります。例えば、インド舞踊では、手と指のポジションには常に正確な意味があります。しかし、ヒップホップとその派生ジャンル、そして前述のヴォーギングでも、指でジェスチャーを注意深く模倣したり(例えば、ヴォーギングでは白粉をはたいたり)、概念を表現することが出来ます(親指、人差し指、小指を伸ばし、中指と薬指を折り畳むヒップホップのシャカ等)。ここでも、ユヅは広義のダンスを探求し、あらゆる細部まで観察しているという印象を受けます。

#balleticyuzu

アレッサンドラ・モントゥルッキオ
作家、編集者、翻訳家。幼少時よりバレエを学び実践するバレリーナであり、指導も行っている。
Wikiプロフィール:https://it.wikipedia.org/wiki/Alessandra_Montrucchio

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☆このプログラムではジャズダンスやヴォーギングの要素が取り入れられているのですね。
これはパート1で、パート2もあります(まだ読めてないんですが)


今週の土曜日は24時間テレビで羽生君の演技を見ることが出来ます!
演目はロンドカプリツィオーゾということで、本当に楽しみです。

海外のファンの願いは、テレビ局とは別に撮影した映像を後日にでも彼の公式チャンネルで公開してくれることです。私は8月はいつも日本に帰国していますので、実家のテレビで見られますが、海外のファンは非合法的な手段で視聴するしかないのです。

原曲の作者サン・サーンスの著作権は既に消失しています。編曲と演奏を行い、著作隣接権を持つ清塚信也さんは羽生君と親交がありますから、例えばプリンスやロビー・ウィリアムズの楽曲より使いやすいのではないでしょうか。

羽生君
あなたのファンは南半球の果てから太平洋に浮かぶ島まで地球上のあらゆる場所に存在するのです。
どうか世界中のファンが24時間テレビのあなたの演技を合法的に視聴出来るようにして下さい・・・🙏🙏🙏

Published by Nymphea(ニンフェア)

管理人/翻訳者(イタリア在住)。2011年四大陸チゴイネ落ち @pianetahanyu