EleC’s Worldより「BalleticYuzu 04 – ポジション5番のディレイドアクセル?」

バレエ的観点から羽生結弦の凄さを解説する現役バレリーナ、アレッサンドラ・モントゥルッキオさんのシリーズ「BalleticYuzu」、最終回(今後、また新しい記事を書いてくれることを期待したいですが)では、ドリームオンアイスで披露された「マスカレイド」のディレイドアクセルに焦点を当てています。

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アレッサンドラ・モントゥルッキオ
(2021年7月15日)

皆さん、再び#balleticyuzuを書くことにしました。ご想像通り、ドリームオンアイスにインスピレーションを刺激されたのです。そう、マスカレイド再演、特にディレイドシングルアクセルに・・・

正確にはディレイドシングルアクセルのユヅの両腕です。

よく見えるように2枚のスクリーンショットを掲載します(エレナが撮ってくれました。ありがとう!)。ユヅは頭上に両腕を上げていますが、リッポンと呼ばれる通常のポジションではありません。

リッポンの場合、両手を頭上で繋いでいます(例えばショパンの4T3Tを見て下さい)。しかし、マスカレイドではユヅの両手は繋がれていません。しかも、「万歳」のようにただ両腕を上げているだけではありません。彼の両腕は楕円形を描いており、肘と手首が緩やかに曲がっています。実質、バレエのポジション5番です。

クラシックバレエでは足と腕のポジションが1番から6番まであります(Googleで検索するれば簡単に見つかります)。5番は上の絵のようなポジションです。

ご覧になりましたか?
まさにマスカレイドのディレイドシングルアクセルのユヅの腕のポジションです。

確かに、完璧なポジション5番ではありません。指の間隔が少し広過ぎますし、親指は手の平に向かって折り畳まれていません(ただし大抵の場合、ユヅの手はクラシックバレエにおける正確で正しいポジションにあることを強調しなければなりません)。それに、ジャンプの回転中、腕はずっと左右対称で維持されていません。しかし、ユヅが本気でこのポジションを追求したら、彼には完璧なポジション5番が可能だと私は確信しています。いずれにしてもポジション5番でジャンプするのは、「リッポン」でジャンプするよりずっと難しいのです。特にスケーターのように子供の頃から腕をこのような位置で維持することに慣れていない人にとっては。

何故でしょうか?

「リッポン」ポジションですが、腕を胸の前に寄せるのではなく、両手を上げてジャンプし、何より回転すれば、回るのはより困難になります。腕を高く上げると、身体はより多くのスペースを占有します。背がより高くなったようなもので、1センチの伸びるごとに、バランスを崩さず、正しいポジションを維持するために、1センチ余分にコントロールしなければならないことを意味しています。そして背丈が高くなると、重心が移動し、回転を含む動きが遅くなる可能性があります。ただし、手を繋げば、腕が動かないように固定出来ますので、回転を妨げる要因にはなりません。更に一方の手でもう片方の手をしっかり握るには(または手首を逆側から握ると更にやり易いです)、力が必要です。そしてその力は腕全体に伝達されます(嘘だと思うなら試してみて下さい)。腕が強く、しっかりと固定されていても、腕を頭上に上げると空気抵抗は発生しますが、胴体の動作や身体の回転にはそれほど影響を与えません。

一方、ポジション5番では、片手はもう一方の手首を握っていないため、腕に力を伝達することは出来ませんから、腕はしっかり固定されません。そして腕を「フリー」な状態で頭上に上げている場合、胴体と身体の回転を妨げ、危険に晒します。それどころか、空中で揺れるリボンのようにならないために更なる鍛錬が必要になります。正しいポジションを維持するためにダンサー(そしてユヅ)には高いコントロール能力が求められるのです。

ポジション5番の腕は背中の筋肉によって支えられます。このため、背筋を真っすぐ伸ばし、腹筋を引き締め、首がすくまないように、肩は下がっていなければなりません。また、背中が曲がったり、左右非対称にならないよう腰と臀部の筋肉も使わなければなりません。そして、ポジション5番は美しくなければなりません。
リッポンはリッポンです。両腕を上げ、手を絡めれば出来上がりです。ポジション5番はそうではありません。腕で優美な楕円形を作らなければなりませんので、肘を少し曲げなければなりません(ただし曲げ過ぎてはいけません)。手首に関しても同じです。手、特に中指は互いに程よく近づけなければなりません。
正しいポジション5番を実施するには(そしてクラシックバレエでは「正しい」=「美しい」です)、同時に身体の多くの部分を駆使しなければなりません。だからバレエは小さい頃から習い始めるのです。必要とされるあらゆる動作を体に染み込ませ、全ての動きを筋肉に記憶させて習得します。その結果、やるべきことを一々考えずに、ポジション5番の腕を自然に実施出来るようになるのです。

しかし、ユヅはバレエダンサーではありません。、そして5-6歳の頃からポジション5番を習った訳でもありません。先程言ったように、マスカレイドのポジション5番は完璧ではありませんでした(完璧まであと少しですが)。しかし、彼の気性を考えると、もし彼がその気になったら、空中で美しいポジション5番を実施して出来ることを私達は全員知っています。

それにしても何故、彼はわざわざより難しいことをするのでしょうか?

私には彼の脳内を覗くことは出来ませんので、推測することしか出来ませんが、おそらくポジション5番の方がリッポンより美しいからでしょう。より優美で、よりエレガントです。そしてより難しいのです。つまり、これら全てには、ユヅの美学、完璧と美しさの終わりなき追求が反映されています。会得するのが如何に難しくても、リスクを伴っても、彼は自分が理想とする美を追求するために、敢えてそのリスクを冒すのです。

そして私はそんな彼をますます賛美し、愛さずにはいられないのです。

 

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☆前回の4サルコウの考察もそうですが、専門家(彼女の場合、バレリーナですが)は着眼点が違いますね。

マスカレイドのディレイドアクセル、私も手を上げて跳んでいることにはすぐに気が付きましたが、リッポンではなく、もっと難しい跳び方をしていたのですね。

凄く優雅で洗練されたジャンプに見えたのは、腕のフォームにそのような秘密が隠されていたのですね。

アレッサンドラさんは羽生君にオマージュを捧げるために、振付の先生に「Otonal」を振り付けてもらって、踊ったそうです。公式の場で踊った訳ではありませんが、彼の演技に魅せられ、オマージュの舞を捧げるなんて素敵ですね(Otonalのステップシークエンスも是非解説して欲しいです!)。

Published by Nymphea(ニンフェア)

管理人/翻訳者(イタリア在住)。2011年四大陸チゴイネ落ち @pianetahanyu