EleC’s Worldより「BalleticYuzu 02 – 『天と地と』のステップシークエンス前半」

バレリーナ、アレッサンドラ・モントゥルッキオさんの考察記事の第2弾です。今回は「天と地と」のステップシークエンスに焦点を当てています。

原文>>

こちらはエレナさんのコメント:

皆さん、アレッサンドラ・モントゥルッキオによって考案された#BalleticYuzuシリーズ第2弾です。

ユヅが氷上で披露する奇跡を更に理解し、評価するためにプロのバレリーナに解説してもらいましょう。

幼い頃からバレエを愛し、現在も現役のバレリーナであるアレッサンドラは、羽生結弦の中に偉大なバレリーナの資質を見出しました。彼自身はバレエを習ったことはなく、バレエダンサーを装うつもりもないと語っていますが。

しかしながら、彼にはエレガントな所作と姿勢、完璧なラインが備わっており、バレエを嗜む人間には、この天性の、そして厳しい鍛錬と、あらゆるディテールと「彼の」フィギュアスケートの芸術性に対するこだわりによって磨き上げられた彼の資質に気が付かずにはいられないのです。

今日は「天と地と」で結弦が実施するステップシークエンスの前半に注目します。

私達の目を釘付けにするこのパートが、実は見た目より如何にずっと凄まじいことを実施しているのか一緒に見ていきましょう。


アレッサンドラ・モントゥルッキオ
(2021年3月13日)2回目の今回のテーマは:

「『天と地と』のステップクエンスです。

正確にはステップシークエンスの前半です。こちらはスローモーションの動画です。

 

ユヅはスピンの出から・・・え・・・・え?第一に、全ての音が、まるで彼の身体から発せられ、全ての楽器が彼と同調し、彼の足や手や指によって具現化されているようで、このことが絶対的なアイデンティティとなっています。これは動作と音楽の単なるユニゾン、調和、融合を超えています。(補足:私は音楽家ではないので、的外れなことを言っているのかもしれませんが、ユヅが絶対音感の持ち主であっても私は驚きません。至高の瞬間を注意深く観察すると、彼の動きは0.001秒単位で音を先駆けており、これによって彼の身体が音を生成する楽器のような印象を与えるのです)。彼のこの同一性については、前回の投稿balleticyuzu01で詳しく取り上げましたで、ここでこれ以上触れません。それではステップシークエンスの前半についてバレエ的観点から詳しく解析してみましょう。

準備はいいですか?
それでは始めましょう。

ユヅはスピンから出て、両腕を上げ、右腕を後方、左腕は肘を曲げて前方の顔の高さに持ってきて、まるで「注意しろよ。これから必見に値するスペクタクルを始めるから」と言うかのように手の平をジャッジに向けながら、前方に向かって2歩進みます(動画4秒)。最初の4秒間は腕の動きに注目してみてください。腕全体を巻き込む動きをする場合は肩甲骨から、前腕に関連する動きは肘から、手に関連する動きは手首から始まっています。 背中は常に腕の動きを支えており、腕と胴体のあらゆる動きに繋がる「コア」を定義出来るのはまさにこの背中なのです。これはクラシックバレエの基本中の基本、バーを使ってエクササイズをする際、真っ先に注意することです。真っすぐ伸びた背筋、開いた肩、背中から支えられた腕。そうでない場合、つまり腕を支えるために上腕二頭筋と上腕三頭筋が使われている場合、腕が常に二次的である状態、つまり横向きで、腕が肩より少し低い位置にある状態(いずれにしても身体のラインに大してほぼ90度)でバーエクササイズを30-45分続けることは出来ません。腕のあらゆる部位のあらゆる動きは上流(肩と背中)から支えられており、まさにこのために腕と動作自体に力を与えるだけでなく、速度と振幅も調整することが出来るのです(皆さんも試してみてください。そうすればこれが如何に難しいことか理解出来るでしょう)。ユヅはフィギュアスケート界において、まさにこれを実践している類稀な唯一のケースであり、ステップシークエンスの最初の4秒間を観察すれば、納得出来るはずです。彼がどのように腕を上げているのか、肩甲骨から肘を通り、手首と手に到達するまでの過程を観察してみて下さい。彼は非常にコントロールされていて、動きに無駄がなく、優雅です。バレエでは、ポール・ドゥ・ブラと呼ばれます。つまり、腕を振り回すだけでなく、腕を「運んできて、運んでいく」のです。

それから、ユヅは両腕を高く上げた状態で半回転のピルエットアン・ドゥオール(軸足方向ではなく、フリーレッグ方向に回転)を実行しながら、ジャッジに背を向け、フリーレッグのポジションをパッセ(足先を膝の方に向ける)からクーペデリエール(踵はふくらはぎの下、足首の少し上)に変えます。そして決して簡単ではないピルエットを1回実施しながら、脚のポジションを変えます。ピルエットとピルエットの間で脚のポジションを変えるのと(例えば、パッセで普通のピルエットを実施してから、一度止まって軸足を曲げて次のピルエットの準備し、同時にフリーレッグをパッセからアティテュード・ドゥヴァンにする)、1つのピルエットの実施中に脚のポジションを変えるのでは全く異なります。

*アティテュード・ドゥヴァン

どちらも難しいですが、後者は難度がずっと高くなります。ユヅの場合、ピルエットの前半はパッセです(曲げた足が広いペースを占める幅広いポジション)。このようなポジションでは回転が遅くなります。例えば、スケーターのスピンに注目すると、身体のポジションの幅が広く、開いていればいるほど、回転は遅くなり、身体の幅が狭く閉じていると、回転がより速くなることが分かります。すなわち、幅広いパッセから狭いクーペに移行すると、当然ピルエットの回転速度が上がります。ところが、ユヅは回転速度を一定に保っていました。このことは、つまり彼が自分の身体を完全にコントロール出来ていることを意味しています。2つのポジションでは部分的に別の筋肉を使わなければならないことも考慮すると、1回のピルエット実施中にユヅが行っていることが如何に難しいことなのか想像して頂けるでしょう。更に腕と一緒に脚も一緒に下げるという動作の同調も付け加えなければなりません。

ピルエットが終わった後、ユヅは足を氷上に着こうとしてるように見えますが、そうではありません。左足を伸ばして2連続ツイヅル(バレエではフェッテダブルと呼びます)のための弾みを付けます。これは前述の準備からすぐに分かります。フェッテの準備では軸足を曲げ、フリーレッグが身体の前から弾みをつけて1/4の円を描いて横に着た時、軸足がトゥになり、パッセのフリーレッグに戻します。半円を描くフリーレッグのこの動作(ロン・ドゥ・ジャンブ)によって身体を回転させる十分な弾みを得ることが出来ます。

ユヅのフェッテダブルはバレエ的観点から見ると完璧ではありません。ロン・ドゥ・ジャンブではフリーレッグが少し低いですし、ポジション2番で弾みを付けるために開かれるユヅの両腕はまさにバレエダンサーのそれですが、回転中に維持されている腕のポジション4番も完全にクリーンではありません。頭上に上げた腕はいいですが、教本ではポジション4番の片腕はおへその位置ですから、少し低いです。しかし、前述の腕のコントロールに注目して下さい。ピルエットの実施に最適と見なされるのはポジション1番です。両腕が身体の前、おへその高さで楕円を描き、完全に左右対称です。このポジションは「押し」をより適切に調整し、より安定してバランスを維持し、精度の高いコントロールを可能にします。腕を別のポジションに置いた状態、例えば腕がポジション5番の状態(すなわち両腕を頭上に上げた、フィギュアスケートでは「リッポン」に相当するポジション)でターンするのはより難しくなります。ポジション4番のように腕が左右非対称な状態でのターンは更に難しくなります。なぜなら異なる位置にある両腕がターンの回転速度とバランスに影響を与えるからです。そしてユヅはポジション4番でフェッテダブルを、氷上で、滑りながら実施します。
もう一度言います、氷上で、滑りながら。

更に、全てをより複雑にしているのは、ユヅが最初のピルエット(実施中にポジションを変化)もフェッテダブルも左側で実施していることです。バレエでは、ピルエットはフリーレッグが右足の場合には右側、フリーレッグが左足の場合には左側で行われます。これは見た目ほど直感的な動作ではありません。右側のピルエットアン・ドゥオールは右回り、右側のアン・ドゥダンは左回りですから、逆方向に回転する2つのピルエットを実施することになります。問題の核心は、フリーレッグが右足の場合、軸足、つまりバランスを取る足は左足になります。そして通常、右利きの人は軸足が左足、左利きの人は軸足が右足の方がバランスを取りやすくなります。一流のバレリーナでさえ、練習では左右両方のピルエットを行いますが、舞台では自分にとってバランスを取りやすい方の軸足でのみ実施します。コンテンポラリーダンサーの最高峰の一人であるダニール・シムキンは左利きで、舞台では全てのピルエットを左側、すなわち軸足を右足で実施しています。同じことがスケーターにも言えます。カロリーナ・コストナーを見た人は、彼女が全てを逆向きに行うので、最初違和感を覚えますが、やがて彼女は左利きなので、ジャンプを通常とは逆向きに跳んでいることに気付くでしょう。

しかしユヅは左利きではありません。にもかかわらず、ここではポジション変化を伴うピルエットと左側でのフェッテダブルを実施しているのです。これは脱帽に値します。

そして、ユヅのバレエで言うところの「対角線上のピルエット」(通常、舞台を斜めに横切りながら実施される一連のピルエット)はこれで終わりではないのです。まず、何秒もの間、ずっと片足(右足)で滑った後で、ようやく左足を氷上に置き、軸足を変えて別のピルエットを行います。そう、彼はただ滑るのではなく、フリーレッグを身体の前方に伸ばした状態で1回転半の右側のピルエットアン・ドゥダンを実施します(ポジション2番からロン・ド・ジャンブでドゥヴァンに持ってきて、回転するための弾みをつけます)。この時、彼の胴体は足に向かって少し前方右側に傾斜していますので、真っすぐではなく、少し軸から外れています。同時に右腕は腹部に向かって曲げられ、真っすぐ伸びた左腕は後方から上に伸びてポートデブラを行い、ポジション5番になり、回転力を生み出します。頭部は最初、軸から外れて下がった肩に向かって右側に傾斜し、次に前方、右腕と腹部の方に向けられます。最後にユヅはそれまで屈曲させていた軸足を伸ばし、ピルエットを終えて腕をポジション2番に持っていきます。

このパッセージは驚異的で、まさに優美さとコントロールの奇跡です。
この場合、ピルエット自体はそれほど難度の高いものではありません。バランスを崩さず胴体をにこれほど前傾させるために、腹筋を引き締めればいいのです。しかし、ユヅが実施するピルエットは軸からずれています。つまり身体の一部のバランスが取れておらず、身体の他の部分と同じライン上にありません。そして、この「反抗的」な部分がバランスに逆らっているため、難しいピルエットとなっているのです。軸上でピルエットを2度実施する方が、軸から外れたピルエット(例えば、頭を後ろに投げ出したり、ユヅのように背中を片側に傾斜させて行うピルエット)を1回実施するより間違いなく簡単です。氷上でこのパッセージを実施する際、ユヅは頭部の動きをコントロールするために腹筋を収縮し(これほど首を曲げると一瞬でむち打ちになる可能性があります)、左腕の回転を調整し、このように非常に屈曲した姿勢でも転倒しないよう臀筋を引き締めなければなりませんでした・・・結果、優美で内面的で、まるで唇の端で交わすキスのように軽くて暖かい、抱擁で包み込むような動きが生まれたのです。

マックス・アンべージ曰く「眩暈がするような美しい」のこのパッセージの後、眩暈がするように美しい動作はまだ続きます。まずユヅは軸足を変え、後ろに2歩下がりますが、ただの2歩ではありません。アラベスクフォンデュ(軸足は屈曲し、フリーレッグは後方に伸びている)2回、あるいは バロッテ・アナリエール(軸足がプリエ、フリーレッグがクーペで、小さくジャンプし、フリーレッグは後方に伸ばしたより低位置のアラベスク)2回を実施しているのです。ただし、本物のバロッテは何度も前後しますが、それにしても凄いことです。身体はやや前傾、甘美な・・・極めて甘美な視線はジャッジに向けられています。その後、ユヅはコントラターン(様々な種類があり、ダンサーが一歩を踏み出そうとするものの、実際には開始するだけですぐに中断し、後方に実施します)を実施します。
例>>

前述のピルエットを、ただし逆向きに実行し、ピルエットの出で背中を前方に弓なりに曲げて一歩半後ろに下がります。「天と地と」の平和に支配されたセクションとの決別、あるいは新たな戦の前の休戦でしょうか?シークエンスの終わりの甘い眼差しから鋭い戦士の目つきに変わった彼の眼差しの変化が、たおやかさから闘志への移行を雄弁に物語っています。最後に彼はスッと背筋を真っすぐに伸ばし、両腕を天に向かって上げます。

この最後のセクションでユヅが私を文字通り魔法にかけるのは何でしょうか?2度目のバロッテとコントラターンを実施している時のユヅの右手です。

説明しましょう:ユヅは腕を緩く伸ばし、手首を曲げて(腕と手首の角度が90度になるように)、まるで「そこで待っていて」と言うように手を前を押し出します。それから腕を曲げて自分の方に引き寄せます。当然、手は腕に従いますが、最初はまるで息を吸うように躊躇っているようです(しかも、手首を「折る」ことなく。手首を曲げ過ぎると手と腕がバロック的で人工的に見えてしまうことがあります)。それから手を少し下に降ろして最後のピルエットを行います。この最小限の動きの、手と指の息遣いの中にはユヅの優美さだけでなく、彼のバレエダンサーとしての資質が全て詰まっています。

動きを制限されることなく、生き、表現し、演じる腕と手と指を持っているということは、全ての一流ダンサーにとって無くてはならない資質です。キャラクターは当然、顔の表情を通して演じられますが、同時に実施される動き、そして感情、観念、物語を「醸し出す」身体能力によっても演じられます。偉大なバレエダンサーでこの完成された演技力が備わっていない人はいませんが、一流ダンサーの間でも個人差があります。
ロシアの2人の偉大なエトワール、スヴェトラーナ・ザハーロワとウリヤーナ・ロパトキナを例に挙げましょう。2人の白鳥の演技をご覧になれます。身体能力の卓越したザハーロワ(動画)は素晴らしく、彼女の顔の表情は白鳥として生きなければならない過酷な運命を背負わされたオデット姫の苦しみの全てを表現しています。しかし、身体能力では少し劣るロパトキナ(動画)は、オデットの苦悩と諦めを何と頭と背中の姿勢や腕の動きで表現しています。そして彼女は白鳥を演じているのではなく、白鳥そのものなのです。

これも、ユヅが氷上で未だかつて見たことがない史上最高の表現者である理由の一つです。彼の腕、手、指には語る能力があるのです。ステップシークエンス前半の最後のパッセージで彼の右手が空中で描いているのは、戦の前に調和を求めて内観する平安の物語です。

ユヅが見る者に涙を流させるほど感動させることが出来るのは、演技と度に白鳥や恋人や精霊や戦士やロックスターに変身する彼の能力にもよるものです。

彼の腕や手や指がどんな風に動くのか延々と見ていられるように、彼の3アクセルや物理の法則の限界まで傾斜した彼のエッジもまた、決して見飽きることがないのです。

 

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私にはバレエの専門知識は全くありませんが、16歳の彼がショートプログラムで滑ったホワイトレジェンドを見て、これまでの選手とは違う、フィギュアスケートの枠に収まらない芸術性を持つ選手だと感じました。その彼の天性の資質は、彼自身の尽きることのない向上心とたゆまぬ努力によって磨け上げられ、もはや普遍的な総合芸術の域に達しています。

アレッサンドラさんの分析は彼の凄さの秘密をバレエの観点から解明してくれています。
羽生君はフリーのステップシークエンスのレベルを取りこぼすことがありますが、それは彼があまりにも難しいステップに挑戦しているが故に踏み込みが浅くなったり、クラスターが完全でないと判断されてしまうことがあるのでしょう。純粋にレベルを取ることだけに焦点を当てるなら、ステップの難度を少し落として決められているターンやステップを確実に踏む、という選択肢もあるのでしょうが(そして多くの選手がそうしています)、何事も決して妥協しない彼は演技の世界観に合った、最高難度のステップでレベル4を取りにいくのでしょうね。

「天と地と」は精巧に描かれた歴史絵巻のように最初の1秒から最後の1秒まであらゆるディテールまで考え抜かれ、洗練された羽生結弦史上最も完成された最高傑作ですが、驚愕すべきは、彼がこのプログラムをリモート振付でコーチ無しで、実質一人で作り上げたということです。

Published by Nymphea(ニンフェア)

管理人/翻訳者(イタリア在住)。2011年四大陸チゴイネ落ち @pianetahanyu