EleC’s Worldより「BalleticYuzu 01 – 『天と地と』のジャンプシークエンス」

いつもイタリア実況解説の貴重な動画を提供して下さるエレナさんのブログに掲載されたイタリアの現役バレリーナ、アレッサンドラ・モントゥルッキオさんの考察記事をご紹介します。

#BalleticYuzuのハッシュタグをつけてFB羽生結弦国際ファングループと羽生結弦イタリアンFBファングループに投稿されていた内容を、アレッサンドラさんの許可を得てエレナさんがご自身のブログで紹介して下さいました。

シリーズになっていて、第1回目のこの記事では、クロスオーバーを1回も入れずに3A+2Tから幾つかのトランジションを挟んで3Loを実施した「天と地と」の9秒間をフォーカスしています。
いとも簡単に実施されたこのパッセージが実はどれほど驚異的な難度のことなのか、アレッサンドラさんがプロのバレリーナの視点から詳しく分析してくれています。

原文>>


アレッサンドラ・モントゥルッキオ著
(2021年2月23日)

こんにちは皆さん!
私は何十年も群舞で踊っていますが、ユヅを初めて見た時、私にはただ氷上のバリシニコフに見えました。そして一目で彼を愛するようになりました。そんな訳で、彼の新しいプログラムを何度も何度も何度も過剰に見返した後で、バレエの美しさと難しさを知っている人間の視点から、幾つかのパッセージについてコメントしたいと思いました。
この超長文を読む気力がある人のために(そしてこれは1回目に過ぎないのです!)
これから3回か4回、この#balleticyuzuシリーズを続けるつもりでいます。

こちらは参考となる動画です。


今日お話しするパッセージは1.01から1.10の9秒間です。

それではシリーズ第1回
「『天と地と』のジャンプシークエンス」

9秒間―もう一度言いましょう―9秒間で―クロスオーバーを一度も挟まずに―これももう一度繰り返すに値します―クロスオーバーを一度も挟まずに、ユヅはコンビネーション3A+2T、数ステップのトランジションを入れて即座に3Loを実施しています(その前の4Sも含めると、20秒間でクロスオーバー1回、しかもそれが本当にクロスオーバーなのかも私にはさだかではありません)。

至上のフィギュアスケートの瞬間です。従ってバレエと何の関係があるでしょうか?
いいえ、関係あるのです。

バレエとフィギュアスケートの第一の、そして最も明らかな類似点は、どちらも特定の空間内でのムーブメント、一般的に音楽に合わせたムーブメントであるという点です。どちらの場合も、演者は音楽に乗せて空間内で実施するムーブメントを表現しようとします(つまり芸術性を追求します)。そして運動のジェスチャーを超え、世界観や感情、心理状態を伝達し、語ろうとします。これを達成するにはただ曲のテンポに合わせて動くだけでは不十分です。その楽曲に合ったムーブメントが求められます。直感的であると同時に明白な概念です:例えばワルツでメレンゲは踊れません。

しかし、次の段階があります。
分かりやすくクラシックバレエの例を挙げてみましょう。白鳥の湖でもドン・キホーテでも、クラシックバレエでは少なくともパ・ド・ドゥが1回入っています。標準的なパ・ド・ドゥの構造では、前後に男女の踊り手がそれぞれのソロを踊るペアのパ・ド・ドゥが2度含まれています。
男性のソロは、弦楽器だけでなく金管楽器が際立つ高音の曲調に合わせて実施される、大きな跳躍(「大きな跳躍」とはその場で跳び上がるのではなく、グランドジェテ、すなわち開脚ジャンプまたはこれに似たジャンプのことです)と一連のピルエットを特徴としています。一方、女性のソロでは、非常に精度の高いフットワークが求められる小さなステップ、対角線上に進むピケ(これが何か分からない人はこちらをご覧下さい)、ピルエットが、弦楽器やハープ、時にはフルートやオーボエのような木管楽器の音色に支配された緩急のある甘美な曲調に合わせて実施されます。このような特殊なムーブメントと音楽の「アンサンブル」(融合)が、この場面の雰囲気を作り上げるだけでなく、登場人物の性格まで表現します。

さて、フィギュアスケートでもこのアンサンブルは存在しますが、バレエに比べると通常、少し精度が落ちます。これは氷上で動くというフィギュアスケート特有の性質により、音楽との融合においてバレエほどの域に達するのは困難だからです。
当然です。氷上を滑走し、ジャンプの準備をしながら、どうしたら秒単位で較正出来ますか?
ほとんどのトップスケーターが、音楽を完全には表現出来ていません。音楽のテンポにはそれなりに合っています。勿論、彼らは自分達のスケートの技能を曲に合わせて変換し、ただ「音楽のテンポに合わせる」だけではなく、感情的なムードを作り上げることが出来ます。ただし、それはプログラム冒頭や、ステップシークエンスやコレオシークエンスの前後、つまり彼らが実質スケートをしていない時だけなのです。

この点において、ユヅは偉大なバレエダンサー(全てのバレエダンサーではありません)が舞台で実現できることを、氷上で、フィギュアスケートで実現出来る唯一のスケーターです。
ロミジュリ1で既にかなりの近い域に達していましたが、ショパン、SEIMEI、ホープ&レガシーで到達しました。そして2019年のグランプリファイナルのOriginでは、少しだけ遠ざかりますが(4分間に5本の4回転ジャンプを跳ばなければならなかったせいですが、それでも他の誰よりもずっと高い域にいました)、Otonalと、そしてパリの散歩道以降のショートプログラムでこの域に達しなかったことは一度もありませんでした。

そして「天と地と」では・・・おそらくバリシニコフとルドルフヌレエフだけが到達出来るできるようなレベルに到達しました。

それで本題に戻り、クロスオーバー無しに3本のジャンプが実施されたあの9秒間に話を戻しましょう。
曲調はクレシェンドしますが、リズムや強さではなく(テンポが速くなったり楽器の数が増える訳ではありません)、激しさが増します。まるで川の流れのように、平地を通り過ぎた後、傾斜に遭遇し、否応なく流れが激しくなり・・・それから大地が急降下するのか、再び平坦になるのか分からない一瞬の間があった後、再び平穏が訪れます。クレシェンドのところで、ユヅは2本のジャンプから成るコンビネーションジャンプを実施します。そして数ステップのトランジションの後で3本目のジャンプ。スケーターが曲調のクレシェンドに合わせてジャンプするのは驚くことではありません。ユヅに度肝を抜かれるのは(そして魅了されるのは)、このクレッシェンドのために、9秒間の「ムーブメントと音楽のバレエ的融合」(要するに9秒間のバレエです)を織り上げるジャンプとトランジションを選んだ彼のセンスです。

特にコンビネーションに注目して下さい。
ユヅはここでプログラムの「重い」コンビネーション、つまり4T+3Tではなく、より「軽い」3A+2Tを跳びました。より曲調に適しており、それは各ジャンプが(4T+3Tに比べて)1回転ずつ少ないからだけでなく、おそらく占有するスペースがより少なく、音楽の邪魔にならない(目立ち過ぎない)からでしょう。そしてアクセル、つまりエッジジャンプを選びました。エッジジャンプは氷面にトゥを突かずに離氷します。エッジジャンプはインサイドまたはアウトサイドのエッジで踏み切りますので、トゥジャンプに比べて、視覚的により柔らかで滑らかな印象を与えます。トゥジャンプの場合、例えどんなに優美に踏み切っても、離氷の瞬間は常に荒っぽくなります。氷面を「叩く」ブレードの先端が、破線のようになるからです。一方、エッジジャンプのエッジはまるで曲線のようです。破線では傾斜(急傾斜ではありません)に遭遇する川の流れは表現出来ません。従って、ユヅはジャンプ自体が準備になっている(助走レスの)3Aを実施するのです。そしてトゥループ、つまりトゥジャンプですが、ダブルジャンプです。3アクセルの3回転半の後、トゥジャンプにも拘わらず、非常に優しく、「のどかな」な印象を与えます。
そして前述の曲線に向かってトランジションの幾つかのステップが続きます(ユヅはまるでピルエットを行っているようです。左腕が前方に、右腕が外側に伸びた腕のポジションにも注目して下さい。これはバレリーナがピルエットに入る時の腕のポジションです)。

シークエンスは3回転ジャンプ、正確には3回転ループで締めくくられます。ループはエッジジャンプというだけでなく、おそらく(アクセルに次いで)最もエレガントで最もしなやかなジャンプなのです。踏切と着氷の脚が同じで、他のジャンプに比べてより静的でコンパクトという、技術上の性質により、それほどスピードと高さがあるジャンプではありません。つまり、クレシェンドが中断され、曲調が変化して先に進む前の一瞬の静寂、休止の瞬間に理想的なジャンプなのです。

ユヅはリスクを冒して、他のトリプルではなくループを選びました(例えば、3A+2Tの後、ツイヅルから3Fでも素晴らしかったと思いますが)。何故なら、もしフリー冒頭の4Loが入らず、3Loになってしまった場合、ここで3Loを繰り返すことは出来なくなるからです。しかし、もしこのリスクを冒さなければ、この驚異的な音楽との「バレエ的」融合は、これほど完全に実現されませんでした。そして「リスクを伴う完璧」と「安全な妥協策」の内、ユヅがいつもどちらを選ぶのか、私達は全員よく知っていますね?
(備考:バレエでは、ピルエットはアン・ドゥオールまたはアン・ドゥダンにすることが出来ます。基本ポジションは同じですが、フリーレッグがパッセ、すなわち足先が膝の上に乗るほど曲がっています。ピルエットアン・ドゥオールではフリーレッグ側に回転します。ピルエットアン・ドゥダンでは軸足側に回転します。主要な振付で実施されるピルエットのほとんどがピルエットアン・ドゥオールです。単により美しく流麗だからだと思います。このような観点から見ると、ループはジャンプのアン・ドゥオールなのです。審美面からも、「天と地と」のより美しさと流麗さが求めらるパッセージにおいて、ループはより美しく流麗なジャンプなのです)

続けましょう。
このパッセージには、私自身バレリーナとして驚愕しながら、と言うより畏敬の念を抱きながら見ていることがあります。それは向きの変化です。

バレエではピルエットは難しい技で、当然、ピルエットを何度も連続して実施するのは非常に難しいことです(つまり準備の後、ピルエットを2回、3回、4回と続けて実施することです)。映画「ホワイトナイツ/白夜」の中でバリシニコフは、何と11回連続でピルエットを実施しています。しかもモカシンシューズを履いて!断言しますが、映画が公開されてから長い月日が経った今も、私はこの場面を見る度に開いた口が塞がらなくなるのです(興味のある方はこちらの1.18からご覧になれます)。

しかし、そのピルエットを1回目は観客の方、次は横向き、その次は後ろ向きという具合に向きを変化させながら、何度も実施するのは更に難しいことです。皆さんは伝統的なバレエの多くで主役がソロを締めくくるフェッテ32回転をご存じですか?

フェッテ32回転

今では、エトワール達はこのフェッテを競ってより複雑にしようとします。3回転を入れる人もいれば、パッセの代わりにアティテュード・ドゥヴァンを始める人もいます。しかし、最も挑戦的なだったのは、アネット・デルガド(キューバ国立バレエ団)のフェッテでした。彼女はフェッテを実施しながら、少しずつ向きを変化させていったのです。

転んだり、目が回らないようにピルエットを実施するために、ダンサーは視点を一点(スポット)に定めます。視線をギリギリまでこのスポットに残し、出来るだけ早くそこへ戻ってこなければなりません。このスポットが変わると、つまり開始時に正面にあったこのスポットを、回転しながら、同じ場所ではなく、90度、180度、270度とずらしながら実施する場合、ピルエットの難度は倍増します。

私の意見では、3アクセルが他のトリプルより難しいのはこのためだと思います。前向きで踏切り、後ろ向きで着氷するということは、スポットが180度移動することを意味しています。数秒で視線と頭部全体を一点にフォーカスし、放棄し、すぐに別の一点にフォーカスしなければならないので、バランスを失う可能性はより高くなります。アクセルが最も難度の高いジャンプと見なされているのは当然だと思いますが、それは半回転余分に回るからだけではないと私は思います。スポットを変えずに2回転(あるいはピルエット2回)を実施する方が、スポットを変えながら1回転半するより難しいと思うからです。

技術的にピルエットは1回でも難しいですが、プレパレーション(準備)、ピルエット、プレパレーション、ピルエットと言う具合に連続して実施するのは大変難しいことです。このようなシークエンスでは、準備のプリエからピルエット自体のパッセまで、ポジションを継続的に変更しなければなりません。また重心も変化しますから、 バランスを維持し、ピルエットの回転速度と、完全な静止状態であるプレパレーションの入れ替わりを上手く調整するには、腕、背中、腹筋、腰、そして首にさえも同時に神経を集中させなければなりません。非常にコントロールするのが難しい継続的なStop&Goなのです

例としてこの動画の1.37をご覧下さい。

このコンビネーションでは、ユヅは助走無しで3Aを跳ぶだけでなく、スポットを変え、着氷し、2Tを実施するために減速し、自分自身を回転させながらトランジションのステップを幾つか実施し、3Loを踏切ります(彼がやっていることを書き出すだけで、余りの難度の高さに私は鳥肌が立つのです)。彼はこれらを円を描き、スポットを変え続けながら実施しているのです。

スケーターはいつも正面を向いている舞台のバレリーナと違って、アイスリンクで四方に見せることに慣れていると言われるかもしれません。しかしユヅはポジション、速度、重心の高さ、向き、姿勢、筋肉の動きをこれほど多様に変化させながら、この、まさに狂気の9秒間を実現したのです。

これは、「3本のジャンプの実施」を遥かに超えた、他に類を見ない無比の技術であり、ジェスチャーと音楽が融合する純粋な芸術です。身体、ムーブメント、旋律の熟達であり、どうしたら唖然とならずに見ることが出来るのか、私には分かりません。
そして数十年間、群舞で踊っている私には、陶酔せずにこのパッセージを見ることは出来ません。

何故なら、このパッセージは間違いなくフィギュアスケートの至上の瞬間であり、同時にバレエの至上の瞬間でもあるからです。

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☆私はバレエを見るのは大好きでスカラ座によく見に行ったりしますが、専門的な知識は皆無なので、バレエ用語が間違っていてもどうかご容赦を💦

前回の記事で私が素人目線の印象として拙い言葉で書いていたことを、バレリーナの方が非常に専門的な観点から、具体的な例を挙げて詳しく解説してくれました。

しかし、羽生君ファンのバレリーナ率は高いですね。
マッシさんのFBにコメントするユーザーの中にバレリーナやバレエ関係者が何人もいますし、前にバレエアカデミーの校長先生という方が絶賛コメントを書き込んでいたこともありました。

そしてマルティーナさんもそうですが、皆さん専門的な知識に加え、文才豊かで研究者気質です。
特にイタリア人は(少なくとも私の周りでは)文章を書くのが上手い人が多いです。そして全体的に超長文傾向。さすが、ダンテ・アリギエーリを生んだ国です。
アレッサンドラさんもこれが1作目で、最新作の「マスカレイド」まで論文のような考察が続きます。

そして世界各国の才能豊かな皆さんを研究と執筆に駆り立てる羽生結弦の魔力。
日本にもこれはこのまま本にして出版して欲しい、という見事な文章を書かれている方がいますが、世界中の文才豊かなブロガーさんやライターさんが羽生君について語りつくした書き物をかき集めたら、広辞林ほどの分厚い本が出来上がりそうです。
いや、世界中から集めなくてもマッシさんとマルティーナさんとこのアレッサンドラさんの3人だけで広辞林になりそう😂

Published by Nymphea

管理人/翻訳者(イタリア在住)。2011年四大陸チゴイネ落ち