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Neveitaliaポッドキャスト「『羽生結弦』思考をフォーカスする(その2)」

イタリア・ユーロスポーツ実況のマッシミリアーノ・アンベージさんのフィギュアスケート専門ポッドキャスト『Tutti con Ambesi』(みんなアンベージの味方)より
前回の続きです

視聴はこちら>>

ここでこんな疑問が湧いてくる(笑)
彼に3種類のクワドが果たして必要なのか?
でも、ここで羽生の人格が判る。

彼は試合にただ勝つためだけに競技しているのではない。
彼が競技するのは、フィギュアスケートが自分自身への挑戦だからだ。

だから試合で、複雑なステップを前に入れながら最高難度のジャンプを決めることは、彼にとって最高の『快楽』なのだ。僕はあえて少し過激なこの言葉を使いたい。

だから怪我に阻まれたり、コーチにダメだと言われたりして、これが実行出来ないことは、彼にとって『剥奪』なのだ。

この解釈は、彼のプログラムへの取り組み方を見るとよく分かる。

最初から最後まで1ミリの隙もなく高難度に仕上げるために、シーズンが進むにつれてプログラムにどんどん手が加えられていく。

羽生の昨シーズンを振り返ってみた時、彼は何を我慢しただろうか?

彼は中国で負傷した後(実際にはその前に腰を痛めていたから、中国に着く前に既に怪我をしていた)、非常に困難な状況に陥った。何故なら羽生は怪我の後、日本に戻り、ブライアン・オーサーは遠く離れたカナダにいたからだ。
2015年11月頃のことだ。

ブライアン・オーサーは彼にこう言った。

「ユヅル、あのプログラムを滑ろうなんて考えちゃダメだよ。今の君の身体の状態では無理だ」と

羽生はブライアン・オーサーに多大な敬意を抱いている。
日本文化に従えば、オーサーは羽生にとってある種の『先生』だ。それに当然のことながら、オーサーは最高レベルの選手だったし、コーチとしても羽生以外に無数の勝利を収めている偉大な存在だ。
だから結弦はオーサーを尊敬している。

そして、結弦にとってオーサーのような人物に傍で支えてもらうことは必要不可欠だ。さもないと、やりたいことを全て実行する奔放な暴れ馬になってしまうからだ。

しかし、「ユヅル、あのプログラムを滑ろうなんて考えちゃダメだよ。今の君の身体の状態では無理だ」というオーサーの言葉は、彼にとって死の宣告だった。

おそらく2日ほどしか練習出来ずに臨んだNHK杯では難度を下げたプログラムを滑り、ミスを連発するが、ファイナル進出を決めた。彼はファイナルに行く運命だったのだ。

ここで鍵になったのは6分間練習中に中国のハンヤンと激しく衝突した中国杯で獲得した2位だった。

あの時、あの場にいた全員が「ユヅル、君は滑るべきではない」と言い、オーサーは彼に競技させたくない人達の筆頭だった。
医者も日本スケート連盟も同じ意見だった。
でも皆の「滑るな」というどんな説得の言葉も彼を止めることは出来なかった。

「僕は大丈夫。僕が競技しない?冗談じゃない。これからリンクに降りて勝ってみせる」とリンクに飛び出していった(笑)。

ひょっとしたら軽い脳震盪もあったのかもしれないし、後に医師の診断で分かったように酷い状態だった訳だが、ほぼ予定通りの構成のプログラムを最後まで滑り切った。何度も転倒しながら

でも、何よりもフィギュアスケートのように危険を伴う高難度競技ではごく稀にしかお目にかかれない意志の強さと勇気を見せた。

自らの身体をリスクに晒しながら。

だってこういう事故は極めて危険だし、今後の競技人生に影響するリスクだってあったはずだ。

実際、僕達は「筋肉の痛みが~」とかそんなことを理由にグランプリシリーズを辞退する選手達を日々見ている。

羽生結弦は可能なら腕にギプスを付けていても競技するタイプだ。怪我があろうと何があろうと彼には関係ない。
だから彼は例えあのようなコンディションでも自分には出来ると確信していたのだ。

でもNHK杯からグランプリファイナルまで1週間ちょっとあったから、結弦は練習することが出来た。

それで彼は何を練習するのか?

彼が練習したのはオーサーに準備しろと命じられたプログラム、つまり難度を下げたプログラムではない。
彼はクワド3本のフリーと後半4Tのショートを練習していた。

ただし、バルセロナでブライアン・オーサーに再会した時、このようなブログラムを彼に披露するような冒険はしなかった。
ダメだと言われるのは分かっていたからだ。

難度を下げたプログラムを滑り、優勝した。

もしブライアン・オーサーが見ていなければ、羽生結弦は間違いなく今年からフリープログラムの3つ目のエレメントを3フリップにはしなかっただろう。
何の準備もなく傑出した技巧で跳んでいるが、彼があまり好きではないジャンプだ。
代わりに4ループをここに入れていただろう。
何故ならこれこそが、彼がフリープログラムの3番目のエレメントとして思い描いているジャンプだからだ。

でもオーサーとの間に築かれた、ほとんど主従関係に近い関係故に、彼はオーサーの指示に従った。ただし、これからの話で分かると思うけれど(笑)、オーサーは可能な時には、結弦をある程度自由にさせている。

羽生は銀河点を叩き出してグランプリファイナルで優勝した後、全日本でも優勝した。

To be Continued…

(その1) (その3) (その4) (その5)

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 ☆ 今回のポッドキャスト、羽生君部分は120分中38分。
マッシミリアーノさんはイタリア人の中でもかなり早口で(イタリア人は全体的にみんな早口)、1分当たりの言葉数は日本の解説者の3倍はあると思うので、日本人解説者が同じ内容をしゃべったらおそらく100分はかかると思います(是非、羽生君と対談してマジンガントークを繰り広げて欲しい)。

フィギュアスケート大国で羽生人気が尋常でない日本にさえ、羽生結弦をこれほど深く考察し、専門的に、熱く100分間ひたすら語る番組(しかも映像無しのトークオンリー)はないのでは?

『羽生結弦物語』はマッシミリアーノ・アンベージさんに執筆してもらいたいです!

Published by Nymphea

管理人/翻訳者(イタリア在住)。2011年四大陸チゴイネ落ち