L’Altro Giapponeより「羽生結弦 | 天と地とスペシャル~イントロダクション」

マッシミリアーノさんの講演を企画したナポリの日本文化協会「L’Altro Giappone」が「天と地と」の特集記事を組みました。
能楽の視点からいつも素晴らしいエッセイを書いて下さる太田龍子さんを始め、様々な分野の専門家がそれぞれの視点から「天と地と」を考察しています。

イタリア語が原語の記事を翻訳していきたいと思います。
まずは美術監督のバルバラ・ワシンプルさんが執筆したイントロダクションから

原文>>

2021年12月25日 L’Altro Giappone

イントロダクション(バルバラ・ワシンプス)

2021年全日本選手権フィナーレ前夜にご紹介する本特集では、規格外のチャンピオン、羽生結弦のキャリアにおいて、おそらく最も濃厚で巧みに構築されたフリープログラム、昨年の同大会で初披露された圧倒的傑作「天と地と」を様々な角度から分析します。

これまでにも数多くの伝説的パフォーマンスを生み出してきた2度のオリンピックチャンピオン(彼については「オリンピック」カテゴリーで既に二度に渡り特集を組んでいます)は2020年、再び日本史 の人物の化身となる決意をしました。実際、プログラムは偉大な武将で大名であった上杉謙信(長尾景虎、1530 – 1578年)の物語と人物像に着想を得ています。謙信は彼が統一した領土の地名に因んで「越後の虎」と呼ばれていました。また仏教の神である毘沙門天 に対する彼の信仰に敬意を評して軍神と讃えられました。

羽生は以前にも母国の歴史的人物を演じたことがありましたが、占星術師で魔術師であった安倍晴明の人物像から想起される超自然的な要素が強かったSEIMEIに対し、「天と地と」では、個人の迷いと苦悩に起因する完全に人間的な達観への渇望が表現されています。

上杉謙信の物語は戦術における彼の天才的頭脳を物語っており、32歳で関東管領関東全域の将軍名代)に登りつめる程、剣士及び戦略家としての才能に秀でており、その類稀な才故にに頭角を現していったことを語っています。戦においては兵数で劣勢な時でさえ敵将に対してほぼ無敗でした。

しかし、人間としての彼の歩みは、より高い価値観に導かれた彼の性質も物語っています。7歳から14歳まで寺で育った謙信は、生涯をかけて内面の平安を追求し、年代記と晩年の肖像画が証明しているように、最後は仏門に入るのです。啓発された掟を制定することにより、領民の生活向上に務めました。彼を畏れ敬意を抱いていた敵に対しても公正な関係を築いた謙信は、日本のイメージの一つとなっている寛大な行いの代名詞と言えます。

プログラム構築のインスピレーションの源となったのは、1969年にNHKで放送された同名の年間テレビドラマシリーズ大河ドラマ)でした。海音寺潮五郎の時代小説を原作とするテレビドラマでは石坂浩二が謙信、高橋幸治が武田信玄を演じ、2人の武将の最後の合戦となった1561年の第四次川中島の戦いとその後の謙信に焦点を当てています。ドラマの制作に当たり、幾つかの指示を与えた海音寺自身もこう断言しています:「信玄は現実主義者で、謙信は理想主義者である。戦いにおいて信玄は堅固であり、謙信は勇敢だった」

サウンドトラックは偉大な作曲家冨田勲の作品で、プログラム曲には別の大河ドラマ、1972年「新平家物語」のメインテーマも挿入されています。

天と地と(本特集記事の後半に昨シーズン全日本の演技動画が挿入されています)は、スポーツの境界を超えた総合芸術の集約ですが、このようなプログラムは試合においてこそ完璧に完成されるため、スポーツでもある必要もあるのです。芸術的表現と現実的な挑戦が融合されており、これは舞台芸術ではほとんど見られない組み合わせです。

このフォーカス(特集記事)で提供される全体像は、「天と地と」がどのように構築され、磨き上げられたのか、そしてエキシビションとして考案されたプログラムとの違いを特にフィギュアスケートをよく知らない読者に解説します。このプログラムによって羽生の偉大さはまたしても頂点に達しました。過去に何度も起こったようにハードルを引き上げ、後述の記事で解説されているように歴史的引用、クラシックバレエと伝統的な演劇から借用された要素、そして彼のトレードマークである動きが編み込まれた複雑な調和の網の中に、未だかつて誰も成功したことのない4回転半ジャンプ、4アクセルを組み込むという確固たる意志によって物理学の限界に挑んでいるのです。もはや史上最高のスケーターと見なされている羽生結弦は、真の栄光に必要不可欠な条件が何たるかを概略し、タイトルやメダルが懸かっている時、他の誰にとっても考えられないようなパフォーマンスを披露するのです。これが最後の戦いになろうとなるまいと、4アクセルが正しく実施されとされまいと、北京オリンピックに出場しようとしまいと、この大会で勝利を収めようと収めまいと、「天と地と」は、2020年12月で初公開された時点で既に伝説となっています。

絶対的エクセレンス、羽生結弦が彼の国の文化に多大な貢献をしていることを確信し、この技術と芸術の天才にこの新しいスペシャルを捧げます。アーティストで翻訳家の清水みのり、エッセイストで能楽専門家の太田龍子、数学学者で音楽家のHenni147、作家でバレリーナのアレッサンドラ・モントゥルッキオといった案内役が、この巧みに関連付けられたサプライズに満ちた「天と地と」を巡る旅に皆様をいざないます。

天と地とが終わる時、人間の迷いと苦悩は消え去ります。 安倍晴明のような超自然的能力を持つ人物ではない人間、羽生上杉は、天と地とを繋ぐことによって、おそらく彼らが渇望していた達観の境地に到るのです、

To be continued…

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☆これは全日本が始まる前、羽生君が北京五輪に出場するかどうかまだ分かっていない時に準備された特集です。

昨シーズン、羽生君がフリープログラムの楽曲に「天と地と」を選んだ時点ではオリンピックを意識していなかったのかもしれませんが、北京オリンピックが行われる2022年は毘沙門天の力が最大になる「寅年」なのです。何という巡り合わせでしょう!

北京オリンピックでは超自然的な途方もないことが起こる予感がします。

Published by Nymphea(ニンフェア)

管理人/翻訳者(イタリア在住)。2011年四大陸チゴイネ落ち @pianetahanyu