Sportlandiaより「J.ジャクソン著オン・エッジ2:先入観とジャッジ同士の会話」

前回の続きです。今回は主に全米選手権の審査における内幕が語られています。

原文>>

 

マルティーナ・フランマルティーノ著 (2020年12月6日)

私はスケート友達のリースとよく情報を交換しています。私がジョン・ジャクソンの著書を提供し、彼女は彼のインタビュー動画を転送してくれました。取り敢えず最初の6分間だけ視聴しました。ここに動画を投稿しますので、時間がある方は見てみて下さい(今の私には全部視聴して掘り下げる時間はありません)

さて、ジョン・ジャクソンの著書「オン・エッジ」の続きを見ていきましょう。今日はどれぐらい進めるでしょうか?

見習いジャッジになった若き日のジャクソンは、選手だけのための簡易化されたジャッジ育成コースを実施中でした。何故、簡易化されたコースだったのでしょうか?何故なら、彼らは自分達が目にする要素を理解出来るように学習する必要がなかったからです。彼らも実践したことのある既に知っていた要素だからです。彼らが実施していたジャンプは回転数は少なかったかもそれませんが、1回転でも2回転でも3回転でもアクセルはアクセル、ルッツはルッツです。彼らにはジャンプの知識は既にありますから、評価の仕方だけ学べたよかったのです。1989年、ジョンソンは全米選手権のためにバルティモラに赴きました。仕事上の都合で、彼は規定のコンパルソリーフィギュアの採点しか出来ず、ペアの試合には立ち合いませんでした。大会ではクリスティー・ヤマグチ/ルディ・ガリンドが、過去4大会で銀メダル2個、銅メダル1個を獲得し、1988年のオリンピックでは10位だったナタリー・シーボルド/ウェイン・シーボルド兄妹大会を上回って優勝しました。ジャクソンの意見ではザイボルト兄妹は酷い演技だったそうですが、ジャッジ達は

彼らをワールドチームに留まらせるために古いトリックを工作し、本来妥当だった4位ではなく、2位を与えた。ファンやスケーターだけでなく、何人かのジャッジさえもこの結果に怒った。

(118ページ)

この大会のビデオが存在したのか、ジャクソンの発言は誰かから伝え聞いた事実に基づいているのかは分かりませんが、彼がその前年にシーボルド兄妹を採点したことがあるのは分かっています。当時、世界選手権と五輪の代表3枠を賭けた全米選手権で、ジャクソンはシーボルド兄妹をケイティ・キーリー/ジョセフ・メロの下の順位にしました(109ページ)。1988年全米の表彰台を占めたのは、ジル・ワトソン/ピーター・オペガード、ジリアン・ウォッチマン/トッド・ワゴナー、ナタリー・シーボルド/ウェイン・シーボルドで、ケイティ・キーリー/ジョセフ・メロは4位で大会を終えました。1988年にケイティ・キーリー/ジョセフ・メロにシーボルド兄妹より上の順位を与えたジャクソンは、1989年は規定コンパルソリーフィギュア(どのカテゴリーかは分かりません)だけを審査し、その後、私用のため会場を立ち去りました。しかし、1989年のペアの順位における小さなスキャンダルが勃発した時、多くの人々は、ジャクソンなら、この大会で正規ジャッジの過半数によって与えられた順位ではなく、ペアの選手達を公正な順位に配置した見習いジャッジの一人であっただろうと確信していました。私が興味のある文章は2つですが、理解し易いようにその前の部分から引用します。

おかしなことに真実は歪められていた。誰が誰から知ったのか。そして今、私はその場にいなかったのも拘わらず、バルティモラにおいて、正しい審査をした見習いジャッジの一人だと一般に信じられている。そしてスケート界では、何かが事実としてひとたび受け入れられると、それを訂正するのは不可能である。今日まで、私がボルティモアの大会にいて、シーボルドを正しく審査しただろうと自分の母の墓標の前で誓えるジャッジがいることを私は理解している。

この試練は私にとっていい教訓になった。時として、それが如何に虚偽で根拠がなくても「容認された信念」と戦うことは不可能であり、壁に頭を打ち付けるような経験であり、そのまま放っておいた方が良いのだ。ひとたび彼らが集団思考を作り上げたら、フィギュアスケート設立の精神を変えるために我々に出来ることは何もないのだ。

(118ページ)

ジャクソンは少しユーモアを交えた文章で書き出していますので、思わず微笑みたくなりますが、彼の言葉は非常に重いです:

スケート界では、何かが事実としてひとたび受け入れられると、それを訂正するのは不可能なのだ。

偽の信念が形成されたら、もう終わりです。もし試合を操作しない誰かによって偽の信念が作り上げられた場合、仮に現実と照らし合わせたとしても、この偽の信念を破壊するのは不可能なのです。更に

時として、それが如何に虚偽で根拠がなくても「容認された信念」と戦うことは不可能であり、壁に頭を打ち付けるような経験であり、そのまま放っておいた方が良いのだ。ひとたび彼らが集団思考を作り上げたら、フィギュアスケート設立の精神を変えるために我々に出来ることは何もないのだ。

もう少し先のページでは、スティーブ・ウィンクラーが「女子の試合を操作する」 ために協力してくれるジャッジを数人必要としていた1990年全米選手権について語っています。

1989年世界選手権でジル・トレナリーが銅メダルを獲得したため、翌年世界選手権ではアメリカには3枠ありました。ウィンクラーは規定コンパルソリーフィギュア(この全米ではトレナリーに次ぐ2位)が得意だが、表現者としてはイマイチと言う評判のせいで芸術点が低く抑えられていたホリー・クックを代表から除外したいと考えていました。

ホリーはプレゼンテーションが乏しいという評判は全く不当なものだったが、前述したように、スケートの世界では何かが「認められる」ようになると、この「事実」を変えることは出来なくなる。

そう、スティーブは、この「事実」でホリーをワールドチームから外すことを正当化出来ると感じていたのだ。スティーブは、ホリーをトップをトップ3から脱落させるために、どの順位で試合を終える必要があるかを正確に計算する方法を私に説明した。 彼女を特定の選手より下に配置するだけでなく、ナンシー・ケリガンより2つ下の順位でなければならない。

(121ページ)

ケリガンとクックが配置されるべき相対的順位の話から、ショートプログラム後のエピソードだと思われますが、ジャクソンは明記しておらず、私が見つけたデータも不完全です。規定コンパルソリーフィギュアの後、ケリガンは何位だったでしょうか?5位までに入っていなかったことしか分かっていません。ショートプログラムはどうだったでしょうか?4位?6位?あるいはもっと下だったのか?残念ながら分かりません。いずれにしても、ウィンクラーの試合を操作する目論みは失敗に終わり、トレナリー、ヤマグチ、クックが表彰台に上がり、ケリガンは4位でした。クックは彼女にとって最初で最後となった世界選手権に出場し、銅メダルを獲得しました。

ジャッジ達は試合だけでなく、公式練習も見ます。私が公式練習を見た時は、スケーター達、とりわけ特定の誰かを心ゆくまで堪能することが出来ました。話が逸れましたが、ジャッジ達は選手達が何を実施出来るのか把握するために練習も見るのです。現在は調べたいと思えばあらゆる動画が存在し、順位は相対評価ではなく、少なくとも理論的には実施されたエレメントの種類と出来栄えによって計算される得点の合計で決まる絶対評価です。当時は、動画は僅かしか存在せず、ジャッジ達の審査に役立つあらゆる予備知識は必要不可欠でした。そして、それら全ては正しく使われる可能性もあれば、悪用される可能性もありました。

出来るだけ多く見ることが奨励されている練習に基づき、ジャッジはスケーターの出来がどうなるかを予想してランキングを設定し始める。スケーター達は、練習中のパフォーマンスの出来栄えと実施する内容の難度によってA、B、C、Dグループに分けられる。週が進むにつれて、より多く練習がより詳細な分析を可能にし、プラスとマイナスが追加される。練習の合間に、ジャッジのホスピタリティルームで、そしてその週の間に開かれるカクテルパーティーで、この「グループ分け」について話し合われ、スケーターが試合でリンクに降りる前に、全般的なコンセンサス(総意)が まとまっている。一般的に「chatter」(下らないおしゃべる)として知られていることだ。

無論、本番ではジャッジ達はスケーター達が滑る内容を審査しなければならす、このグループ分けは、大会中にジャッジを助けるための大まかなガイドラインを与えるだけである。少なくとも、スティーブの理論ではそういうことになっていた。これはあらゆる意味において先入観をはらんでおり、力のあるジャッジが、そうではないジャッジに特定の選手を上げる、または下げるようロビー活動を行う多くに機会を与えているようだった。

(122-123ページ)

このような発言に対して私は一言も言葉がありません。ISU殿、存在しているのなら何とか言って下さい。あなた方はジャクソンの言葉が真実かどうか理解するために調査に乗り出したことは無いのですか?私は全て真実ではないかと疑っています。おそらく全てのジャッジが状況を認識している訳ではないでしょう。時には漠然としていたり、鼻の下にあることに気付かないこともあるでしょう。しかし、私は本当に不健康な環境だと感じます。ここにはより影響力のあるジャッジ達がいて、他のジャッジ達に自分達の思い通りに採点させる術を知っているのです。

ジャクソンは見習いジャッジとしての活動を続けており(この場合、彼が1つ以上の特定の試合について言及しているのかどうかは分かりません)、彼の得点が他のジャッジ達の得点と一致していることがよくありました。彼の評価が、試合の最後に誰もが期待していた順位と異なる場合にのみ、その得点は逸脱していることになります

もう一度言わせて欲しい:私が予め決まっていたグループ分けと異なる場合にのみ、私ははじき出された。彼らが滑っている時に大会を評価したら何が起こるだろうか?

(123ページ)

ジャクソンは、先入観を抱かず、本番にリンクで起こったことだけを審査するために、ジャッジ達が練習に立ち会うのを禁止すべきだと考えていました。面白い意見ですが間違っていると思います。何故なら、先入観はいずれにしても存在するからです。多くのスケーターを実際に見たことが無くても、その名声を知っていたなら、彼の得点はこのぐらい、という考えを持っているかもしれません。あるいは様々な理由でそのスケーターに対する好き嫌いの感情が作用するかもしれません。ジャクソンの意見はこうです;

ジャッジの多くは自分達の能力に不安があり、本番前に他のジャッジともう一度確かめ合うことで、大会での審査に自信を持つ。そして自分の得点が他のジャッジ達と同様なら、自分は審査する能力があるように見せられるのだ。

各自が独立して審査するのではないのですか?このようなことは現在も起こっています。2011年に他のジャッジの得点をカンニングしている様子をカメラで捉えられ、2年間の資格停止処分を受けたヴァルター・トイゴを思い出して下さい。そして現在進行中です。次の文章に移りましょう。

このシステムは悪いジャッジを助長し、潜在的には良いジャッジを訓練して彼らの心理を特定の方法でプリセットし、スケーターの最終的なポジションとキャリアに大きな影響を与えるのだ。

(123ページ)

つまり、ジャッジ達があるスケーターが特定の順位に値すると確信している場合、実際の演技に関係になく、その順位から大きく移動することはないのです。数ページ後、ジャクソンは地方大会のエピソードを取り上げながら、このテーマを再び取り上げています。

ジュニア男子の試合では、コロラド出身のスケーター、デイモン・アレンが素晴らしいパフォーマンスを見せた。パッケージとして彼が最も良い滑りをしたのは明白だったため、私は彼を首位にした。 しかし、他のジャッジ達の見方は異なっていた。ジャッジ達の何人かに質問してみてたところ、彼らの答えはほぼ同じだった。本質的に「確かに今日はいい演技だったが、彼は普段は安定感がない」。

「普段」がこの日の順位に一体何の関係があるのだろうか?

フィギュアスケートでは、関係大ありなのだ。 ジャッジ達は先入観を持ってジャッジ席に座り、非常に善意のある人でも、自分達の見ている演技を先入観に当てはめる傾向がある。

(131-132ページ)

全く言葉がありません。そしてジャクソンの言葉はこれで終わりではないのです。是非、本を買って下さい。私は重要な文章は全て引用していますが、本で全文を読まれることをお勧めします。読みながら怒りを感じますが、彼の言葉は多くの人に知られるべきです。

パーティーに行くジャッジ達は毎晩スケーターについておしゃべりし、カクテルを片手に偏見を念頭に置きながら公然と序列を決定した。 スティーブはソルトレイクで私に指導した事前審査のA、B、C、Dのグループ分けの方法を私に力説することに時間を費やした。私はこの一般的な慣行にますます気づくことになった。この方法は、スケーターにとって非常に不公平であり、彼らを特定のグループに固定する。これは最終的な序列であり、本番でどんなに上手く滑っても、上に上がることは出来ないようだった。

多くの場合、誰が首位で誰が最下位かをほのめかす会話がジャッジの間で交わされ、スケーターが実際に競技する前に決定されるのだ。 多くの場合、このような会話は声を潜めて行われていた訳ではなかった。私はかつて、非公式な立場で全米選手権の練習セッションに参加し、私の後ろに座っていたあるジャッジが別のジャッジに「どう?何か新しいことが分かった?」と尋ねるのを耳にした。もう一人のジャッジは、ただこう答えた:「いいや、我々はまだ知らないことは何もない」

ジュニア男子の大会で私は事前に決められた序列に逆らうという重大な「ミス」を犯した。カリフォルニア出身のグループA- / B +のスケーター、ジョン・ボールドウィンは、ショートでは上手く滑った。しかしフリープログラムでは実施がまずかった冒頭の3ルッツで、前屈になり、頭が氷に触れそうになった。プログラムの残りの部分も酷いものだった。そこでで私は彼に相応しい順位、9位か10位に彼を配置した。どんな得点が出るのか私は興味津々だった。そしてほぼ想像通りだった。中西部のジャッジ、シャーリー・シャーマン以外の全員のジャッジが彼を事前に決められたグループに留めた。彼女は私と同様、正しく採点をした。しかし、他のジャッジ達の得点を基準にすると、私達はかなり逸脱しているように見えた。

(133-134ページ)

この一節が非常に興味深いのは、事前に決められた評価の重要性と頻度を再度強調しているからだけではありません。2人以外、全てのジャッジが同じように審査したこのような状況では、他のジャッジ達と異なるジャクソンとシャーマンの得点が目立ち、あたかも彼らの評価が間違っているように見えるのです。以前、何人かのジャッジの露骨なバイアスを指摘する記事の中で、私は彼らの採点が正しいと証明することが出来ないなら資格を停止すべきだと書きました。ひょっとしたら他のジャッジ達が全員間違っている可能性もあるからです。
私は、ダニエル・カーネマンの『ファスト&フロー』についても書く時間を見つけなければなりません。*彼はフィギュアスケートではない別のことについて語っていますが、彼の理論は、多くのジャッジ達の得点に影響を与えるメカニズムに共通するものがあります。
*実際、マルティーナさんはこのシリーズの後でカーネマンの著書に基づいた記事を執筆しています。

もしかしたら間違った採点をしたのは他のジャッジ達かもしれず、私は疑念を全員に向けることにしています。そして、あるジャッジが定期的に奇妙な採点を行っている場合、そのジャッジの公正性に対する疑念は一層強くなります。この話題については再び取り上げるつもりです。私は過去4年間で平均バイアス値が極端に髙かった全てのジャッジに関するファイルを作成中ですが、この作業にまだ時間が必要です。

ジャッジ達は試合の後、何時も採点について議論しますが、ジャクソンの得点は見逃されませんでした。そしてあるジャッジはこう述べました:

ボールドウィンの順位を高くしたのは、多くのジャンプが決まらなかったものの、彼は3ルッツに敢えてこだわることにより、自分は「大きなジャンプ」を持っていて、トップに相応しいと証明しようとしたからだ。

私が質問される前に、私の中のおせっかいな討論者の気質が、「3ルッツは彼が大きなジャンプを 持っていないと証明した」ということではないですか?」と思わず口走らせた。

134ページ

確かに、ジャッジが、そのミスはそのスケーターが、実際には成功しなかった技を実施する能力の証明であると釈明し、それが受け入れられてしまうのなら(以前はそうだったようです。現在もそうなのかは分かりません)、スケーターが試合中に実際に実施する内容に一致した評価は到底望めません。

1992年の全米選手権大会はアルベールビル五輪の代表選考を兼ねた大会でした。ここでは、ジャクソンの記述にミスがあり、上位2選手だけがオリンピックに行けることになっていた書いていますが、実際はそうではありません。1991年の世界選手権でトッド・エルドリッジは銅メダルを獲得し、彼の順位はアメリカに翌シーズンの3枠をもたらしました。エルドリッチはショート2位、フリー1位で全米選手権を制しました(彼はアルベールビルで10位に終わります)。クリストファー・ボウマンは1989年の世界選手権で銀メダル、1990年に銅メダルを獲得しており、全米はショート1位、フリー2位で最終結果は2位でした(オリンピックでは4位でした)。3位を争ったには、ショート3位の世界選手権の出場経験がないマーク・ミッチェル、そしてショートで4位につけた、1988年の五輪で10位、同年の世界選手権で9位、その他の過去の世界選手権で10位と11位だったポール・ワイリーでした。

ショートプログラムで

マークは明らかにポールより良い演技をし、そしておそらくクリストファーも上回っていた。

(138ページ)

この大会のジャッジには前述のスティーブ・ウィンクラーも含まれていました。ウィンクラーは、ミッチェルの方に高い得点を出しており、ジャクソンは彼がスケーターに正しい順位を与えたことに喜びを表明しました。

スティーブはそれは正しくなかったと私に答えた。マークの順位は高過ぎで、スティーブが彼に出した得点は寛大過ぎたと。

スティーブンが自身の採点によって、国際スケート連盟(ISU)の大物に窮地に追い込まれていたのは明らかだった。ISUの権威者は国際大会で活躍する「次の」人物の決定において多大な影響力を持っていた、あるいはスティーブはそう信じていた。スティーブによれば、ミスターISUは、ポールのジャンプの方が高く、彼の方が音楽をよく表現していたと冷静に念入りに指摘した。アメリカはマークではなくポールをオリンピックに派遣した方がよい、というスティーブの意見で私達の会話は締めくくられた。あるいは、少なくともこれがスティーブが私に伝えた内容である。

他に何が話されたが、誰が知っているだろうか?しかし、試合では過半数のジャッジが、5番目の決定的な投票者を務めたスティーブと共に、フリーでポールにマークより高い得点を与え、マーク・ミッチェルが本来値した順位を認めなかったのだ。マークは、フリースケーティングで明らかにポールよりいい滑りをした。彼がポールを上回ったショートよりも更にいい演技だった。これはフィギュアスケートにおけるもう一つの審査の悲劇であり、ジャッジになりたいという私の願望に水を差すこととなった。

(138ページ)

ジャクソンはISUについて話していますが、それが同時にアメリカスケート連盟の関心であったことは容易に想像出来ます。しかし、政治的駆け引きが、ジャッジに対して、選手がリンクで実施する内容を反映していない、別の方法で審査するよう圧力を掛けることが出来るなら、何かがおかしいのは明らかです。

ほとんどの選手がミスを連発したオリンピックでは、ワイリーがヴィクトル・ペトレンコに次ぐ銀メダルでした。ジャクソンによれば、そしてクリスティン・ブレナン(著書「インサイドエッジ」)によれば、金メダルに値したのはワイリーでした。私は彼らのプログラムを見返しました。ワイリーのコンビネーションジャンプはGOEマイナスに値しますが、解説者が指摘していないところを見ると、当時は容認されるジャンプだったのだと推測します。ペトレンコはコンビネーションの出来は良かったですが、途中から体力を使い果たしたのか、あるいはナーバスになり過ぎていたのか、ミスを連発し始めます。誰が金メダルに相応しかったでしょうか?私はジャッジではありませんし、ペトレンコを良いと思ったことはありませんでしたから、私の意見ではワイリーの方が相応しかったと言うのは簡単です。しかし、当時のルールをよく理解し、客観的な立場から真剣に評価する必要があります。

これで本のほぼ半分です。しかし、ジャクソンの著書では興味深い、と言える発言が多過ぎますので、全てを引用するのは無理です。今日のところはこの辺で止めておきましょう。

 

************

☆衝撃的な内容です。
ここで語られているのは1988年から1992年までのアメリカのスケート界です。
しかし2021年の現在は違う、遠い昔の話で今のスケート界とは関係ない、で片づけてしまうことが出来ますか?

ソチ五輪の代表選考会を兼ねていた2013年全日本選手権の男子の試合を思い出して下さい。
まさに、1992年の全米選手権と同じことが行われたと思いませんか?

現在も明らかに連盟に推されている選手と、そうでない選手とではPCSとGOEの差が露骨です。
そして、演技構成点は5項目で構成されていますが、ジャッジ達がスケーティングスキル、トランジション、音楽の解釈・・・等の各項目をガイドラインに則って評価しているとは思えません。
この選手は9点台、この選手は8点台後半、この選手は8点台前半・・・という格付けが彼らの中で出来上がっていて、その格付けに応じて、5項目まとめて点を出しているように私には見えます・・・

Published by Nymphea

管理人/翻訳者(イタリア在住)。2011年四大陸チゴイネ落ち