Sportlandiaより「ディック・バトン著:Push Dick’s Button/3」

作家のマルティーナさんがディック・バトン著書を考察するシリーズ。
今回が最終回です。

原文>>

マルティーナ・フランマルティーナ
(2021年9月15日)

既にこちらとこちらの記事でご紹介したディック・バトンの著書「Push Dick’s Button」考察シリーズの最終回です。前回は6.0システムからISUジャッジングシステムに移行したところで終わりましたから、その続き、この新システムを適用するジャッジ達の話題から再開します。私が心から共感するこの文章から始めましょう:

もしあなたが不正行為で2回以上有罪判決を受けたジャッジなら、あるいはあなたの国(連盟)が違反行為で2回以上有罪判決を受けているなら、あなたは立ち去るべきだ!

(184ページ)

これは私の言葉ではなく、偉大なチャンピオンの言葉です。彼はこれ以上ないほど明確に断言しているのです。バトンは長年、アメリカのテレビで解説者を務めていましたから、実況中にも同じことを言っていたに違いありません。ISUには何故分からないのでしょうか?彼らは以前は(不正を)把握していました。ソニア・ビアンケッティがジャッジ達の公正性をチェックしていた時代の話です。しかし現在、フィギュアスケートは幾つかの観点において後退しています。バトンは1970年から1977年にかけてソビエト連邦のジャッジ13人が資格を停止されたことを記憶しています(彼らの行為については今読んでいるアレクセイ・ミーシンの著書の考察で触れるつもりです)。ソビエト連邦は東欧ブロックの連盟を管理していました(バトンはブルガリア、チェコスロバキア、東ドイツ、ハンガリー、ポーランド、ルーマニア等と具体的に名指ししており、「~等」の中には他の国々も含まれていることが推測されます)。そして1978年にソ連の連盟は1年間の資格停止処分を受けました。バトンの意見では短過ぎる期間でした(私も彼の意見に賛成です。その理由については、近日投稿する予定のアレクセイ・ミーシン著書の考察の中で触れています)。

多くのジャッジは誠実だが、完全に自分の連盟の言いなりで、その連盟は政府の言いなりであり、彼らにお辞儀をしろと言われれば、お辞儀しなければならなかったことは、あまりにも有名だった。

(184ページ)

もしISUが特定の国の資格を停止すれば、誰も圧力をかけなくなるでしょう。そのジャッジがジャッジ席に座れなくなってしまうなら、連盟が試合に勝つために自国のジャッジに不正採点を強要する意味はありません。連盟は特定のタイトルの代償が1年であることを考慮して、隔年で不正を行う可能性もありますから、1年間の資格停止は短過ぎます。しかし、資格停止期間が4年とオリンピック2大会になっても、彼らは同じことを簡単にするでしょうか?罰が重くなれば、慎重に行動するようになるでしょう。勿論、別の方法で不正を行うかもしれませんし、方法は常に見つかるでしょう。しかし、少なくとも不正を働くことはより困難になり、幾つの大会はより公正になるでしょう。

採点システムと様々な人物の役割に関する記述は飛ばして、プロパガンダの話題に移ります。パトンは「プロパガンダ」という言葉を使っていませんし、これらが常にプロパガンダである訳ではありません。しかし、プロパガンダは次のような思惑から生まれるのです。

キス&クライは、ABCが常にスポーツ報道の本質であると感じていたことを追求し続けた長い歴史から発展したものである。それはアスリートの「身近に親密に感じてもらう」機能であり、彼らが誰なのか、彼らを巡るドラマ、彼らの興奮や不安、好き嫌いを公開する要素だった。
この原理はテレビが存在するずっと前から存在していた。新聞のスポーツ報道は常にドラマの背後にあるドラマ、偉大なスター達の個性化を望んでいた。それは、あらゆる男性、女性、そして子供達が感情移入し、憧れ、羨望し、称賛し、真似出来るヒーローを作ることだった。

(192ページ)

それはヒーローを作ることだった。
テレビは試合を見る視聴者を引き付けるヒーローを必要としています。こうして初めてスポンサーはお金を支払うのです。新聞は常にヒーローを必要としています。ヒーローがいれば、人々は彼のストーリーを読むために新聞を買うのです。

フィギュアスケートの裏側を描いた本はこの際、忘れましょう。私は有名スケーターをフォーカスした本を何冊読んだでしょうか?私は本当に多くの本を読みました。時には複数の本を渉猟しています。

以下の段落は余談ですので、興味がなければ飛ばして下さい。私は昔のスケーター達について書かれた全般的な本を読みました。スティーブ・ミルトンの「フィギュアスケートの最も偉大なスター達」「スケートトーク」、ジェイムス・ハインズの「フィギュアスケート。一つの歴史」、ビバリー・スミスの「フィギュアスケート。セレブレーション」といった著書です。更にカート・ブラウニングの「エッジにフォーカスする」、サンドラ・ベジックの「スケートへの情熱」、スコット・ハミルトンの「着氷する」、ジェーン・トービル/クリストファー・ディーンの「氷上の人生」、バーチュ/モイアとミルトの共作「テッサ&スコット」といったスケーター個人の伝記/自伝の数々も読みました。フィギュアスケート以外では、アレックス・ザナルディの処女作、ユリ・ケキの自伝、それにジュリオ・ヴェラスコが指導したバレーボールチームを取り上げた「夢見るチーム」を読みました。最も注目した本は、ジャンニ・グレリチのテニス関係の著書「テニス500年史」、スザンヌ・ランランを取り上げた「女神」「ウィンブルドン」です。それからマルチナ・ナブラチロワ、モニカ・セレシュ、アンドレ・アガシ、アーサー・アッシュの自伝、そしてマーシャル・ジョン・フィッシャーの「恐るべき輝き」、ホルムとロースヴァルドの共作「ゲームセットマッチ」を読みました。他にも複数のスポーツに関する様々な本を斜め読みしています。つまり私もチャンピオンについて詳しく知りたいのです。彼のストーリーが語られることを願っています。私にとっての重要なのはそれが本物のストーリーであることです。アスリートの国籍は重要ではありません。前述の単行本は、イギリス、カナダ、チェコ、フランス、イタリア、セルビア、アメリカ、スウェーデン(ただし私に興味があったのは、著者があまりページを咲いていない3人のテニス選手の内の1人だけでしたが)のアスリートを取り上げた本です(日本の選手の本も持っていますが、日本語で書かれていますから読むことは出来ませんでした。後にFanyuの慈悲によって読むことが出来ました)。そしてもし特定の選手達について書かれた本を見つけたら、前述の国籍リストに新たな国名が加わるでしょう。しかし、特定の選手を応援しようという私の気持ちを掻き立てるのは勝利の数ではありあせん。例えば、私は私はシュテフィ・グラフではなく、ヤナ・ノボトナを応援していました。グラフの方がより多く勝っていますし、タイトルの数も数えられますが、シュテフィがどんなに強くても、ヤナのように感動させられることはありませんでした。私は応援している選手のプレーが素晴らしくても負けたゲームの方が、勝ったけれどプレーが低調だった試合より断然楽しめます。

試合の審判または採点が公正である限り、応援する選手の敗北は嬉しくはないですが、受け入れられます。私は自分が知りたい(読みたい)ストーリーのためならお金も払いますが、それが真実であることが重要です。私は何が何でも勝って欲しい訳ではありませんが、皆がそうとは限りません。気晴らしでスポーツを見ている大衆は、スローガンを読み、勝利の数を数え、総合得点を見ますが、その得点がどうやって得られたのかは理解していません。本当に理解する必要があると思いますか?多くの人にとっては必要ないのでしょう。ただメダルを何個獲り、ジャンプを何本跳んで何点獲得したか分かれば十分なのです。

キス&クライはドラマを語るのに必要です。それが選手を知るためのものなら別に問題はありません。私達にとって重要なのはアスリートについての知識なのです。確かにプログラムだけに夢中になることも出来ますが、その選手のストーリーを知れば、もっと夢中になるかもしれません。しかし技術的な現実を語らず、ストーリーだけを語るようになったらどうでしょうか?ストーリーを語ることが、プロパガンダに変わるのは簡単です。そしてプロパガンダには重要な効果があるのです。この例は、数日前に行われたロシアのテストスケートで見ることが出来ます。

試合ではありませんから、ジャッジパネルによる公式な得点はありません(ただし、ジャッジ達はその場にいますが)。ロシアのトップ選手達の仕上がり具合を評価するためにロシア連盟が採用しているただの国内システムです。この時、アレクサンドラ・トゥルソワはフリーで4回転ジャンプを5本跳びました。男子シングルでもネイサン・チェン(私の記憶が正しければ6本跳んだ試合も2回ありました)、ヴィンセント・ジョウ(回転に目をつぶればですが)、そして羽生結弦しかやったことのない代物です。アスレチック的観点では驚異的なことです。しかし、芸術的観点においては、議論すべきことが沢山あり、私ならパフォーマンスの出来に関係なく、このようなプログラムのPCSは常に8.0以下にするでしょう。トランジションはありませんでした。彼女がやったことは称賛に値しますし、低迷した1年間の後、復活したのは見事だと思います。もし試合なら、彼女のスコアは当然、非常に高く、芸術性において彼女より優れた選手を含め、誰も彼女に近づくことは出来なかったでしょう。ISUは女子のPCSの係数が未だに0.8であることに気が付いていないのでしょうか?均衡が崩れてしまっていることを知らないのでしょうか?係数を変更する時が来ているとは思いませんか?

いずれにしても、トゥルソワがやったことは驚異的でしたが、彼女のプログラムはどう評価すべきでしょうか?幾つかの着氷は回転不足に見えました。フリップはアウトサイドエッジでした。ルールにはフリップでエッジがアウトサイドだった場合、-2から-4と明記されています。仮に寛大に採点し、最小マイナスを適用したとしても、+4以上を与えることは出来ません。何故ならブレット2のVery good take offand landing(踏切りと着氷が非常に良い)を満たしていないからです。+3からスタートし、最小マイナスを適用すると、最終的なGOE+1になりますが、ツイッターで誰かが採点していた-1も正しい評価なのです。その人物の評価は厳しめですが(適用されたプラスが少なかったのか、適用されたマイナスが多かったのでしょう)、ルールのガイドラインに適合しています。私は正体不明の国際ジャッジが+4だろうと評価しているのも見ました。国際ジャッジです。おそらくこのジャッジはルールを勉強し直した方がいいでしょう。何故ならあのジャンプに+4を与えるのは不可能だからです。ネットではちょっとしたディスカッションになっていました。

多くの人が、ルールに書かれていることに関係なく、ジャンプの数がcool and impressiveという意見でした。

しかしそうではありません。本物の大会ではルールは尊重されなければなりません。アイスショーではスケーターは自分の好きなことを実施出来ますが、試合ではルールに則っていなければ、然るべき減点を受け取らなければなりません。減点されなければ、同じ得点を受け取る正しい技術で実施している全てのスケーターに対して不公平です。トゥルソワは4フリップを実施しました。基礎点11.00で+1なら12.10、-1なら9.90になります。いずれにしても完璧な3フリップより高い得点です(5.30+2.65=7.95)。男子も含めて完璧な4フリップを跳ぶ選手は誰もいませんか?それなら誰にも高いGOEを与えるべきではありません。必ずしも高いGOEを与える必要はないのです。得点はスケーターが行った内容と適合していなければなりません。ルールでエッジの正しくない4フリップの上限が12.10と決まっているなら、それ以上の得点を受け取るべきではありません。トゥルソワのライバルの中には、4トゥループを跳べる選手が何人もいます。4トゥループは基礎点9.50、+5なら14.64です。しかし、この匿名の国際ジャッジ(およびトゥルソワのファン)によれば、トゥルソワの4フリップは15.40に値したそうです。ルールではマイナスされるはずのエラーのあるジャンプが、完璧の別のジャンプより高い得点に値するというのです。ここでは私は2種類の4回転ジャンプを比較しています。一部の人達にとってはルールを守ることはオプショナルであり、重要なのは称賛することです。

そして、このような考えの人間が増えれば、テレビが視聴者に親しみやすい人物像を作り上げた時、大衆はテレビが作り上げたドラマに魅了され、何もかも受け入れるようになっても不思議はありません。ルールは複雑です。どうしてわざわざ勉強する必要があるでしょうか?4回転ジャンプの数に熱狂し、難しいことは考えずにテレビが語るストーリーにただ魅せられればいいのです。ルールの適用?そんなことは重要ではありません。それらがどんな風に実施されたかは気にせずにジャンプの数だけを数え、どんな得点が与えられたのか詳しく見ずにタイトルの数だけを数え、軽く浅く見ればいいのです。ISUにとって大切なのはお金を落としてくれる観客がいることで、公正性も一貫性も重要ではありません。

この少し後の段落で、バトンはトーニャ・ハーディングの事件を回想しています。スケートへの注目を一気に高めることにはなりましたが、スポーツマンシップからはかけ離れたエピソードでした。故意に相手を傷つけた者は許せないと強調した後で、バトンは次のように書いています

後にトーニャ・ハーディングはISUによって競技から永久に追放された。不正行為で有罪判決を受けたジャッジの多くは、短い資格停止の後、ジャッジ席に戻ってくる。これは一貫性という点においてどうなのか?

(202ページ)

誰かがハーディングとジャッジでは状況が違うと言い出す前に断っておくと、バトンはハーディングを競技から永久追放した処分が間違っていたと言っている訳ではありません。ナンシー・ケリガンに対する暴行は許されない行為ですが、これは単独のケースです。一方、習慣的にあり得ない採点を行うジャッジは、無数の選手のキャリアに影響を及ぼします。ジャッジが行えることの破壊範囲は、ハーディングがやったことよりずっと広いのです。何故、ジャッジに対しては同じように厳格な処分が行われないのでしょうか?

バトンの執筆スタイルは自由奔放で、いきなり話題が飛んだり、前に取り上げた話題に戻ったりします。彼はISUジャッジングシステムが好きではありませんでした(少なくとも2013年の時点では。その後考えを変えたかどうかは知りません)。そしてこのシステムについて何度も触れています。幾つかの考察は興味深いです。

新しいルールはフィギュアスケートの質も基準も向上させていない。新しいルールは、数人のスピードスケーターが質と基準だと見なしているものを奨励している。スピードスケーターの唯一の目標はより速く滑ることだ。

(217ページ)

彼は一言でまとめていますが、新しい採点システムによって、スケーター達は例えばスピンやステップにより注意を払い始めました。しかし、確かに「より速く滑る」も事実です。ルールでは「速いスピード」という表現は使われていませんが。得点源になるのは何でしょうか?ジャンプの回転数です(本来ならこの回転は氷上ではなく、空中で実施されなければなりません。氷上での回転はスピンです)。従って、ジャンプで多くの得点が稼ぐことが出来ます。そして回転数が多ければ多いほど高得点が稼げるのです。それではジャンプの質はどうでしょうか?ここでトゥルソワの4フリップ、あるいは4回転であるというだけで無条件に高いGOEが与えられる他のジャンプの話題に戻ることができます。更に、4回転ジャンプを多く実施すると、自動的に高い演技構成点が与えられる採点傾向についても同じことが言えます。トゥルソワのこのプログラムについて、例の国際ジャッジはスケーティングスキル9.50、トランジション8.25と査定しました。

これほど多くの4回転ジャンプを全て着氷した彼女の並外れた能力は認めますが、4回転ジャンプは基礎点とGOEによって技術点で評価されるものであり、演技構成点に影響を与えるべきではありません。ステップシークエンスとコレオシークエンスを除くと、トゥルソワはトランジションを幾つ入れていたでしょうか?しかし、確かにスピードはあり、あっという間にリンクの端から端まで移動していました。このことが評価を上げたのでしょうか?

採点システムはバランスがおかしくなってしまっていることにISUは気付くべきです。しかし、もっと緊急に行うべきは、ジャッジ達の適切なトレーニングとより正確な判定を支援する高度テクノロジーの導入、そして明らかにバイアスのあるジャッジの資格停止です。しかし、彼らにとっては4回転ジャンプの数を称賛し、スキャンダルを防ぐことの方が重要なようです。全ては芝居小屋を続けるためにお金を落としてくれる大衆を引き付けるためです。より重要な大衆は誰でしょうか?アメリカ人です。

個人的に2013年世界選手権をテレビの生中継で見られないのが気に入らない。これはおそらくアメリカにおける視聴率が、悪さをしたワンちゃん達が送られる穴倉に落ちたからだろう(視聴率が大暴落したからだろう)。
2014年世界スケート選手権は冬季オリンピックの大騒ぎの直後の3月に開催され、4月に2週間遅れで放送されるダイジェストだけで生中継されない。

(224-225ページ)

視聴者の激減はアメリカのテレビにとって嬉しくないことでしょう。ちょっとしたプロパガンダで状況を打開しようではないでしょうか。ジャッジも人間ですから、皆プロパガンダに影響されます。このテーマについては、「ダニエル・カーネマン著ファースト&スロー:方法の仮説」の中で何度も触れました。

今回はアメリカのテレビは試合を放送し、彼らのドラマを語ります。驚異的な数の4回転ジャンプを跳ぶアスレチック面において最強のスケーター達、そして彼らは好青年でもあるのです。かつては反目し合っていたアメリカとロシアですが、同じカテゴリーに直接のライバルがいない今、同盟を組もうではないですか。世界は和平を望んでおり、もはや冷戦は存在しないのです。スポーツマン精神やルールの正しい適用より・・・4回転を何本見ましたか?ワオ!信じられない!世界記録だ!!!歴史だ!!!

いいえ、結構です。私はそんなものが見たいのではありません。

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☆採点システムと言えばちょっと朗報が
北京五輪で「オメガ」がフィギュア選手のジャンプまで計測 フライング防止にも貢献 – WWDJAPAN

オメガがジャンプの飛距離や高さを測定するそうです。
視聴者に分かりやすく数値を見せるためのシステムで、おそらく採点に直接反映される訳ではないのでしょうが、ジャンプの高さが幅が正確に数値化され、世界の視聴者がそれを見るのです。
ジャッジの皆さんには幅や高さが明らかに平均以下のジャンプに+4や+5を与えたら、世界中からツッコまれることを自覚し、責任を持って採点して頂きたいです。

また、中国フィギュアスケート連盟はAI補助採点システム1.0を開発したと。

こうした動きがきっかけで採点システムのテクノロジー化が一気に進むといいですね。
体操を始め、他の競技では積極的にAIを導入しています。
フィギュアスケートだけ頑なにカメラの数すら増やさないなど、あまりにも時代遅れです。
ISUはアワードのような誰も望んでいない茶番に無駄使いする資金があるのなら、審査の公正性と透明性を向上することに投資すべきです。

Published by Nymphea

管理人/翻訳者(イタリア在住)。2011年四大陸チゴイネ落ち