Sportlandiaより「J.ジャクソン著オン・エッジ3:ナショナルバイアスと先入観」

マルティーナさんのJ.ジャクソン著書考察記事の続きです。
今回は国内・国際大会における様々なエピソードが語られています。

原文>>

 

マルティーナ・フランマルティーノ著
(2020年12月8日)

引き続き、私はジョン・ジャクソンのオン・エッジ」のページに目を走らせます。たった1章(第7章)で既にこれだけ引用したい内容があるのです。ジャクソンは、連盟がアスリートに与える支援に疑問を投げかけ、適切なストーリーを語ることで、如何にジャッジに好意的に見られるかを指摘しています。彼の疑念はオクサナ・バイウルがナンシー・ケリガンを上回って金メダルを獲得した1994年のオリンピックから始まります。当時、私は技術的なことは何も知りませんでしたし、わざわざ動画を見返す時間もありませんでした。ただ個人的にケリガンにはあまり関心がなく、バイウルは好きだったことは覚えています。また、クリスティン・ブレナンのインサイドエッジでケリガンが優勝に相応しかったという主張も見つけましたが、ここでは前述のように動画はスキップし、ジャクソンの言葉だけに集中しましょう。

何故、米スケート連盟は[ケリガン]を金にしなかったのか?ロシアは自国のチャンピオン達のために何度もそれを行ってきた。アメリカのフィギュアスケートはどこに行ってしまったのか?両親に捨てられ、コーチに育てられたオクサナ・バイウル(すなわち孤児だった)[…]はほとんどのジャンプが両足着氷だったにも拘わらず、金メダリストになった。

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前後の状況を説明すると、1月6日、全米選手権の最中にケリガンは膝を強打されました。襲撃の主犯者はすぐに発覚し、国内の主要なライバルであるトーニャ・ハーディングの元夫でした。ハーティング自身も選手資格を永久剥奪されましたが、彼女がどの程度この事件に関与していたかは立証されていません。理不尽な暴行とそこからの目覚ましい復活という劇的なドラマによってケリガンはしばらくの間、注目の的でした。オリンピックでは2月23日にケリガンがショートプログラムで首位に立ち、現世界女王のバイウルは2位でした。最後の公式練習の最中、バイウルはタニヤ・シェフチェンコと衝突して片足を負傷し、試合に出るために何針か縫い、痛み止めを服用しなければなりませんでした。こうして、それまでケリガンが担っていた意志の力で試練を乗り越えたヒロインの座は、バイウルに移行しました。この事故がジャッジ達の審査に影響を与えたでしょうか?私達には分かりません。注目に値するのは(ジャクソンにとってあまり有利な記述ではありませんが)、彼が自国連盟がケリガンを「推す」のを見たいと願っていたことです。

ロシア連盟はバイウルを推したでしょうか?(この時、バイウルは既にウクライナ国籍でしたが)
おそらく、ジャクソンは彼らの姿勢を非難し、正義を求めるだけでなく、彼の連盟も同じことをすべきだったと主張しているのでしょう。時には一貫性が祝福されるという兆候です。ジャクソンがロシア連盟の振る舞いに憤慨したと言う事実は、ロシアがプロパガンダをあまり正しくない方法で推し進めていたことを臭わせ、何が悪いのか批判する勇気のある人でさえ、特定の党派的な振る舞いを余儀なくされているのだとしたら、望みはあまりありません。ある連盟がもうもう一方の連盟を騙すか、その逆か?
あるいは互いに相手を騙そうとして、その時より力のある連盟が勝つのか?
彼の言葉は、私がこの記事 (ジャッジ、ジャッジ団、公正な判定4)) で取り上げたピーター・ダンフィールドの発言を思い出させます。彼は不正ジャッジについてこのように語っていました:

「西側はこれに反応したが何も始めなかった。それが我々がこれに対処出来る唯一の方法だったのだ。(ビバリー・スミス著Figure Skating.A Celebration, 84ページ)

もう一方は?
対立する東西のどちらにも属さず、その両方に踏みにじられている人はいませんか?
スポーツの公正性は?
そんなことに誰が関心を持っているでしょうか!選手を助けるだけでなく、時にはサボタージュする日本スケート連盟の態度も同様です。

私は2019年の埼玉世界選手権に遡るこのような記述を見つけました。

日本スケート連盟は2度のオリンピックチャンピオンの絶大な人気を利用して、フィギュアスケートを更に普及させ、アイスショーで荒稼ぎする一方で、羽生が誰かに抜かれるのを待ち望んでいるのです。伊東氏のこの発言当時、シニア一年目で全日本選手権以外、出場した全ての試合で優勝した紀平梨花さえ塔の頂きから追い落とそうとしています。新しいチャンピオンを育てるのは結構なことですが、少なくとも世界選手権の直前に現在のチャンピオンをサボタージュするようなことはせず、素直に彼らを認めるのはそんなに難しいことですか?

ジャクソンはイリーナ・スルツカヤの名前を挙げて連盟による「援助」に関する議論を続け、幾つかの大会で彼女が受け取った演技構成点が、ミシェル・クワン、荒川静香、カロリーナ・コストナーといった彼女よりずっと洗練されたスケーターと比較して高過ぎると批判しています。スルツカヤは血管炎を患っており、ジャクソンの意見ではドーピングによって引き起こされた可能性のある病(147ページ)は、不運な、しかし不運に負けない可哀そうな小さなイリーナを称賛するためにロシア連盟によって利用されました。彼の疑惑は理解出来ますが、この記述にも疑問があります。スルツカヤだけでなく、別のケースではドーピングと定義される可能性の特定の物質を服用しているアメリカの選手達(フィギュアスケートに限らず別のスポーツも含む)についてもそうですが、彼らは例えば注意欠陥障害などと診断した医師の証明書を持っており、ドーピングにはならないのです。

ドーピングの話はこのくらいにしましょう。私達が覚えておくべきことは、これはロシアだけの問題ではなく、いずれにしても証拠無しに話すべきことではありません。スルツカヤに話を戻しましょう。ジャクソンは彼女が主役だった大会についてこう書いています:

ロシアのプロパガンダマシンは素早く機能する:ジャッジ達は練習の前に納得し、その後のカクテルパーティーで得点を合意し、イリーナにプレゼンテーションで高い評価を与え、この裸の女帝*が見える全てのスケートファンを唖然とさせた。

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*注釈:最後の文章はハンス・クリスチャン・アンデルセンの童話「裸の王様」(王様が裸なのは皆に見えていますが、それを言う勇気がなく、彼の見事な衣装を嘘の賛辞で褒め称える)を隠喩しています。要するに、ジャクソンは皆がスルツカヤに与えられる高得点を滑稽だと思っていたが、誰もそれを口にしなかったと言っているのです。

議論をまとめるのは難しいです。本の全文についてコメントするわけには行きませんので、時々、段落を飛ばして進んでいますので、このように話題が突然変わることがあります。ジャクソンが何人かのジャッジを非常に厳しく批判していますが、彼自身も彼らの一人になるために勉強し、正規のジャッジだった時期もあったことを考慮すると奇妙なことです。ジャッジに対してこのような考えを持っていたなら何故、ジャッジになったのでしょうか?いずれにしても先を続けましょう・・・

ジャッジ達のお気に入りの娯楽の一つは、スケーター達の「モニター」の役割を果たすことだ。成功への途上にある若いスケーター達にはカリスマ性があり、ジャッジ達はただ単に彼らと交流するあらゆるチャンスを得ることを好む。彼らの成長において役割を果たすことで、彼らは自分達が「スターメーカー」のように感じるのだ。

154ページ

だから、スケーターにアドバイスをすることで、ジャッジは彼の成功の一部になったように感じ、そのスケーターが勝ったのも自分のおかげだと感じ、自画自賛し、幸せに感じるのです。彼らが新進スケーター達を採点する時、何が起こるでしょうか?正しい得点を与えるでしょうか?あるいは無意識に高めの得点を出してしまうでしょうか?

再び1996年全米選手権の話題までページを飛ばしましょう。ジャクソンは既は正規のジャッジになっており、女子の試合のジャッジパネルの一員でした(動画を見ると、彼はジャッジ1でした。この試合のジャッジ4は私達の良く知るジョセフ・インマン、ジャッジ6はリンダ・リーバー(過去4シーズン、7試合のナショナルバイアス値は非常に低く1.29)、ジャッジ7はサミュエル・オーシエ(15試合でのナショナルバイアスは6.40点ですから平均ですが、彼については調べる必要があると思っています)でした。しかし、この大会で私が興味を持ったのは、ミシェル・クワンが優勝した女子ではなく、男子の試合でした。

ルディ・ガリンドという名前に聞き覚えはありませんか?どのぐらい前からフィギュアスケートを見ているかによるでしょう。確かに彼のキャリアは皆の記憶に共通のイメージを残すほど長くも輝かしくもありませんでしたが、1996年全米選手権のフリーとキス&クライの動画をご覧になることをお勧めします。彼は何年間かクリスティー・ヤマグチとペアを組んでいた時期があり、私はヤマグチを本当に応援していましたから、彼のことを覚えています。キム・ヨナが現れるまで私が最も好きな女子スケーターはクリスティーでした。ガリンドについて私はこの記事で既に書いています。(チャンピオン探し:アメリカのフィギュアスケート

以下が彼の成績です:

私はわざと彼の最後のシーズンとなった1995-1996年以外の戦歴を掲載しました。この全米選手権当時、ジャッジ達がガリンドについて知っていたことは、彼がフィギュアスケートのための資金難を始めとする多くの問題を抱えていて出場出来たこと自体が奇跡であり、引退しようとしていたことでした。ジュニアの頃は華々しく、ペアでも華々しく・・・そしてその後は?全米選手権では一度5位に入っただけで、その後順位は下がっていきました。国際大会は僅か、それもあまり重要な大会ではありませんでした。全米選手権ではショートかフリーでトップ3に入ったことは一度もありませんでした。

ルディは完璧なショートプログラムを滑り、明らかに1位に相応しかった。しかし、ジャッジ達の見方は異なっており、彼を2位にした。

157ページ

ここにはジャクソンの記述ミスがあります。ガリンドは2位ではなく3位でした。私は試合の結果を見に行き、そこにあるジャッジの名前を見つけました。興味を引かれる名前だったので、試合を見直すことにしました。当時はアクセルジャンプは2回転が必須要素でした。ガリンドのアクセルの出来は素晴らしく、トッド・エルドリッジのアクセルも(10分の長い助走から跳んだとはいえ)も良い出来でした。一方、スコット・デイビスは着氷で片手を氷に付きました。ソロジャンプでは3選手共にルッツを跳び、全員綺麗に決まりました。ガリンドの入りが最も難しそうに見えましたが、私の思い違いかもかもしれません。そして彼は左利きでした。スケートでは左利きはデメリットになります(エルドリッジも左利きでした)。 コンビネーションは3選手共に上手く実施しましたが、エルドリッジとデイビスが3アクセル-2トゥループだったのに対し、ガリンドは3アクセル-3トゥループでした。ガリンドのステップの方がシンプルでしたが、デイビスはフェンスに近づき過ぎてほとんどバランスを崩しそうになりました。

結果はどうだったでしょうか?
エルドリッジは必須要素、すなわち技術点で5.7が1個(ローリー・パーカー)、5.8が8個、プレゼンテーション(芸術点)は5.8が5個、5.9が3個を獲得し、全ジャッジが彼を上にしました(この時、ガリンドとデイビスは2位と3位を争っていました)。少なくとも技術面では、デイビスとガリンドのどちらが優れていたか疑問の余地は無かったはずです。

技術点でデイビスの方が優れていると判断したジャッジを赤丸で囲みました(現在もジャッジを務めており、12試合で2.46と平均バイアス値の低いケビンM.ローゼンスタイン、ジェームズW.ディスブロー、ロバートJ.ホーレン)。一方、黄色枠は2人のスケーターを技術点で同点にしたジャッジです(J.バーロウネルソン、現在もジャッジの10試合で平均バイアス値が6.42のスティーブ・ウィンクラー、現在もジャッジで11試合の平均バイアス値が9.08のローリー・パーカー)。2つの得点を足すと、ガリンドを2位にしたのはジャッジ1のジョーンH.グルーバーとジャッジ6のココ・グラム・シーンだけで、残りのジャッジはデイビスを2位にしました。結局のところ、3人のスケーター達に対する期待度は全く異なっていました。ガリンドの戦歴は先程見ました。こちらはエルドリッジとデイビスの戦歴です。私は画像を編集し、この大会前の結果、つまりジャッジ達がこの時、このスケーター2人について知っていた成績のみを切り取りました。

何故かエルドリッジの表は2つに分かれていました。一つ目の表はそのまま掲載しましたが、2つ目の表からは1996年以降の結果を削除しました。1996年の全米選手権は、今問題にしている大会ですので、順位の代わりに「???」と表記しました。エルドリッジはオリンピック出場経験があり、世界選手権には4度出場して銀メダルと銅メダルを獲得しています。全米選手権は全大会を含め、3回優勝しています。デイビスはオリンピック出場1回、世界選手権出場3回(ただしメダルは無し)、全米選手権は優勝2回、銀メダル1回でした。ガリンドに対する期待値は他の2選手に比べて断然低かったのです。画像の右に大きな空白が出来たので1996年全米選手権のジャッジ一覧を加えました。

ショートプログラムは首位がエルドリッジ、2位がデイビス、3位がガリンドでした。大会はガリンドの出身都市サンノゼで開催されました。

会場がブーイングの嵐となり、私も彼らの怨恨に賛同した:あり得ない!彼は首位を盗まれた、だからフリープログラムでどんなに上手く滑ってもこの順位を変えることは出来ないと私は思った。

その晩、私はカクテルを飲みながらのおしゃべりに参加し、自分はルディが勝つべきだったと感じていたと強く表明した。多くの人が私の型破りな見解に共感したが、ジャッジパネルに名を連ねるベテランジャッジのグループはそうではなかった。そのことが彼らを最も危険にしているのだ。ジャッジが有能であればあるほど、自分達の与える順位を正当化するのが巧くなり、彼らの意図が見逃される可能性が高くなる。

問題のコンセプトをより強調するために、一端中断し、最後の文章を再び引用します。

ジャッジが有能であればあるほど、自分達の与える順位を正当化するのが巧くなり、彼らの意図が見逃される可能性が高くなる。

つまり不誠実なジャッジがベテランの場合、不正を隠すのがより巧妙になるということです。以前に投稿した記事から引用します。一つ目は1998年オリンピックのアイスダンスの試合に関する内容です(ジャッジ、ジャッジ団、公正な判定8)。銅メダルはカナダのシェイ・リーン・ボーン/ヴィクター・クラーツをわずか0.2ポイント上回ったフランスのマリナ・アニッシーナ/グウェンダル・ペーゼラートが獲得しました。明暗を分けたのは些細なこと、すなわち最初の規定ダンスで9人中5人のジャッジ(ウクライナのユーリ・バルコフ(長々と議論することが出来るジャッジです)、チェコのジャルミラ・ポルトヴァ、ロシアのアラ・シェホフツォワ(彼女の履歴も注目に値します)、イタリアのウォルター・ズッカロとフランスのジャン・バーナード・ハーメル)が、ボーン/クラッツを4位ではなく、ロシアのペア、イリーナ・ロバチェワ/イリア・アベルブフの下の5位にしたことでした。つまり、フランスペアがカナダペアを上回った最終結果は、フリーより重要度の低い試合における、フランスペアとカナダペアではなく、カナダペアとロシアペアの順位付けによって決まったのです。従って、フランスペアに疑惑の目を向けられることはなく、クリーンなイメージでした。断っておきますが、私の批判は、工作を行うジャッジ達に向けられており、工作された選手に対してではありません。

2つ目の引用は大ベテランのジャッジ、ロシアのエレナ・フォルミナに関するものです( ナショナルバイアス: ロシア/2 )。彼女がどのような採点を行っていたか見て下さい。フォルミナはしばしばバイアス合計(ジャッジと選手の国籍を元にSkating Scoreによって自動的に計算された数値)を相対的に低い値に収めることに成功しており、いずれにしても不正ジャッジに分類されるほど高い値ではありません。しかし、個々のプロトコルに注目すると、彼女が常に他のジャッジ達とは少し異なる得点を出していることが分かります。目を引くほどの点差ではありませんが、試合の結果に強い影響を与えるのに十分です。ベテランのジャッジであるほど、彼らの採点傾向をより注意深く監視する必要があります。経験の浅いジャッジがミスを犯した場合、研修を再受講すべきですが、ベテランジャッジが間違えた場合、試合から締め出すべであり、深刻なケースでは資格を剥奪すべきです。ジャクソンの著書を先ほどの続きから再開します。

フリースケーティング当日、私はもしルディがショートのような良い演技をしたらどうなるかとジャッジ席に向かうジャッジの一人に尋ねた。

彼の答えは
「彼は良い演技をしないだろう」
だった。

「しかし、もし彼がやってのけたら?」と私は粘った。

「彼は良い演技はしない!「私はそのことについて心配さえしていない」
そのジャッジは自信満々にそう言った。

「オーケー。それなら他のジャッジ達の考えを教えてよ」
私は彼が他のジャッジ達と既に打ち合わせ済みだと考え、そう尋ねた。

「ジョン、彼は良い演技はしないよ。彼は二度とこんなに上手くは滑らないだろう。彼がナショナルチャンピオンになることはない。我々の誰もそんな心配はしていない」
そのジャッジの答えは衝撃的だった

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Youtubeでは(最下位2選手の演技以外)男子フリーのほぼ全編を見ることができます:https://www.youtube.com/watch?v=JEEIQCISFto

この動画から滑走順が分かります。私は下位の選手は見ませんでした。最終グループの1番滑走はシェパード・クラーク、ショート(ショート7位、フリー7位、総合7位)、2番は当時はまだ無名だったマイケル・ワイス(ショート5位、フリー4位、総合5位)、3番はダン・ホランダー(ショート4位、フリー3位、総合3位)でした。ホランダーが全米選手権の表彰台に上ったのはこれが初めてで、翌年の大会でも銅メダル、その後の大会では7位と11位に順位を落としました。世界選手権では10位と35位でそた。アメリカには彼より優れたスケーターがいましたが、大会では誰も期待していなかった選手が上位に入るという番狂わせが起こることがあるのです。

上位3選手の中で最初にリンクに降りたのはスコット・デイビスでした。彼はコンビネーションが2本しかなく、どちらもセカンドジャンプは2トゥループでした。3ルッツの予定がシングルになり、4本のジャンプでステップアウト、両端着氷、氷に手を付くなどのミスを犯しました。ジャッジ全員がホランダーより下の順位にしました。

次にリンクに降りたのはトッド・エルドリッジでした。彼は大きなミスはしませんでした。最初の3アクセルは着氷を堪えたのでコンビネーションになりませんでしたが、後半の3アクセルにセカンドジャンプを付けました。ただジャンプとジャンプの間にターンが入り、セカンドは3トゥループではなく2トゥループでした。最後のコンビネーションも2フリップと2トゥループでした。両選手共に6トリプルでしたが、エルドリッジは3アクセル2本でコンビネーション3本、大きなミスはありませんでした。全ジャッジがこの時点で彼を1位にしました。

試合はガリンドの演技で締めくくられました。ルディは3アクセル-3トゥループのコンビネーションでプログラムを開始しました(解説者によればこの日の男子の試合で最高の出来だったそうです)。続いて3ルッツ-3トゥループのコンビネーション。3-3のコンビネーションが無かったエルドリッジに対して、ガリンドは2本決めました。プログラムのほぼ最後で3本目のコンビネーション、3ループ-2トゥループを決めた時、観客は既に熱狂していました。
この試合でスタンディングオベーションは1度しかありませんでした。そして誰に贈られたと思いますか?
ガリンドはジャンプの間にオーバーターンを挟むことなく、全てのコンビネーションを綺麗に決めました。明らかなミスは1つもなく、6トリプルだったエルドリッジに対して8トリプルでした。それでもジャッジ3のジェームスW.ディスブローは技術点でエルドリッジに5.9、ホランダーに5.8、ガリンドに5.7を与えました。確かに彼はプレゼンテーションでガリンドに6.0を出しましたが、総合ではエルドリッジより低い得点を出しました。ディスブローにとってはフリー1位はエルドリッジで、ガリンドはこの晩の2位でした。このような見解だったのは彼だけではありません。ジョーンH.グルーバーは技術点では両選手共に5.8を与えますが、芸術点ではエルドリッジ5.9、ガリンド5.8でガリンドを2位にしました。何故でしょうか?

ヒスパニック系男性で公然と同性愛者であるルディ・ガリンドは、スケート界最大の番狂わせをやってのけた。そして彼にそれが出来たは、ジャッジ達がそうなることを懸念すらしていなかったからだと私は確信している。もしジャッジ達が彼が完璧に滑ることを心配していたなら、彼らは彼を2位にして逃げ切るための方法を事前に画策していただろう。しかし、彼らはそんな必要があるとは思ってもいなかったため、何も思案していなかった。だから、彼らはこの試合では公正に採点する以外に選択肢がなかったのだ。

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確かにそうだったのでしょう。先ほど書いたように、それでも2人のジャッジはガリンドを2位にしました。しかし、ゲイでヒスパニック系であることが2つの重罪であるとジャクソンが言っているように、ガリンドは決して愛されていませんでした。しかも26歳は全米60年の歴史の中で「最年長」のチャンピオンでしたから、この先どのぐらいハイレベルな滑りを見せ続けられるか分かりません。彼は何も期待されていませんでした。あるいは何も望まれていなかったのです。その後の世界選手権でトッド・エルドリッジは金メダル、シニア男子シングルでは唯一の世界選手権出場となったルディ・ガリンドは銀メダルを持ち帰ったイリヤ・クーリックから大差の銅メダルでした。ダニエル・ホランダーは10位でした。

しかし、翌シーズンの国際大会へのアサインが決まった時、ルディはスケートアメリカには招待されなかった。彼以外の全米チャンピオンは全員スケートアメリカの主役選手として扱われ、それが前年までの恒例となっていたが、アメリカ連盟はシーズン最初のプレミアムイベントに公然とゲイであるルディを出場させる気はなかった。

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記録によれば、1996年のスケートアメリカではエルドリッジがアレクセイ・ウルマノフとアレクセイ・ヤグディンを上回って優勝しています。デイビスは7位、ホランダーは9位でした。状況を理解したガリンドはプロに転向しました。

同じく1996年、ジャクソンはシカゴで開催されたナショナルチームのジュニア選手を選出する大会のジャッジパネルの一員でした。この段落の冒頭部分は引用しません。より興味深かったのは大会後に起こったことに関する部分でした。ジャクソンによれば、有力スケーター達はミスを連発し、一番良い演技をしたのは、明らかに優勝候補ではなかったスケーター、ライアン・ヤンキーでした。この大会の結果により、ヤンキーは1997年世界ジュニア選手権の代表の座を掴みました(そして出場したJr.世界選手権では19位。もう一人のアメリカ人、ティモシー・ゲーブルはエフゲニー・プルシェンコに次ぐ銀メダルでした)。

ライアンは2位で大会を終え、ジュニアワールドチームの座を獲得した。更に言うなれば、彼は この日のパフォーマンスでこの座を掴んだ。

その後、ジャッジルームでのディナーの最中、ウィスコンシン州の国際ジャッジであるゲイル・タンガーが男子の試合のジャッジ達を怒りをぶつけるのを聞かない訳にはいかなかった。

「ライアン・ヤンキーを世界ジュニア選手権を派遣するなんて、彼らは何を考えているのかしら?彼はジャンプが跳べないのに!」と彼女は不平を漏らした。

世界ジュニアの選考大会は選考に徹するべきであるという彼女の歪んだ意見だった。彼女の考えでは、この大会におけるジャッジの役割は誰が最高の演技をしたかではなく、世界ジュニアに派遣する最適な選手を決定することだった。ゲイルの物事の見方によれば、我々はスケーター達がその時点でどのような演技をしたかではなく、世界ジュニアでどう演技するかを評価すべきだった。

何と!何と言うことでしょう!それなら、試合をせずに直接メダルを与えればいいじゃないですか?誰が一番優秀か予め分かっているのですから。

OK、深呼吸して続きの文章を引用しましょう。

タンガーの考え方は多くの大会であまりにも多くの優秀なジャッジの意識を曇らせた。このような考え方が伝染病のように蔓延するほどに。この傾向はますます酷くなり、我々がジャッジ席に着く前に、しばしばレフェリーは「君達はワールドチームを選んでいる」または「君達は地域大会で君達の地域を代表するスケーターを選んでいる」といったことを我々に思い出させた。「トップ4は先に進む。トップ3(またはトップ2)は、君達が世界選手権でアメリカを代表するのに最適だと確信している選手であること」
あまりにも不公平で想像し難いことだが、信じられないことにこれは真実なのだ。

レフェリーが実際に言ったのは
「例え今日の出来が悪くても、ワールドのメダルを見据えて最適なスケーターにポジションを確保することを忘れないで欲しい」
だった。

もしレフェリーが「来月の世界選手権で何が起こり得るかを考慮せず、今日どのように滑ったかのみを評価すること」と言ったなら、彼はスケートの公正な審査を推奨するというより素晴らしい仕事をしていただろう。しかし、公正な審査はスポーツ界で最も教育されている、あるいは最も顕著な傾向ではないのだ。彼らが予め計画された決断を胸に安心してジャッジ席に向かえるように取り計らい、次の世界選手権におけるメダル獲得のチャンスを確保した方がいいのだ。

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このような発言を受けて、調査、それも複数の調査を開始すべきではないですか? ISUのウェブサイトに国際大会専用チャンネルや各国連盟の国内大会専用専用チャンネルを作り、ジャッジのコメントをリアルタイムで発信するなどの対策を講じればいいのではないですか?(そしてこれらの内容は永久的に保存され、チェックしたい人は誰でも見られるようにするのです)ジャッジ間の意見交換をリアルタイムで聞くために彼らの席にマイクを設置するとか。事前に合意されている場合にはなす術はありませんが、少なくとも土壇場の意見交換は防ぐことは出来ます。そして、2010年におけるウォルター・トイゴのカンニングのような事態を避けるために、ジャッジ席を捉える固定カメラを設置するというのはどうでしょうか?(例えばこの記事で書いたように、スビアトスラフ・バベンコとアルフレッド・コリテックも興味深い意見交換を行っていました: ジャッジ、ジャッジ団、公正な判定9)。少なくともグランプリ大会以上のより重要な大会では常にジャッジ席を撮影出来るようにすればいいと私は思います。

留意すべき点はもう一つあります。あるジャッジが自分が躍進させるに値すると思う選手を躍進させるために国内大会で現実からかけ離れた得点を出すことに慣れてしまうと、国際大会でもこのような馬鹿げた採点を続けてしまう可能性があります。己の原則(少なくとも最初は持っていたと仮定した場合)を破るのは最初は抵抗がありますが、その後より簡単になり、ほとんど自然なことになります。

ジャクソンがジャッジを務めた最初の国際大会は1996年スケートアメリカでした。ペアでは彼は代理ジャッジでした。代理ジャッジの得点は、何らかの(重大な)理由で最終得点から公式ジャッジ一人の得点が除外されない限り、考慮されることはありません。

あまり知られていないアメリカのペア、ステファニー・シュタイグラー/ジョン・ジマーマン組はショートプログラムで驚くほどいい演技をした。私は彼らに得点を与えた。私は代理ジャッジだったため、私の得点は頭上のスコアボートに表示されなかったのは幸いだった。私は彼らに5.6前後の高得点を与えた。

他のジャッジ達の得点が表示されると、4.8から4.9の数字が並んでいた。一体どうなっているのだ?

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次に滑ったペアについてジャクソンは名前を出さず、ロシアのペアとのみ表記しています。彼らの前歴の記載にミスがあるものの(彼女は別のパートナーと既に五輪出場経験があると書いていますが、実際には同じパートナーと組んで出場しています)、ロシアのペアは一組しか出場していませんでしたから、間違いなくオクサナ・カザコバ/アルトゥール・ドミトリエフのことでしょう。彼の意見では

彼らは出てきて、酷い滑りをした。
ここまで見てきた演技を考えると5.0が妥当だ。私は隣に座っているジャッジに自分の得点を見せながら、内心こう思った。彼らの得点は上昇し、間違いなく5.4から5.6だろう!

私は練習を見に行ったが、これらの国際ジャッジを誰も知らなかったので彼らのおしゃべりは聞いていなかった。どうやら、この順位は、何らかの理由で事前に決定されていたのだ。そして私はそのことを知らなかった!

フリープログラムの採点は簡単だった。同じペアの試合だからだ。ジャッジ達は各ペアにただショートと同じ順位を与えるだけでよかった。ひょっとしたら1位と2位、または3位と4位が逆転かもしれない。その場合、ジャッジは他のジャッジ達と完全に一致させるか、あるいは1つ以内の順位差に収めた。

160ページ

実に見事な審査方法です。ジャクソンは男子の試合では正規のジャッジでしたが、彼の得点は他のジャッジ達と一致していました。目を引いたのは別のジャッジでした。

大会後、レフェリーが恒例通り、パネルのジャッジ達とイベントレビューミーティングを開き、彼らの与えた順位について話し合い、批評した。ISUの公用語は英語であり、全ての国際ジャッジは任務をもらうために理論的には英語が堪能でなければならない。ほとんどの場合、練習中やカクテルパーティ中に耳にする外国人ジャッジの英語は素晴らしい。しかし、自分の行為を説明する時になると、突如として(その英語力は)消えてしまう。

アメリカのジョアン・グルーバーがレフェリーを務める男子の試合後のイベントレビューミーティングで、私は涙を流しながら自分のお粗末な採点を弁明する赤毛のフランスジャッジ、マリー・レイン・ルグーンのドラマチックで芝居がかったパフォーマンスを初めて目撃した。

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前述した通り、この大会で優勝したのはロシアのアレクセイ・ウルマノフとアレクセイ・ヤグディンを上回ったトッド・エルドリッジでした。4位はヴィアチェスラフ・ザゴロドニウク、5位はエリック・ミローでした。ルグーンの得点をチェックするためにミローのプログラムの動画を見つけられなかったのは残念です。

それでは得点を見ることさえ出来ないある大会(どの大会かは不明です)に関する長い段落からの引用でこの回を締めくくりましょう。何かがおかしい事案は必ずしもスキャンダルになるとは限りません。ジャクソンは1996年スケートアメリカについて話した後で、欧州選手権について短く触れていることを考慮すると、1997年春にスロヴェニアで開催された大会だと思われます。

私はスロヴェニアの大会でジャッジとチームリーダーの両方の役割を任された。 […]

私にとって初めてのチームリーダーだった[…]

チームリーダーとして彼ら(スケーター達)と交流するのが私の「仕事」だった 。

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ジャッジ「と」チームリーダー?
想像してみましょう。
彼はスケーターと交流し、彼らのニーズに気を配り、彼らを助け、彼らの問題を解決し、彼らをリラックスさせ、そして彼らを公平に審査するのです。確かに、結構なことです。もし近年導入されていないのなら、今すぐISUのルールに次の項目を追加すべきです:「チームリーダーはジャッジを兼任出来ない」この大会だけでなく別の大会のジャッジも務めるべきではないと思います。何故なら特定の絆はただの交流ではなく、そのジャッジは自分がリーダーを務めるチームのスケーター達を気にかける可能性があるからです。

今回はこの辺で止めておきましょう。
次章についてはまた別の日にお話します。今日のところはエネルギーが尽きました。

【追記】この記事を投稿した数か月後、ISUのルールが改正され、一人の人間がジャッジとチームリーダーを兼任出来なくなったことを知りました。2018年に導入された変更です。ISUは問題を理解するまでに多くの時間を要したようです(ジャクソンの「オン・エッジ」が出版されたのは2005年)。

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☆次々に衝撃的なジャッジの内幕が暴露されていきますが、この著書のクライマックスは2002年ソルトレークシティー五輪のスキャンダルですから、この辺りはまだ序章のようです。
マルティーナさんによるこの本の考察記事は第7回まで続きます。内容が内容なので一気に訳そうという情熱とやる気がイマイチ湧いてこないので(笑)、気が向いた時にボチボチ訳すつもりです。

 


数日前にイタリアに戻ってきました。

8月はシチリアで欧州史上最高の48.8度を記録するほど猛暑だったそうですが、今はすっかり涼しくなり、秋晴れの爽やかな日が続いています。

通常、日本に帰国すると友人と美味しいお店で食事をしたり、東急ハンズやビックカメラやその他の面白い場所に出向いたり、国内旅行をしたり、山や温泉に行ったりと日本滞在を満喫するのですが、今回は滞在期間の半分以上が自主隔離、隔離が開けてからも緊急事態宣言中だったのでお墓参りに行ったぐらいで、ほぼ何処にも行かず。他に行くところがないので近所のスポーツジムにだけは毎日せっせと通い、まるで修行僧のような生活でした🏃‍♀️・・・

でも

買えましたー!!!🤩

3点しか購入できないと言うことでしたが、シュシュ2種類は早い段階で決めていました。

というのは、私はずっと顎のラインより少し長いストレートボブしていましたが、新型コロナ第一波の3ヵ月に渡るロックダウンの間に結べる長さになったので、久しぶりに伸ばし始めたからです(イタリアでは第一波のロックダウン緩和後から今日に至るまで美容院でもマスク着用が必須です。鼻も口も顎も見えないでボブカットにしてもらうのは難しい)。なのでグッズにシュシュがあると分かった時から絶対に買おうと決めていました。今では胸に届くぐらいまで伸び、様々な高さでお団子に出来る長さですから、こちらに戻って来てから早速お出掛けする際に着けています。

ディテールが素敵!💖

3点目はソーラーライトとシェードライトでかなり迷いましたが、懐中電灯って結構使う機会があるんですよね。そんな訳でより実用性のあるシェードライトにしました。

残念ながら展覧会は結局見ることが出来ませんでしたが、コロナ終息後に改めて開催して欲しいなあ、と思います。

 

色々制限はありましたが、久しぶりに日本の親兄弟と再開し、家族の絆とその存在のありがたさを再確認し、24時間テレビとエブリィで羽生君の美しい演技をテレビの大画面で連日鑑賞し、ノッテステッラータプロジェクトのオフィシャルグッズをゲット!充実した帰国になりました(美味しいものもいっぱい食べたし)。
次は帰国する時は(何時になるか分かりませんが)陰性証明も隔離もいらない世界に戻っているといいな・・・

それにしても脳がまだバカンスボケしています。早く仕事モードに戻さなくては!

Published by Nymphea

管理人/翻訳者(イタリア在住)。2011年四大陸チゴイネ落ち