EleC’s Worldより「BalleticYuzu08~ロンカプ」

作家でバレリーナのアレッサンドラ・モントルッキオさんが、バレエの観点から羽生君のプログラムを分析するシリーズ。
今回は全日本選手権における「序奏とロンドカプリツィオーゾ」から幾つかのパッセージを分析して下さっています。
1月3日に投稿された記事で、北京五輪前に途中まで訳していたのがずっとそのままになっていたのですが、やっと最後まで訳すことが出来ました!

イタリア語の原文と英訳版はエレナさんのブログに掲載されています
イタリア語原文+英訳版>>

アレッサンドラ・モントルッキオ(2022年1月3日)

私達がユヅの新しいショートプログラムを見たのは一度だけです。それから私達はもう一度見返し、毎日、1日に何度も飽きることなく見続けています。何故なら「ロンド・カプリチオーゾ」は、ただ完璧なプログラムではなく、完全な、そして結弦にしか滑ることの出来ないプログラムだからです。フィギュアスケートの名作あるだけでなく、本来フィギュアスケートがあるべき姿、そのものなのです。ロンカプは芸術です。技術、実施、気持ち、感情、本能、音楽が化学反応を起こしながら合体し、何か別のもの、私達の心を高鳴らせ、同時に私達が一目でその価値を認識出来る何かになる作品です。ロンカプはフィギュアスケートとユヅと私達を語っています。そしてあまりにも鮮烈過ぎて、ユヅの途方もない能力を理解し、彼を応援するための覚悟が出来ている者さえ仰天させる程なのです。しかし、ユヅは常に予測不可能です。特に彼のロンカプの演技の前では。

このような演技を#balleticyuzuで取り上げない訳にはいきません。でも何について語ればいいでしょうか?どのエレメント、どのディテール、どのパッセージについて?全ての秒、全ての拍が分析に値します。それどころかフィギュアスケートの専門家よりも、音楽家や作家(何故なら物語という観点において、ロンカプと彼の解釈は非常に興味深いからです)、そして画家に分析してもらうべきです。私はバレエの知識がありますから、この観点からのみ分析するに留めます。ユヅのプログラムの多くは、長い論文が書けるきっかけを提供してくれます。そしてロンカプが提供するきっかけは多過ぎて、手始めとしてどの瞬間を切り取るべきか決めるために数日間悩みました。そして今でもどこから始めるべきか確信が持てずにいるのです。ですから読んで下さる方はクラシックバレエ用語集もご覧下さい(ウィキペディア版で十分です。
話が長く、冗長になることをお許し下さい。

それでは始めます。

姿勢

前に言ったことを繰り返すようですが、これは何度でも強調すべきことなのです。ユヅを見たバレエダンサーが最初に目を引かれることは、彼の姿勢です(滑っている時に限らずいつもです)。肩は開いて力が抜けており、背筋はスッと伸び、首はすくんでいません。まるで鉛の糸が踵から頭のてっぺんまで通っていて、上から引っ張られているようです。これがバレエダンサーの通常の姿勢なのです。エレガントでほとんど誇らしげで優美で、ユヅは氷上で「固まっている」ように見えることは絶対にありません。フェルナンデスやブラウンなどの他のエレガントなスケーターと比較して下さい。彼らはこの姿勢をリンクで維持する「選択」をしていることが分かります。

ユヅはそうではありません。彼はずっと以前からこの姿勢を習得しており、普通で自然なことになってますから、彼のフィギュアスケートに多大な貢献をしているのです。優美さと繊細さが、外部から加えられた要素として存在しているのではなく、ユヅ固有の要素、つまり彼のフィギュアスート固有の要素として備わっているように見えます。だからこそ、練習中、ただフェンスに寄りかかっているだけでも、他の選手との違いが専門家でない人達の目も引き付けるのです。彼は自分自身をキープし、少なくともフィギュアスケートの世界では唯一のスタイルで動きます。

腕と手

ユヅには姿勢だけでなく、バレエダンサーの腕と手も備わっています。何度も繰り返すようですが、クラシックバレエでは、腕は背中、肩甲骨から支えられます。この方法でのみ、胴体と脚で実施される動作を効果的に支援し、一見「投げやり」に見えるような不正確でおぼつかない姿勢や動作を避けることが出来るのです。フォームに関して言えば、両腕(特別な振付のジェスチャーを実施していない場合)は、肩から指先まで全く角のない緩やかな曲線を描き、従って肘と手首はやや曲がっていなければなりません。また、腕は身体より少し前に位置していなければなりません。腕を両側に開く場合には、テーブルにぴったり寄り添って座り、テーブル周縁に腕を置いたような状態になっていなければなりません。腕を頭上に挙げる場合には、頭ではなく、視線を上げて手を見なければなりません。

手と言えば、指のポジションも特殊です。親指は手の平の方に半分隠れ、他の指はリラックスして(曲がっていませんが、真っすぐでもありません)、人差し指が中指、薬指、小指より少しだけ高くなっています。勿論、バリエーションも存在します(簡略化された)ロシアバレエでは、腕のカーブが少し狭目で、バランシン・スタイルでは腕はほぼ真っすぐ開いています。そしてフィギュアスケートほど露骨ではありませんが、現在はおそらくバレエでもこうした細部への配慮が少し疎かになっています。私は「量より質」方針の「古い学校」(例えば位置は低くても正しい形の脚のほうが、曲がって高い位置にある脚より良いとされていました)の出身ですから、バーエクササイズ中、傍を通る先生に指の一本一本まで直されてきました。現在、非常に上手い一流バレエダンサーの中にも、私の先生達が見たら眉をひそめてすぐに修正しそうな手をしている人が何人かいます。ダニール・シムキンと我がイタリアのロベルト・ボッレでさえ美しい手を持っていません。

ユヅは持っています。これは彼が最初から持っていた特徴ではありません。私は彼の過去のプログラムを見返し、彼の腕のポジションが良くなったのは2010-2011年シーズンからであることに気付きました、以降、彼の美の追求は続き、ノッテステッラータ、ショパン、オトナルを経て、ついにロンカプの「完璧」に到達したのです。

私が先程述べたことを念頭に、下の動画でロンカプの最初の拍から見て下さい。皆さんにもはっきりお分かり頂けると思います。彼の腕、肘、手首、手、指がバレエの教本通りだということが。

それだけではありません。ユヅの腕には彼を氷上の偉大な表現者と一流のバレエダンサーにしているもう一つの、おそらくより重要な特徴があります。それは極めて表情豊かな彼の腕の使い方です。

腕で振付の動作を行う時(つまり、バランスを取ったり、回転速度を上げるためではなく、表現し、演じるための動きを行う時)、ユヅは2つのことを行うことが出来ます:見る者に彼の腕(そして全身)が呼吸しているような錯覚を与えること、そして音楽のアクセントを強調し、音楽の持つ世界観を引き立てることです。
厳密に言うと生理学的ではありませんが、バレエ、特に一部の振付では呼吸は非常に重要です。多かれ少なかれ誰もが知っている「白鳥の湖」を例に挙げましょう。この演目では腕の動きはとても需要で中心的な役割を果たしています。オデット/オディール役のバレリーナは白鳥の翼にように見えるように腕を動かす術を身に着けていなければなりません。まるで彼らの腕-翼に生命が宿っていて、呼吸しているように。「呼吸していない」身体、特に腕は、表現と演技を制限しかねず、結果として単調なパフォーマンスになってしまいます。一方、「呼吸する」身体、特に「呼吸する」腕は魂になります。魂は音楽のアクセントの強弱、スタッカートやニュアンスに応じて、優しさ、苦悩、怒り、決意などあらゆる感情を表現することが出来ます。動画でユヅの腕をもう一度見て下さい。どんな風に呼吸して、どんな風に氷上で私達に贈る魂の一部になっているか。彼の腕はただ動いているのではなく、感じ、メッセージを伝達しているのが分かりませんか?

誰にでも出来ることではありません。バレエ界でさえ、全てのダンサーがこのような腕の使い方を出来る訳ではないのです。ましてフィギュアスケート界では・・・ロシアのスケート界では全体的に手に対する注意が行き届いておらず、バレエ的観点において非常に見苦しいことがよくあります。また、そこそこ優れた、あるいは美しい手を持つアイスダンサーを含むスケーター達でさえ、これほど広がりのある、感動的に腕を伸長する術を知りません。

ジャンプ

しかし、フィギュアスケートではツール、すなわちスケート靴の使い方をマスターしていなければなりません。この点においてバレエに似ています。特にここで問題になるのは脚と足の使い方です。それほど顕著ではありませんが、フィギュアスケートで起こることはバレエでも起こります。現在、振付の幾つかでは、非常に身体の柔らかいダンサーがパートナーと共にほとんどアクロバットのようなことを行いますが、それはピルエットではなく、リズムを失うと足首がもつれる小さなジャンプのシークエンスではありません。結局のところ、一般大衆はブリセより180度開脚に感嘆し、実は前者が後者より難しいことなど気にしないのです。

トランジションやスケーティングスキルなどの演技構成点に関するフィギュアスケートにおける状況を私達は皆良く知っていますし、ユヅはもっと良く知っているでしょう。そして、「ロンカプ」では、プログラムのあらゆる箇所で複雑な動作を実施する自身の能力をこれまで以上に一気に加速しました。まるで「ロンカプの一秒一秒を僕がどんな風に滑るか見るがいい、そして他の誰かと同等または低いPCSを出せるものなら出してみろ、という挑戦状を叩きつけているようです。
それでは脚と足を見なければなりません。

4Sと3Aの準備を見てみましょう。私達は何年も前から、ユヅが彼のジャンプのために採用している超絶技巧の入り方を鑑賞することに慣れていますが、ここでは新しい、バレエに非常に近い動きが見られます。

4サルコウ

4サルコウから始めましょう。下の動画をご覧下さい。

最近のプログラム、オトナル、四大陸選手権のショパン、Let Me Entertain Youを思い出してみましょう。これらのプログラムでは、サルコウは幾つかの(僅かな)クロスオーバーとインサイドイーグルの後にやってきました。従って、ユヅは背を観客に向け、自らが描く円の内側に向いていました。トランジションのステップは、バレエダンサーなら、左側のデブーレを2回実施するようなものでした。
ロンカプにおけるユヅの4Sは、常に美しいユヅの4Sの中でも(その理由については以前の#BalleticYuzuで説明しています)未だかつて見たことがないほど美しいものでしたが、幾つか変更された点がありました。
ジャンプのためのクロスオーバーはたった1回です。
たった1回なのです。

4回転ジャンプに必要なスピードを出すのに。その後のトランジションも更に豊かになっており、イーグルに入る前にツイヅルを入れているほどです。これはバレエではピルエットに相当します。そしてピルエットからの着地は重要です。どんな風に足を地面を再び置くかによって、バランスを取ることが出来るからです。一番いいのはすぐに歩き出すことです。静止せず、すぐに次の動きに入るのです。もしピルエットが完璧に実施されなかった場合、静止ポジションでピルエットを終えるとバランスを崩すリスクがあるからです。どうしても静止ポジションが必要な場合には、片脚を前方で曲げ、もう一方の脚を後方で伸ばす、例えばポジション4番がやり易いです。膝を曲げたままにして着地の衝撃を和らげ、脚を大きく開くことによりバランスを取ります。ユヅはこのピルエットをイーグルで終えています。脚は真っすぐ伸びており、(バランスを取る)助けにはなりません。確かに両足は互いに離れており(バレエのポジション2番です)、このことは少し助けになります。しかしこの瞬間、彼の身体は後方に傾いており、膝に乗り、ディープエッジです。従って、スピードを維持出来ていなければ、身体がこれほど傾いた状態でバランスを維持することが出来ません。

更に、もう一つの変更点として、ロンカプではアウトサイドイーグルになっています。従って、ユヅは観客の方を向き、彼の背中がエッジの描く円の内側を向いています。つまり、前傾ではなく、後傾になっており、バランスを維持するのがより難しい姿勢です。試してみて下さい。前傾姿勢は腹筋と臀筋を締めれば何とか出来ます、後傾姿勢は無理です。腹筋と臀筋にどれほど力を入れる必要があるでしょうか?何よりも、ピルレットではどれほどのコントロール力を必要とするでしょうか?
イーグルの後、ユヅは左方向に「デブーレ」を2度実施し、それからジャンプを踏切りです。もしこれまでのプログラムのようにイーグルがインサイドエッジで彼が円の内側を向いていたなら、このまますぐに踏み切れますが、アウトエッジで外側に向いている場合には、このデブーレ2回の前に2つのステップを挿入しなければなりません。正確には2つのステップではなく、パッセ1つとステップ1つです。この追加により、イーグルからジャンプまでの移行はプログラムに比べて少し早くなっています。この僅かな加速が4回転ジャンプの準備や安定性や身体の軸にどれほどの影響を与えるのかは想像しないことにしておきましょう。

全てのステップはロンドの音符と見事に同調し、これほど音楽的で、これほどサンサーンスの曲に完璧に浸透する動きが、実はジャンプの準備だったことに気付き、息が止まるのです。コレオシークエンスではなく、4回転ジャンプの準備なのです。他のスケーター達がクロスオーバーを5回実施しながら、両足滑走でリンクを横断するところでユヅはこれをやっているのです。

3アクセル

ここは通り過ぎますか?無理です。3Aがあります。
彼がバックカウンターからの3アクセルを導入してからもはや長年になりますが、これほど長い年月が経過したにも拘わらず、未だにこの入りから3アクセルを跳んでいるのは世界中で彼一人だということを思い出さなければなりません。(事実を言えば、ケヴィン・エイモズが似たようなことをしましたが・・・そう、「似たようなこと」でした)。

「ロンカプ」では彼はイントロダクションの前にもう一つイントロダクションを追加することにしました。ここでも、他の選手達が助走するところで、彼はクロスオーバーを一度しか入れていません。それからユヅはターンして前向きになり、再び後ろ向きに方向転換してから、またしても全ての音符と完璧に同調しているだけでなく、明らかにバレエ的な要素から成るパッセージを実施します。つまりターンの直後にロン・ドゥ・ジャンブ・アン・ドゥオール2回、氷から少しだけ浮かした、真っすぐに伸びた左脚を前方から後方まで回転させ、素早く足替えを行います。しかし、ユヅはここで半回転のロン・ドゥ・ジャンブを実施して足を氷上に置き、バックカウンターの準備をするのです。
ロン・ドゥ・ジャンブ自体はそれほど難しくはありません。バレエダンサーなら幼少の頃からバーエクササイズで毎日練習する基本的な動作です。しかし、アン・ドゥオール(外旋)とバランスを維持しながら美しく実施するのは決して簡単なことではありません。特定の方法で身体が鍛錬されている必要があり、背筋を真っすぐ伸ばし、臀部を引っ込め、腹筋を締め、両肩を下げ、足は特定の方法で床にしっかり付いている、といったことが無意識に出来ていなければなりません。要するにバレエの動作が身に付いていなければならないのです。バランスを崩さずに足を前から後ろに回転させてみてください。ユヅはバランスを崩しません。この素早い動作を(私が真っ先にバロンを思い浮かべるような地面からの髙さと速さです。美しく実施するのは決して簡単な動作ではありません)、ブレードで、腕と胴体で振付動作を行いながら、バックカウンターとその後の3アクセルの準備として行うのです。更にその3アクセルの後にツイヅルまで入れて。このような入りから跳んだジャンプの後、彼は出来るだけ早く両足を氷上に置いたりはしません。あまりにも簡単過ぎるからです。ユヅは簡単なことは他の選手達に任せるのです。

ステップシークエンス

そして言及に値する「ロンカプ」の無数のパッセージの中にステップシークエンスがあります。ユヅでなければ実施不可能な素晴らしいステップを私達は既に幾つも見ました:ショパン、Let’s Go Crazy、オトナル。プログラムが公開される度に、私達は幾らユヅでもこれ以上は無理だと思いますが・・・ユヅにとっては全てが可能なのです。実際、彼はこのステップシークエンスに到達したのです。あらゆる動作と腕の呼吸、頭を傾げるところや上下する肢体など、本当に多くのことについて語ることが出来ますが、このささやかな投稿が1冊の本になってしまわないよう、ここでは2つだけ取り上げます。
このステップシークエンスの動画を見て下さい。

00:09:ユヅはタン・ルヴェを実施します。長年バレエをやっている人にとっては難しいジャンプではありません。しかし、ユヅは長年バレエをやっている訳ではありません。そして彼のタン・ルヴェは完璧なのです。正確には、非常に珍しいタン・ルヴェを実施しています。従来のタン・ルヴェは空中でアラベスクを行うジャンプです。従って、片足で弾みを付け(つまり両足ではなく片足で跳び上がるジャンプです)、フリーレッグがクーペ、パッセ、アラベスク、アラ・セコンダのポジション、または前方にあるジャンプです。初心者にとっては助走無しで片足で踏切り、ある程度の高さを出すことは簡単なことではありません。更に空中姿勢は美しく自然でなければなりません。ユヅのタン・ルヴェを見て下さい。軽々と宙を舞い。背筋は真っすぐ、足はピンと伸びています。クリーンで完璧なポジションです。更にユヅはジャンプ中に回転して顔の向きを変え、フリーレッグ自体でほぼ完全なロン・ドゥ・ジャンブ(ポジション2番から前方に持ってくる)を実施しているのです。何という素晴らしさでしょう。

00:35-00:36を見ましょう。ユヅはここでオトナルのステップシークエンスの中で実施し、私を唖然とさせたジャンプを入れています。これはまさにソ・ドゥ・バスクと呼ばれる男性ダンサーによって実施されるクラシックバレエのジャンプです(バレリーナに実施させる振付も存在するかもしれませんが、従来男性の技です)。正確に言うと、フリーレッグがクーペになる基本形のソ・ドゥ・バスクは、比較的低いシンプルなジャンプですので、男女を含む全てのバレエダンサーが行います。しかし、ユヅのソ・ドゥ・バスクは基本形ではありません。男性ダンサーしかこの技をやらないのは偶然ではありません。何故なら多大なパワーと跳躍力に加え、優れたコントロール力も必要だからです。高く跳び上がらなければならず、空中で回転しながら足を伸ばしたポジションから前方に持ってきてアティテュード・デリエール(膝を曲げたアラベスク)のポジションにしなければなりません。足を前方に伸ばしたポジション、あるいはアティテュード・デリエールのポジションをキープするには、背筋や臀筋を含む身体の様々な部分を使わなければなりません。

男性ダンサーが実施するダブル・ソ・ドゥ・バスクを見てみてください:

先ほど述べたように、私は既に「オトナル」の時にスケーターがこのような凝ったジャンプをこのスポーツに導入出来ることに驚愕しました。しかもユヅはここからハイドロブレーディングに繋げているのです。真の天才であり、正真正銘のクレージーです。しかし、オトナルでは彼のソ・ドゥ・バスクが完璧だったことは稀でした。通常、アティテュードは完璧なアン・ドゥオール(外旋)ではなく、膝は少し閉じ、腿は完全に上がり切らず、身体に対して約90度になっていませんでした。彼が完璧に実施するのを見たのは公式練習だけでした。しかし、ここでは彼はソ・ドゥ・バスクを試合で完璧に実施したのです。膝を見て下さい。美しく開いています。腿の高さは完璧です。ポジション3番の腕に注目して下さい。右腕は高く上げ、左腕は開いています。伸びやかでクリーンで決然としたポジションです。見事です。

当然のことながら、このような次元のジャンプを実施しただけでは満足できないユヅは着氷の直後にツイヅルも行います。ここではフェッテのように実施しています。つまり正面からポジション2番になるまでロン・ドゥ・ジャンブ・アン・レールを行って弾みを付け、その足でパッセのような動きに繋げているのです。このツイヅルをユヅは回転速度を上げながら5回行っています。

そう、回転速度を上げながら・・・

スケートの回転速度を上げるには(クラシックバレエのピルエットとデブーレの回転速度を上げる時も同じですが)、腕を身体に向かって出来るだけ締めたほうがいいです。しかし、ユヅは右腕はそうしていますが、左腕はポジション2番の位置で開いたままです。

もう一度いいます:ポジション2番の位置で開いたままです。

邪魔になり、空気抵抗を生み出し、回転速度が落ちる空気力学的ではないポジションだというのに・・・彼は回転速度を上げることが出来るのです。

専門家の意見

私は「ロンカプ」を語るためにこのまま毎日毎日、一ページ一ページ書き続けることが出来ますが、この辺で止めておきます。そして私がこのプログラムを見せ、ダンサーとしての意見を訊いた3人のダンスの指導者の言葉でこの超長文を締めくくりたいと思います。

こちらです:

フランチェスコ・スカラス(ジャズダンス):本当にモンスターだ。僕は彼を知らなかった。トリプルのトゥール・アン・レールにおける純度100%の敏捷性とエレガンス、高さと正確さといったら!アティテュードにおける回転は言うまでもない。見事だし、極めて正確だ。間違いなく彼はフィギュアスケートだけでなく、バレエもやっているのだろう。本当に素晴らしい」

アントニオ・モンタルバーノ(振付師、ワッキング、ヴォーギング):「非常に優美だ。とてもしなやかで、軽やかで、特に・・・特に腕の使い方が素晴らしい。唯一残念なのは、映像では顔が見えにくいので、表情も同じように豊かだったか確認出来なかったことだ。しかし・・・実に美しい!」

二コラ・パジーノ(モダンジャズ、フィギュアスケートの振付師):強い個性、舞台における圧倒的な存在感・・・腕と脚のラインが素晴らしい・・・超絶技巧の動作を完璧にコントロール出来ている・・・流麗・・・至上のリズム感・・・別の惑星。それ以外に言いようがない!」

実際、ダンサーでもスポーツジャーナリストでも結論は常に同じです:惑星ハニューにようこそ!住人はただ一人、彼だ!

アレッサンドラ・モントゥルッキオ
作家、編集者、翻訳家。幼少時よりバレエを学び実践するバレリーナであり、指導も行っている。
Wikiプロフィール:https://it.wikipedia.org/wiki/Alessandra_Montrucchio

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☆凄いプログラム、そして凄い分析です。
大分前から思っていましたが、これを読むと現在のフィギュアスケートのジャッジ達の能力では彼のプログラムを正しく評価することは不可能なのだと改めて痛感させられずにはいられません。
彼がやっていることはジャッジ達が理解出来るレベルを遥かに超えているのです。
羽生結弦のプログラムを評価するには音楽界やバレエなどの舞台芸術の世界から専門家を連れてこなくてはなりません。

しかし、ISUのジャッジ達もステップの種類と名前は勉強しているはずですよね?
「トランジション」と見なされる難しいステップやターンとクロスオーバーは区別出来るはずですよね?
フィギュアスケートについての知識がない人間にも、ジャンプのための助走とクロスオーバーだけで音楽がただのBGMになっている空白部分が何箇所もあり、ステップシークエンスとコレオシークエンスでまとめて「表現力」や「芸術性」をアピールするプログラムと、最初の一秒から最後の一秒まで完全に音と同調し、ジャンプさえも振付の一部として何の休止も中断もなく実施されるプログラムの違いは分かるのです。羽生君の演技を初めて見た人が、専門的なことは何も分からなくても、ただその美しさに魅せられるのはそういうことです。
人並の審美眼と感性があればすぐに違いが分かると思いますが、ジャッジには分からないのでしょうか?

フィギュアスケートはヨーロッパ発祥のスポーツですが、イタリア語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語を始め、主だったヨーロッパ言語では、Pattinaggio artistico、Eiskunstlaufes、Patinage artistique、Patinaje artístico、すなわち英訳するとArtistic Skating=芸術的スケートという名称で呼ばれています。
つまり速さを競うスピードスケートに対して芸術性を競うスケート。
そしてより芸術的に見える動作を研究する過程で、氷上に図形を描いて滑走する技術が開発され、そこから英語では「Figure Skating」と呼ばれるようになったのです。
決して助走&ジャンプのスケートではないのです。
いつからこんな風になってしまったのでしょうか?

スポーツですからアスレチック面や技術面が進化するのは理解出来ますが、滑らかな滑り、巧みなエッジワーク、難しいステップやターンといった、いわゆるスケーティングスキルも技術です。
4回転ジャンプを多く入れて手っ取り早く得点を稼ぐ戦略は有りですし、成功したジャンプのクオリティに応じて基礎点とGOEが与えられるのは当然です。
しかし、ジャンプとジャンプの間でクロスオーバーしかしていない選手と、絶え間なく振付要素やステップやターンを実施し続けている選手とでは演技構成点で明確な差を付けるべきです。

ジャッジはステップやターンの種類は知っているはずだと先ほど書きました。しかし各エレメントの評価で忙しく、見ている余裕がないのなら、審査を支援する適切なテクノロジーを導入すべきです。
AIにだってクロスオーバーと、スリーターン、ツイヅル、ループ、ブラケット、ロッカー、カウンターなどの難しいステップを識別し、数をカウントすることは可能なはずです。
上昇し続ける技術点に合わせて演技構成点の係数を引き上げ、比重のギャップを改善する案はISUにもあるようですが、幾ら演技構成点の満点を引き上げたところで、4回転ジャンプが5本決まれば、ジャッジ達がPCSのスケーティングスキルやトランジションや振付や音楽の解釈といったジャンプの成功と全く関係のない項目でも自動的に9点台の高得点を乱発するという現在の採点傾向を是正しない限り、何も改善されません。
このままでは元々「芸術的スケート」として誕生したフィギュアスケートが全く別のものになってしまいます。

Published by Nymphea

管理人/翻訳者(イタリア在住)。2011年四大陸チゴイネ落ち