Sportlandiaより「ジョン・ジャクソン著『オン・エッジ』を巡って」

久々にマルティーナさんのSportlandiaから。

今回はアメリカの元スケーターで元ジャッジ、ジョン・ジャクソンの著書を取り上げています。
正確にはこの本を引用しながらジャッジと審査の実態を考察していく、この後に続く本編のイントロダクションです。

原文:Intorno a On Edge di Jon Jackson | sportlandia (wordpress.com)

マルティーナ・フランマルティーノ著
(2020年12月3日)

ソニア・ビアンケッティは2005年に著書「氷の亀裂」を発表しました。職場の書店のテーブルに置かれた本を眺めたことをよく覚えています。ここ数年間にイタリアで出版されたフィギュアスケート関連の書籍はごく僅かですから、覚えていない訳がありません。私はこの競技の偉大なチャンピオン達について書かれた最終章にざっと目を通して、元の場所に戻しました。あまり興味が湧かなかったからです。サブタイトルは「フィギュアスケートの舞台裏」でした。舞台裏?私は政治的駆け引きに嫌悪感を抱いており、スポーツ界におけるものであっても例外ではありません。そして、この「政治的駆け引き」に対する私の考えは年々悪化していましたから、この時はこの本を読もうとは思いませんでした。

2013年から私はフィギュアスケート関係の本を読み始めました。それまでの数年間は、試合を見て数冊の雑誌を購入する程度でしたが、ゼロだった私の英語力(読解力)が飛躍的に上達したこともあり、ある日、私は本格的にフィギュアスケート関係の本を読み始めることにしました。

まず、ずっと読みたいと思っていたカート・ブラウニングの自伝を読みました。それからスティーヴ・ミルトンの著書「フィギュアスケートの最も偉大なスター達」を読み、私がこの競技を見始める以前に遡るフィギュアスケートについての全てを知りました。3冊目は前述の「氷の亀裂」。この本を選んだ理由は、おそらくイタリア語で書かれており、英語の本より簡単に見つけられたからでしょう。無駄なことをしているような気がして迷いながら購入しましたが、実際に読んで見ると、啓発的な内容でした。ビアンケッティの文章はあまり上手いとは言えず、有能な編集者が必要だと思いましたが、重要なのはそこではありません。重要なのは、彼女が古典的な絨毯を持ち上げ、その下にある、多くの人には見えない、あるいは存在することすら知らない、そして多くの人が見ない振りをしているゴミの全てを私達に披露したことです。
この本は政治的であり、腐敗、ジャッジ間の八百長、見せかけだけの民主主義について語り、ISUは本格的な改革を必要としており、個人的な利益よりもアスリートとスポーツの利益を考える人々が主導権を握るべきだと知らせています。

私はこの本を読み、先に進みました。これらのページに書かれた内容に衝撃を受けましたが、私に何が出来るでしょうか?それでも私は先に進み、試合を観察し、幾つかの自伝、文献、著書、記事を読み漁りました。そして今の私に何が出来るでしょうか?おそらく何も出来ないでしょう。私は何者でもなく、フィギュアスケートの役職に就いたことも、この先、役職に就くこともありません。誰も私の考えになど興味を持たないでしょう。

しかし、大勢の人が話すようになったらどうでしょうか?

このような奸計に心底うんざりしていたからです。何人かの人が私の記事を読みました。そしてその中には私のやっていることが気に食わない人が少なくとも1人はいることを私は知っています。私は波風を立てたいのです。私はISUが私の書く内容を読み、変わってくれることを願っていますが、内部の人間でも変えられなかったのに、私に何の望みがあるでしょうか?

ジョン・ジャクソンの本を取り上げましょう。世間に衝撃を与えるべき本でしたが、おそらく誰もその内容に気が付かなかっただと私は思います。私は「オン・エッジ」(On Edge)という本を読みました。M.G.パイエティの著書「スパンコールとスキャンダル」に引用されたこの本のサブタイトル「裏取引、カクテル謀略、トリプルアクセル、トップスケーターをねじ込む方法」に興味を引かれたからです。このようなサブタイトルを持つ本を見逃すことが出来ますか?

ジャクソンの言葉を鵜呑みにしろと言っているのではありません。彼には彼の個人的関心があるでしょう。しかし、彼の言っていることは幾つかの疑問を呈するのに十分です。そしてこの本を他の何冊かの本と一緒にGoodreads(書籍情報や注釈、批評を閲覧できるウェブサイト)に投稿し、そこに寄せられた他の読者達の書評を読んだところ、多くの読者は彼の文体を批判していました。
文体?英語は私の言語ではありませんから、そこまで文体に敏感ではありませんが、ガイ・ゲイブリエル・ケイとジョージRRマーティンの小説を読み比べれば違いを感じますし、評論と文学作品の文体の違いも分かりますから、外国人の私でも文体について何かは感じるのです。しかし、この本に対して読者が持った唯一の感想が文体に関することですか?

私はソニア・ビアンケッティは有能な編集者が必要だと思う、と先程書きました。彼女の「!」の乱用にはイライラさせられますし、問題はこれだけではではありません。しかし、だから何だというのでしょう?評論では文体は重要ではないとは言いませんが、あくまでも二次的なものです。内容に注目すべきです。文体だけにしか触れないのは、本の内容を全く理解しなかったのか、あるいは完全に理解した上で誤った情報を作成し、核心から目を逸らさせたいからなのか?
重箱の隅ばかり突き続ければ、ボンヤリした人は重要なのはそこだけだと思い込むかもしれません。禁止本の目録はもう必要ありません。誰もその本について話さなければ、本はあたかも出版されなかったように消えてゆくのです。イタリアで年間60,000冊以上の本が出版され、出版社がこのペースを数年間維持しているとすれば、その本がベストセラーになるか、あるいは消えるか、いずれの運命を辿ることは明白です。

英語の本はイタリア語とは比べ物にならないほど多く出版されています。ブラウニング、スコット・ハミルトン、ジェーン・ジェーン・トービル/クリストファー・ディーンの自伝を読むことが出来るなら(私はこれらの本を全て読み、エカテリーナ・ゴルデーワの「私のセルゲイ」さえも何度か買いそうになりました)、フィギュアスケートのジャッジのエピソードもどこかで読めるべきではないですか?
私は「オン・エッジ」と偶然出会うまで、ジョン・ジャクソンの名前すら知りませんでした。しかも何年も前に書かれた本です。今、読む意味があるでしょうか?

読む意味は大いにあります。本の文体は重要ではありません。理解出来る文章、それで十分です。
あれから長い年月が経過しましたが、ジャッジの振る舞いは変わっていません。場合によってはジャッジの人も変わっていないのです。順位を計算する方法こそ変化しましたが、ジャッジと連盟の態度が変わらなければ、採点方法が変わっても何の意味もありません。

例を挙げましょうか?私はジャッジ全員のナショナルバイアス値を計算中ですが、全てのデータを出すにはもう少し時間がかかります。

こちらは私のファイルの冒頭です:

Beale Helen AUS 2,97 15,48
1 1
2,97 15,48 18,45
Hanrahan Sarah GBR 7,51 9,75
1 1
7,51 9,75 17,26
Lee Tae Ri KOR 24,75 43,51
4 4
6,19 10,88 17,07
Pethes Akos HUN 17,89 21,29
3 2
5,96 10,65 16,61
Mineo Francesca ITA 6,74 8,81
1 1
6,74 8,81 15,55
Chigogidze Salome GEO 96,35 221,81
21 23
4,59 9,64 14,23
Ozkan Silaoglu Tanay TUR 34,40 47,00
7 6
4,91 7,83 12,75
Han Bing CHN 7,71 9,17
1 2
7,71 4,59 12,30
Mondschein Larry USA 3,09 9,21
1 1
3,09 9,21 12,30
Lisova Elena UKR 55,11 93,41
11 13
5,01 7,19 12,20

これは過去4年間で最もバイアス値の髙かったジャッジ10人のランキングです。
各ジャッジの1段目は彼らがジャッジを務めた全試合のバイアス値の合計(左がショート、右がフリー)、2段目が彼らがジャッジを務めた試合数、3段目は1試合におけるバイアス平均値です。1列目はショート、2列目はフリー、3列目は2つのプログラムの合計の平均。
中には1試合しか審判を務めていないジャッジも含まれており、悪気はなく、経験不足で間違えたのかもしれませんが、それにしても非常に高い数値です。
このようなジャッジが試合に与える影響を見てみましょう。

これは2018年オリンピックにおける各カテゴリーの上位6選手の得点です。

1 Hanyu 317,85 Zagitova 239,57
2 Uno 306,90 -10,95 Medvedeva 238,26 -1,31
3 Fernandez 305,24 -1,66 Osmond 231,02 -7,24
4 Jin 297,77 -7,47 Miyahara 222,38 -8,64
5 Chen 297,35 -0,42 Kostner 212,44 -9,94
6 Zhou 276,79 -20,56 Sakamoto 209,71 -2,73
1 Savchenko/Massot 235,90 Virtue/Moir 206,07
2 Sui/Han 235,47 -0,43 Papadakis/Cizeron 205,28 -0,79
3 Duhamel/Radford 230,15 -5,32 Shibutani/Shibutani 192,59 -12,69
4 Tarasova/Morozov 224,93 -5,22 Hubbell/Donohue 187,69 -4,90
5 James/Cipres 218,56 -6,37 Bobrova/Soloviev 186,92 -0,77
6 Marchei/Hotarek 216,59 -1,97 Cappellini/Lanotte 184,91 -2,01

彼らが獲得した得点の横にすぐ上の選手との点差も記載しました。
1カテゴリーで2点未満、2カテゴリーでは1点未満の点差が金メダルを決定しました。唯一、羽生結弦だけが大差で勝利しています。しかし男子シングルでも銀と銅の差は2点未満です。メダルの色を分けた僅差はテクニカルパネルのミスによるものでした。宇野昌磨の転倒したジャンプは回転不足でしたから、もしテクニカルコントローラーのラファエッラ・ロカテッリ、テクニカルスペシャリストのコンスタンティン・コスティン、アシスタントテクニカルスペシャリストのリカルド・オラバリエタが、自分達の義務を果たしていたなら、4ループの得点は12.00から8.40に下がりました。3.60点低くなりますから、銀メダルはハビエル・フェルナンデスでした。
回転の話は別の機会に取り上げますので、ここではこれ以上掘り下げません。今、ここで重要なのは各スケーター間の点差です。

重要な大会では審判団は9人のジャッジで構成されており、最も高い点と最も低い点はカットされます。しかし、もし2人のジャッジが共謀すれば、1人のジャッジの不正な得点は得点に反映されます。
2人のジャッジが共謀するでしょうか?
歴史は「イエス」と言っています。そして実際にそのようなことが起こったことを私達は知っています。

ナショナルバイアス値が高い場合、メダルの色を変えてしまいます。
例えば、オーストラリアジャッジのヘレン・ビールのバイアス値で考えると(ここでは単純にバイアス犠牲者と仮定された各金メダリストの得点から18.45点を引いてみました)、羽生の得点はフェルナンデスより低くなり銅メダル、アリーナ・ザギトワは宮原知子を下回る221.12点でノーメダル、アリオナ・サフチェンコ/ブルーノ・マッソーはヴァネッサ・ジェームズ/モルガン・シプレを下回る217.45点でノーメダル、テッサ・ヴァーチュ/スコット・モイアは187.62点で6位のドミトリー・ソロビエフ/エカテリーナ・ボブロワにも抜かされていました。

私達が実際に見た大会がどうだったでしょうか?
ソロビエフ/ボブロワがバーチュ/モイアより上?宮原がサギトワの上?
いいえ、結果がそうでないことを示しています。

しかし、ヘレン・ビールは、2019年のチャレンジャーシリーズ・アジアントロフィーのフリーダンスでこのような採点を実際に行っていますから、何かが機能していないのは明らかです。

1人のジャッジによるB級大会における評価だから大したことはない、で済ませるべきではありません。ジャッジ達が氷上で披露された内容ではなく、彼らの個人的な好みに基づいて採点し出したら、採点システムは完全に崩壊します。ビールの評価では、正式な結果ではフリーダンス10位だったマチルダ・フレンド/ウィリアム・バダウイは6位でした。
確かに審判の公正性が光った大会ではありませんでした。グルジアジャッジのユリア・レブシュノワは13.68、ドイツのエカテリーナ・ザボロトナヤは13.29、ロシアのエカテリーナ・ザボロトナヤは7.56、アメリカのジェニファー・マストは6.74のナショナルバイアス。最も公正だったく中国のフアン・フェンのバイアス値は6.58でした。

1試合でしか審判を務めたことのないジャッジでは参考になりませんか?
上述のバイアスランキング10位のウクライナのエレナ・リソワを見て下さい。遅かれ早かれ、旧ソビエト連邦諸国のジャッジ達のバイアス傾向を詳しく調べるつもりですが、今はウクライナの選手に対するナショナルバイアス値だけに留めておきます。
リソワはショートプログラムで11回、フリーで13回でジャッジ席に座っており、表記された数値は全試合の平均値です。試合によってより公正だったケースとそうでなかったケースがありますが、いずれにしても平均はかなり高い数値です。

彼女の平均バイアス値12.20点を平昌オリンピックの金メダリスト達の得点から引くと、羽生は305.65で銀メダル。ザギトワは227.37で同じく銀メダル。サフチェンコ/マッソーは223.70点でノーメダル。ヴァーチュ/モイアは193.87点で銀メダルでした。

ジャッジが9人いることは、1人の不正ジャッジによる間違った得点が大会の結果を歪めるリスクを低減します。しかし、ジャッジ達の公正性が根本になければならず、公平性とは、採点方法を変えて得られるものではありません。疑わしい場合は常に調査し、不正を働いたジャッジの資格を停止することによっても公平性を向上させることは出来ます。

だからこそジョン・ジャクソンの本は必読なのです。この本は採点システムと選手は変わっても、ジャッジとISUの振る舞いは、現在の状況に合わせて調整されているだけで、本質的に変わっていないことを示しているのです。

この記事はこれから執筆する「オン・エッジ」の分析の長いイントロダクションに過ぎません。間違いなく本編は更に長くなりますので、数回に分けて連載する予定です。今日のところはこの辺で止めておきます。次回からはジャクソンの言葉とその重要な意味にフォーカスしていきます。

 

☆筆者プロフィール☆
マルティーナ・フランマルティーノ

ミラノ出身。 書店経営者、雑誌記者/編集者、書評家、ノンフィクション作家
雑誌等で既に700本余りの記事を執筆
ブログ
書評:Librolandia
スポーツ評論:Sportlandia

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この記事はイントロダクションに過ぎませんので、ジョン・ジャクソンの著書からの引用はありません。この後、第1回から第7回までに及ぶ本編では、ジャッジ時代のジャクソンが見聞きした内容が引用しながら、ジャッジと採点の問題点を考察しています(ただ、膨大な量なので、7回全部訳すかどうか分かりません)。
ジャクソンは2002年五輪のスキャンダルの後、ISUに対抗する組織、世界スケート連盟(World Skating Federation)を立ち上げようと試みたメンバーの一人で、激怒したISUからジャッジ資格を永久的に剥奪されました(マルティーナさんは審判と審判員の歴史シリーズでこのエピソードについて詳しく書いているそうですが、私はまだ読めていません)。

彼が暴露しているのは2002年頃までのフィギュアスケート界の内幕で、羽生君は直接関係ないですし、ひたすら長く難解で、大半の読者にはあまり興味のない内容だというのは分かっていますが、ほとんど個人的関心で訳しています。

Published by Nymphea

管理人/翻訳者(イタリア在住)。2011年四大陸チゴイネ落ち