Sportlandiaより「アリガトウ」

マルティーナさんも24時間テレビを見て素敵な記事を書いて下さっていました。

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マルティーナ・フランマルティーノ著
(2021年8月22日)

アリガトウ
Grazie

スポーツにおいて、アスリート達は特定の結果を達成するために努力します。そして結果は統計に残り、彼らのキャリアを定義するために使われるのです。
しかし、結果が全てではありません。

テニス、バレーボール、様々なスポーツの試合で・・・自分の応援する選手が負けたにも拘わらず、彼らが勝った試合より楽しめた、ということが何度かありました。勝利は嬉しいです。アスリート達は持てるエネルギーの全てを注いで勝利を追い求めます。でもそれが全てではありません。
例えばテニスでは、(時にはテニスプレーヤーのジャスチャーやフォームに見とれることはあるものの)、結果で重要になるのは、より多くの得点を積み上げた選手です。しかし、フィギュアスケートは違います。私はタイトルを取った選手よりも世界選手権の表彰台に上がったことのないスケーターに感動させられたことが何度もありました。何故なら、多くの場合、感動は結果とは関係ないからです。

重要な結果という点において、ユヅは数多く獲得しました。これについて私は何度も書いてきましたし、これからも書き続けるでしょう。
彼がこれまでに成し遂げたことは、羽生結弦は史上最高のスケーターと断言するに十分であり、何年も前から彼はGOATなのです。私が書くことも、他の人達が書くことも重要ではありません。
結果がそれを示しています。彼の結果はただ一つの事実を強く、はっきりと物語っているのです。羽生結弦は史上最高である。しかし、彼が今やっていることは、それらを超越しています。

どんなアスリートも自らの努力と誠実さを除けば、彼らを見ている観衆に対して何の義務はありません。ユヅは自分の意志で、己の夢を実現するために滑り続けています。それは正しいことであり、彼が望む限り前へ進み続ければいいのです。この先何が起ころうと、過去が消えることはなく、今日の感動が消えることも決してないでしょう。更なる結果を達成したら?勿論、嬉しいですが、それは最も重要なことではありません。結果はアスリートを定義する唯一の要素ではありません。特にフィギュアスケートのように、感動を技術と芸術性から切り離すことの出来ないスポーツでは。今日、ユヅが披露した2つのプログラムの強烈さは類稀であり、比較の対象になり得るのは彼の他のプログラムだけです。どんな結果も、例えオリンピック金メダルであっても、今日の感動とは比較出来ません。前者は時間と共に統計になりますが、後者は人生であり生命なのです。

ありがとうユヅ。あなたが世界中のあらゆる地域の人々にとって光であることをあなたが知っていることを願っています。

アリガトウ

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☆アイスリンク仙台で静かに披露された2つのプログラム。
このような状況なので最小限のスタッフ、派手な演出や照明は無しで、というのはきっと羽生君のリクエストなのではないでしょうか。
普段から使い慣れているリンクなので、会場の準備も出来る限り彼が自分でやったのかもしれません。
いつも思うことですが、彼の各方面に対するこうした細やかな配慮、心遣いは素晴らしいですし、本当に真心から出てくる自然な行為であることが伝わってきます。

今回のために新調された衣装を見て「藤の花?」と思ったら、仙台の藤の花なのですね。


衣装を含め、彼の選択には必ず意味がありますね。

藤と言えば、今年は藤の花が咲く季節にロックダウンが少し緩和されましたので、藤マップを手に街の藤の美しい場所を幾つか見て回りました(去年の第1波の時は、郊外の公園に桜を見に行った3日後から3ヵ月に渡る厳格なロックダウンが導入され、藤の花を見ることは出来ませんでした)。


ロックダウン緩和後に見た、壁伝いに自由に咲き乱れる藤の花は「解放」の象徴のように見えましたが、花言葉には「優しさ」「歓迎」「決して離れない」などの意味があるのですね。

ホワイトレジェンドの4Tの出、どうやらバレリーナのアレッサンドラさんがインスピレーションを刺激されたようなので、近々また素敵な分析記事を書いてくれるかもしれません。

Published by Nymphea

管理人/翻訳者(イタリア在住)。2011年四大陸チゴイネ落ち