EleC’s Worldより「BalleticYuzu 07:CRYSTAL MEMORIESのY字スパイラル」

バレリーナのアレッサンドラ・モントゥルッキオさんが再び素敵な分析記事を書いてくれました。
今回はToshIさんと共演したCRYSTAL MEMORIESから

原文はエレナさんのブログEleC’s Worldに掲載されています。

掲載元:オンライン羽生結弦展特設ページ
撮影: 田中 宣明


アレッサンドラ・モントゥルッキオ著
(2021年11月20日)

おはようございます!
今日の#BalleticYuzuではCrystal Memoriesについてお話ししたいと思います。
具体的にはここにリンクした動画の0.58から1.05までのパッセージです。

FaOI Kobe 2019 – Yuzuru Hanyu Crystal Memories – YouTube

掲載元: figureskating.tumblr.com

ディべロッペ

心の扉を開け放って飛び込んでくるマスカレイドのようなプログラムに比べると、少し影が薄くなりがちですが、Crystal Memoriesには見た者全ての網膜に刻まれる瞬間があります。上述のパッセージがまさにそれなのです。ユヅは脚をY字に上げ、右手で右足の踵を掴みます。この独特のスパイラルでリンクを斜めに半分ほど進んだ後で、アウトエッジで屈曲し、左に向かって緩やかなカーブを描きながら、踵を放し、右足を背中後方へ持っていき、手で補助しない別のスパイラル、アラベスクを実施します。

クラシックバレエでは、これらの動きはスパイラルとは呼ばれません。
ユヅはデべロッペ・アラセコンドで開始し(ただし本物のデべロッペ・アラセコンドは通常手で補助しませんが)、そこから脚をアラベスクに持っていきます。

これは難しいパッセージでしょうか?勿論です。バレエダンサー、特にバレリーナもとってが使い慣れたパッセージ(他の多くのステップや動きほど難しくありません)ですが、だからといって簡単に実施出来るようになるまでに長年の修練を必要としない、という意味ではありません。

詳しく見ていきましょう。

1)デべロッペ・アラセコンド
本物のバレエでは通常、手で補助せず、そして主に女性が行う技です。ほとんどの場合、デュオの中で行われるパッセージで、パートナーが彼女の片手または両手を握っています。踵を手で掴む結弦がやっているようなディべロッペは、バーで行うストレッチの動作でもあります。空いている方の手でバーを握り、女性も男性もディべロッペを行い、踵を握る手で脚を上に引き上げることにより、バレエで言う「開脚」、すなわち柔軟性を高め、髙く上げている方の脚の関節を伸展します。これは立って、つまり垂直方向に行う場合ですが、床で水平方向に行うと、左右開脚(フロンタルスプリット)と呼ばれます。

今では多くの人が特別な訓練をせずに前後開脚を行うことが出来ますが、左右開脚は違います。より大きく開脚する必要があり、天性の柔軟性がない場合には、出来るようになるまで何年も辛抱強く訓練を続けなければなりません。

左右開脚

結弦は間違いなく、天性の柔軟性によって開脚することが出来ます(幼少時代からの彼のビールマンやイナバウアーがそのことを物語っています)。しかし、同時に柔軟性を維持し、更に向上させるためのストレッチが練習の中に組み込まれていたに違いありません。このようなストレッチを練習に入れることがスケーターにとって当たり前のことなのかどうかは私には分かりませんが、その成果はここではっきり見ることが出来ます。
そう、これは垂直に実施された左右開脚です。開脚は完全でありませんが、幾つか特徴と股関節の伸展において完璧です。

まずバランスです。パートナーやバーなどの補助無しで脚をこのように引き上げています。この場合、脚が曲がってしまったり、軸足がグラグラ揺れたり、バランスを崩して倒れないよう、すぐに足を放してポーズを解いてしまうのは簡単です。
このポーズでバランスを維持するには、身体の様々な部分を正確に使う必要があります。
まず、脇腹を凹ませてはいけません。足を最大限まで上げるために、無意識に脇腹を上げて開脚を助けようとしてしまいがちですが、そうすると反対側の脇腹の方にバランスが偏ってしまいます。右脚を上げて、脇腹を凹ませると、身体は自然に右に曲がってしまいます。こうなると、重心が移動し、左脚だけでバランスを安定して保つことが出来なくなります。

背中の筋肉も使わなければなりません。背筋を真っすぐ保ち、ディべロッペの脚の反対側に寄りかかりそうになる衝動に抵抗するのは簡単なことではありません。嘘だと思うなら試してみて下さい。
更に臀筋も使わなければなりません。お尻を後ろに突き出すと(特に脇腹が凹んでいると、こうなりがちです)脚はより髙く上がりますが、腹筋を収縮出来なくなります。バレエだけでなく、多くのエクササイズにおいて、「腹筋の伸縮」は、バランス維持の基本です。

従って、ユヅは天性の柔軟性によって他の人よりずっと簡単に開脚出来るに違いありませんが、脚をディべロッペで上に引き上げながら、バランスを維持し、このポーズを数秒間キープし、しかもその全てを「滑りながら」実施するには、身体の様々な部分を上述した通りに使わなければなりません。
バランス以外にも、最初の脚の伸展、本物のディべロッペを美しく実施するためのコツが全て揃っており、結果、ユヅの場合、美し過ぎるディべロッペになっています。

彼の動きを最初から最後まで注意深く観察してみましょう。
まず、彼が手で踵を掴む沈着な動作に注目して下さい。(何度も言うようですが滑りながら)これを行うには、前屈みにならず、氷に付いた方の脚の膝は真っすぐ伸びていなければならず、曲がってしまう場合でも、必要最低限に僅かに傾斜している程度でなければなりません。
そして踵により楽に手が届くように膝と脚を上げます。太腿と膝を持ち上げるのは、バレリーナが手で補助しないディべロッペでも行う動作です。

つまり、ユヅはただエレガントなだけでなく・・・何と言えばいいのか・・・舞踏術という点においても完璧なのです。
それから、ほぼ垂直の開脚です。
脇腹は凹んでいますか?いいえ。
左側に傾いていますか?いいえ。
それに・・・肩です。両手を上げているにも拘わらず(ある程度の筋肉の伸張が求められるポジションです)、両肩は下がり、力が抜けています。肩が張っていると首が肩の中に入ってしまいますが、彼はそうではありません。膝は両方真っすぐ伸びています。

もし、ユヅがバレエダンサーなら驚くことではありません。バレエダンサーにとって、このようなポジションで膝が真っすぐになっていることは基本であり、当たり前の必須事項だからです、私が子供の頃、フルレッグウォーマーを履いていると、「膝が真っすぐかどうか分からない」とバレエの先生に叱られたのを今でもよく覚えています。しかし、この場合、バレエのレッスンではありません。フィギュアスケートの演技です。フィギュアスケートでは真っすぐな膝は必須ではありません(理論上はどうなのか知りませんが、少なくとも実践を見る限り)。

女子スケーターを見て下さい。より身体の柔らかい女子で、もっと開脚している場合でも、膝に注目すると曲がっているのが分かります。結果として、脚はより高く上がっていますが(膝が曲がっていると、脚はより髙く上がりますので、実際より開脚しているように見えるのです)、ユヅほどエレガントではありません。
ユヅのディべロッペは彼女達のよりずっとエレガントなのです。

アン・ドゥオール(外旋)はもう何かご存じですね?
2番目の脚を更に(横に)上げるためのもう1つのトリックは、お尻を突き出すことです(試してみてください)。 しかし、結果として必然的に腰と脚がアン・ドゥダン(内旋)、つまり内側に閉じてしまいますので、不格好で醜い姿勢になってしまいます。ユヅはお尻を突き出しません。右脚を見て下さい。完璧なアン・ドゥオールです。要するに:バレエダンサーでもこれ以上は無理でしょう。

2)ディべロッペからアラベスクへの移行
おそらく最も繊細で複雑な動きです。
ユヅは踵を放し、脚を背中後方に回して下げながら、ゆっくりと徐々にアラベスクポジションに持っていきます。究極のコントロール能力を必要とする動作です。試しにユヅの「垂直開脚」で数秒間キープしてから手を放してみて下さい。大腿四頭筋を収縮させてどんなに頑張っても、足は(ほとんど)一気に床にドスンと落ちるはずです。確かに彼は脚の回転をしばらく手で支えていて、このことは間違いなくささやかな助けになっているでしょう。しかし脚を一瞬たりとも地面(この場合、氷面)に置くことなく、このパッセージを実施する唯一の方法は、バレエダンサーのように行うことです。

すなわち、身体の軸をしっかり安定させます(背筋を真っすぐ伸ばし、臀筋と腹筋を伸縮させ、腰は真っすぐ、アン・ドゥオールです)。
手を放す際、内転筋、臀筋、腹筋、骨盤を可能な限り使って、足の回転とアラベスクポジションまでの段階的下降を上手くコントロールします。この足の回転と下降の過程では、背筋の働きもよくコントロールされていなければなりません。何故なら、アラベスクの脚のための「スペースを作る」ためには、必然的に上体は捻らずに少し前傾しなければなりません(ただし、前傾し過ぎてはダメです)。右脚がアラベスクの場合、右肩は脚につられて後ろに反る傾向があります。勿論、可能ですが反り過ぎてはダメです。前述の右脇腹と同じです。

腕も忘れてはいけません。この種の動作に熟練していない人の典型的な反応は、困難な瞬間に腕を忘れることです。多くの場合、両脇でずっと止まっているか、ウサギの前脚のように胸の前に寄せられています。

ユヅを見て下さい。
このトランジションにおけるユヅのコントロールを見て下さい。上述の項目の一つとして疎かにされているものはありません。これは間違いなく、動作で織り上げられたシルクなのです。

3)アラベスク
ユヅのアラベスクが見事なことはこれまでに何度も力説してきました(ジャンプの出に出来るほどなのです)。バレエダンサーでなくても、これが非常にエレガントでクリーンなポジションのアラベスクであることは理解出来ると私は確信しています。そして、前述したように、これほどエレガントでクリーンなポジションを作り、維持するために必要な身体や筋肉の働きもより理解し易いと思います。

対称と平行性によって生み出される均整美に注目して下さい:
アラベスクは90度より少し高く、上方から前方に下ろされた左腕はラインを拡張しているように見えます。太腿にそっと置かれた右腕も、このクリーンで長いラインをより効果的に見せています。バレエダンサーのような洗練美です。

同じことを頭部でも行っています。ユヅは前や横を見ず、首は背筋の延長上に真っすぐ伸ばされ、頭は前傾しています。同時に腰はアラベスクを助けるために「開いて」おらず、右肩は後ろに反り過ぎていません。膝は真っすぐ伸び、右脚のアン・ドゥオールは完璧に維持されています。

最後に3つの洗練美
1つ目:右足は下向きに「ぶら下がった」状態にならず、ふくらはぎの延長上に伸び、まるで控え目な上向きカンマのようなニュアンスを与えています。確かではありませんが、もしスケート靴ではなく、バレエシューズを履いていたら、この効果はより強調されたのではないかと思います。Google画像検索で、本物のバレエダンサーがアラベスクで足をどんな風に維持しているか見て下さい。そう、まさに彼がやっている通りなのです。

2つ目:前方に伸ばされた左手の親指は他の指の下に折り込まれています。これは細部まで細心の注意を払っていた昔のバレエの特徴であり(バレエも少なくとも部分的に「発展」しており、ショー的性格を重視した華やかさやアクロバット、細部へのこだわりを犠牲にした質より量へと向かっているのです・・・)、現在では全てのバレエダンサーが注意している訳ではありません。しかし、全てのバレエダンサーにとって「美しい手」と言えば、この親指のポジションを意味しているのです。

3つ目:そして、これは常軌を逸しています。このパッセージ全体における左腕の動きに注目して下さい。垂直方向にゆっくりと、緩やかに腕を上げ、それが頂点に達すると、ユヅは私が「ほとんど詩的である」と定義するジェスチャーで腕に頭をもたせかけ、確実に私達の注意を引き付けます。しかし、皆さんは腕に注目して下さい。まさにこの一瞬です。腕が垂直になるまでの上昇を完了し、下降を始める前のほんの一瞬(しかし中断はありません。腕は動き続けており、その動作過程、彼の空中の描画を中断する休止はないのです)、この腕がまるで数ミリ上方に伸び、呼吸しているように見えるのです。

そう、「呼吸する腕」は、バレエではバーエクササイズ1日目から教わることです。エクササイズの終わりでは通常、腕はポジション2(横に開いています)になっています。ポジション7(鼠径部/太腿の前に持ってくる)に下ろす前に、腕を更に伸ばし1~2ミリ上げようとします。こうして腕に呼吸させるのです。ユヅが、動作をよりエアリーに優美に見せるためのこれらのささやかなトリックを知っていても不思議ではありません。「Otonal」前半のイーグルでもこの明らかな「腕の呼吸」があり、私はとても感動しました。

ここでも彼の腕は再び呼吸をしています。そしてユヅは氷上を滑っているのではなく、飛翔していて、彼は風であるという印象を与えるための、さりげない、しかし二次的ではない役割を果たしています。

そして、究極の美を求めて、あらゆるジェスチャー、あらゆるポジション、身体のミリ単位の部位のあらゆる動作を細部まで研究するために、彼は一体どれほどの時間を費やしているのかと私は自問自答するのです。その答えは私には分かりません。しかし、彼がその究極の美を見つけたこと、そして彼にはいつでもそれを見つけられることを私は知っています。

#balleticyuzu

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クリスタルメモリーズのY字スパイラルを最初に見た時、あまりの美しさに息を呑みました。
簡単に、自然に実施されていますが、技術的に非常に難度の高いパッセージだということは素人の私にも理解出来ましたが、こうして具体的に専門的に説明してもらうと分かりやすいですね。

「試しにユヅの「垂直開脚」で数秒間キープしてから手を放してみて下さい」
無理です!!!😅

最近知ったことなのですが、アレッサンドラさんは大手出版社から何冊も著書を出し、作品の一つが映画化されたほど、イタリアでは結構知られた小説家でもあるのです。
これまで彼女の投稿を翻訳しながら、その見事なイタリア語にプロの物書きではないか?とは思っていましたが、まさか有名な作家さんとは!
本職がお忙しいと思うのに、羽生君の演技に魅せられ、こうして素晴らしい分析記事を書いて下さっているのです。
彼女の考察はまだまだこれで終わりではないそうなので、楽しみですね!

Published by Nymphea

管理人/翻訳者(イタリア在住)。2011年四大陸チゴイネ落ち