Sportlandiaより「J.ジャクソン著オン・エッジ7:権力ゲーム」

元アメリカジャッジ、ジョン・ジャクソンの著書を考察するマルティーナさんの記事
最終回です。

原文>>

マルティーナ・フランマルティーノ著 
(2021年1月23日)

2002年、フィギュアスケート界は最大の危機に直面しました。試合の結果を操作したことを1ジャッジが公に認めた唯一のケースであり(ただし、彼女は後に告白は実際には起こっていないことを彼女に言わせようと強要した人物によって引き出されたものであると発言し、この告白を撤回しようと試みました)、しかも告白は最も権威のある大会、オリンピックで起こったのです。

私達が知っている事実は、フランスジャッジ、マリー=レーヌ・ル・グーニュが、フランス連盟のディディエ・ゲヤゲ会長に圧力をかけられ、ペアの試合でより良い演技をしたカナダペアではなく、ロシアペアに首位の得点を与えたと告白したことです。4対5でロシアが勝利したため、1票は決定的でした。

何故、フランス連盟はロシアペアを支援することにしたのでしょうか?
ISUにはこの質問に答えることが出来ず、処分を受けたのは(それもたった3年間)、ル・グーニュとゲヤゲだけでした。そして調査(実際には告白の記録のみ)は彼らの処分と共に終了しました。当時の論争はぼんやりと覚えていますが、オリンピックはまだ開催中で、その後、ロシアの関与を裏付ける証拠が見つかりました(他の件を捜査中だったイタリア警察が、オリンピックの事件に遭遇したため偶然見つかったのであり、勿論、ISUの調査の成果ではありませんでした)。これはペアではフランスがロシアペアがカナダペアを抜いて金メダルを獲得することを助ける代わりに、アイスダンスではロシアがフランスペアがイタリアペアを抜いて金メダルを獲得するのを助けましょう、という交換採点でした。仮に取引がなかったとしても、イタリアペアはフリーダンスで転倒して3位に終わったため、フランスペアが金メダルでした。しかし、取引はあったのです。ISUと当時の会長オッタヴィオ・チンクアンタは知らぬ振りをしていましたが。彼らにとって、最も重要なことはスキャンダルを隠し、事が大きくなるのを防ぐことでした。

チンクアンタは、スキャンダルを隠蔽しようとする試みを諦めようとはしなかった。そして、彼の抵抗が無駄であることに気づいた後、彼の全ての注意は標的にし易いフランス人に集中し、これ以上疑念を持たれないために、取引相手のロシア側に隠蔽工作を提案しようとさえした。

(224-225ページ)

何故、ゲヤゲは大会の結果を操作したのでしょうか?
ISUには答えることは出来ません。一連の経緯の後、ISU内部の要職を選ぶ選挙の時がやってきました。

フィギュアスケート副会長は久永勝一郎が落選してカナダ人のデヴィッド・ドレ。勝一郎は汚職調査を推し進めるために激しい戦いを繰り広げた評議会のメンバーの一人であった。同じく、カナダのジョイス・ヒシーもデヴィッド・ドーレの当選に伴い、評議会には同じ国から2人以上は参加出来ないという理由により、役職を失った。

(226ページ)

【追記】友人が当時、久永勝一郎によって作成された日本スケート連盟による抗議文「今久永文書」について書かれた記事のリンクを教えてくれました。

つまり、久永は調査を続行することを望んだためにISU評議会で選出されず、ヒシーは規則を悪用して追い出されたわけです。フィギュアスケートの試合に関するルールは、あまり魅力的ではありませんが、政治に関するルールもそうなのでしょう。上手く立ち回る術を知っていれば、自分の手を汚さずに結果を得ることが出来るのです。規則では、どの国もISU評議会に2人以上の代表を置くことは出来ません。これがソニア・ビアンケッティ・ガルバトが追い出された方法です。イタリアのオッタヴィオ・チンクアンタがISU会長に選出された時、彼女は能力に関係なく、別の役職に立候補する機会を失いました。

ドーレが副会長?
ヒシーは自動的に役職を失いました。奇しくもソニア・ビアンケッティは90年代に、ヒシーは2000年初めに公正な試合を望み、不正を働いたジャッジには非常に厳格な資格剥奪処分を求めていました。それにしても、何故ドーレが副会長になったのでしょうか?

デヴィッド・ドーレは最も在職期間が長く、カナダでは最高位のオフィシャルの一人だが、オリンピックにおけるペアのフリーの試合中は何故か不在であり、腐敗に立ち向かった評議会の2人のメンバーをクビにした。もう一度言う。カナダで最高位のオフィシャルの一人である彼は、何故がスケートカナダ史上、最高の瞬間になるかもしれなかった2002年オリンピックのペアの試合にいなかった。何故、彼はソルトレイクにいなかったのか?デヴィッドは他の全ての人々が知らなかったことを知っていたのだろうか?

(226ページ)

カナダ連盟トップの幹部なら、金メダルを獲れる可能性のあるカナダペアの試合を見に行くものです。1948年のバーバラ・アン・スコットの金メダルと1960年のバーバラ・ワグナー/ロバート・ポールの金メダルに続く、カナダのフィギュアスケート界にとっては3個目の金メダルになるはずでした。1960年以降、銀メダルと銅メダルは何個か獲得しましたが、金メダルはありませんでした。しかしドーレはその場にいませんでした。もっと重要な用事があったのか、あるいはこの大会がカナダのフィギュアスケート界にとって歴史的瞬間にはならないと推測する理由があったのでしょう。

人事交代劇は続きます。
ジャクソンによれば馬鹿げた評価によって不当にも不利にされた伊那/ジマーマンの利益を守るべき立場にあったアメリカ連盟のメンバー、フィリス・ハワードは、より重要な問題が進行中のため、抗議しない方が賢明と発言し、ISU評議員に選出されました。実際、彼女はずっと重要な個人的な問題(評議員選出)を抱えていました。

2002年世界選手権後に起きたアイスダンサー達の抗議を一蹴したコートニー・ジョーンズは、評議会の議席を維持しました。

ル・グーニュの告白を最初に聞いた英国のサリー・ステープルフォードは(しかし彼女が唯一の証人ではありません)、技術委員会会長の地位を失いました。彼女の後任には、ソルトレイクシティでペアの試合のアシスタントレフェリーを務め、(レフリーのロン・フェニングとは異なり)ル・グーニュの告白の後でも尚、試合は最大限の公正性に則って行われたと主張したラケルニクが選出されました。 ラケルニクは確かISUフィギュアスケートの現副会長のはずです。

ル・グーニュが最初に告白した際、ステープルフォードと一緒にいたスウェーデン人のブリッタ・リンドグレンは、技術委員会の役職に応募しましたが、選出されませんでした。

一方、ソルトレイクシティでロシアペアを1位にしたウラジスラフ・ペトゥコフが選出され、技術委員会に加わりました(ウラジスラフ・ペトゥコフはその後、2015年に資格停止処分を受けています)。

イタリアのファビオ・ビアンケッティは、ミシェル・クワンにスルツカヤよりも低い芸術点を付けることにより、ロシアに協力することを証明した見返りとして、ペツコフを選出したのと同じブロックによって、技術委員会にも選出された。

(227ページ)

ジャクソンは2002年世界選手権について言及しています。ベラルーシのジャッジは両選手に5.9点を与えますが、スルツカヤを1位にした全てのジャッジは、芸術点で彼女により高い得点を与えました。 私はこの時のクワンの得点とジャッジ名、そしてビアンケッティが現在もラケルニクの要望に細心の注意を払っている事実をこの記事で示しました。

ジャクソン曰く、唯一ポジティブだったことは、技術委員会にけるロン・フェニングの留任でした。

新しい採点システムを採用するための投票も行われ、スピードスケート部門のISUメンバーもこの投票に参加しました。通常、技術面はその競技の専門家しか正しく評価出来ないため、技術的問題に関しては2つの競技は分かれています。しかし、今回はスピードスケートのメンバーも投票に加わりました。彼らの善意を疑う訳ではありませんが、オッタヴィオ・チンクアンタがスピードスケート出身であることを考慮すると、同じ畑のメンバーが彼の意図に逆らう可能性がどれほどあったでしょうか?

新しい採点システムの有効性について議論する訳ではありませんが、ソニア・ビアンケッティが既に述べているように、ジャクソンもこの改正案についてチンクアンタはただの提案であるとしつこく繰り返したと強調しています。賛成票を入れた人達はこの改正案を承認するつもりで投票しましたが、会議の議事録が公開された時、改正案はいつの間にか案ではなく実際のルール改正に変わっていました。
新採点システムは違法に誕生したのです。私は何も6.0システムに戻るべきだと言っている訳ではありませんが、ルールを破って変更が行われる場合、注意が必要です。実際、現在の採点システムで試合の結果を歪めるのは可能であり、ジャッジ達の操作方法が変わっただけでした。ISUが公正な結果を望むなら、全てのジャッジ達の作業を注意深く監視し、不正があった場合には、見てみぬ振りをするのではなく、厳しく罰しなければなりません。

ジャクソンが世界スケート連盟(World Skating Federation)のプロジェクトに取り組んでいる間、アイスダンスの試合結果を決定するのを手伝ったマフィアの構成員がイタリアで逮捕されました。

イタリア警察が録音した電話の中で、アリムジャン・トフタコノフは、アイスダンスの試合を調整するために6人ものジャッジとコンタクトを取ったことを「シェバリエ」と名乗る紳士に自慢していた。大会結果を操作する見返りとして、以前住んでいた場所に戻れるようフランスのビザを保証してもらうことが彼の望みだった。ロシア人より大声で非難したり、あるいはロシア人より早く彼の弁護に駆けつける者は誰もいなかった。

[…]

ロシア連盟は、自分達はマフィアとは何の関係もないと言いながら、最初に不当だと叫んだ。更に、彼らはアントン[シハルリゼ]とイェレナ[ベレズナヤ]を再び巻き込み、ロシアによる試合の調整を助けた容疑者とアントンが一緒に映っている写真を公開したアメリカの全てのテレビ局で訴えると脅迫した。

(229ページ)

しかし、逮捕されたマフィア構成員の氏名は分かっていますし、フィギュアスケートとは関係のない動機まで明らかになっているのです。オリンピックメダルの周りには多くのお金と利益が渦巻いていますから、然るべき人材に徹底的に調査させるべきです。ロシア連盟のメンバー数人とマフィアの繫がりについては、以前、下線を引きながら取り上げなかったこの本の一節を引用します。

全ロシア選手権のほんの数日前、1999年12月下旬、世界フィギュアスケートチャンピオンのマリア・ブッテルスカヤは自動車爆撃の犠牲者となったが、幸い無傷だった。2002年にはソルトレイク冬季オリンピックの僅か数週間前に彼女のボーイフレンドであるセルゲイ・スターリヤゴフの射殺死体が森の中で発見された。ロシアのフィギュアスケート選手、ブティルスカヤに対するこれらの信じられないような攻撃を引き起こしたのは何か?このことは彼女が自分がスケートで得る富をロシアのマフィアと共有することにうんざりしていたことを示唆していた。

(209ページ)

どこまで真実が分かりませんが、この発言は不穏な考えを引き起こします。トフタコノフ事件に戻ると、ジャクソンはその他の興味深い情報を提供していますが、それらを知るために彼の本を読むことを勧めます。

その後、世界スケート連盟とその目的、およびこの設立に関わった人々にまつわる政治・組織に関する話題が続きます。経済的側面に関する記述をご紹介します。

米スケート連盟は、1,600万ドル以上の予算の内、約160万ドルをアスリート達に費やし、300万ドル以上の黒字を出している。 疑問は・・・残りのお金は何処に消えたのか?

(247ページ)

ジャクソンは一つの仮説を立てています。何かの投票がある時、ISU加盟国は各国1票を投じることが出来ます。

ISUは、「フィギュアスケートの発展」という名目で、世界中の非常に小さな国々に多額の資金を投じ、内部選挙での票を確保している。

(241ページ)

フィギュアスケート発展のプログラムが腐敗の手口として使用されているのです。ISUは私の調査などよりずっと本格的な、あらゆるタイプの調査を必要としているようです。いずれにしても、(少なくともフィギュアスケートでは)弱小国のジャッジ達が、財布の紐を握っている強国のジャッジ達と同じような得点を出しているのを見ると、何故そのような得点になったのか疑問を抱かずにはいられません。

最後にジャクソンは、フィギュアスケート界を浄化するために、彼が誕生させたかったであろう連盟の死で著書を締めくくっています。この件についてはこの記事で触れています。

たった1冊の本を解説するのに7本の投稿(+イントロダクション)です。ISUを率いる人達はこの本を読み、省察すべきです。
ISUから追放された者の復讐に過ぎないのかもしれません。しかし、私はここに書かれていることの多くは事実だと考えており、ISUは然るべき改革を必要としていると確信しています。

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2002年のスキャンダルの後、何も改善しようとしないISUの方針に失望したジャクソンと数人のISUオフィシャル達は、フィギュアスケート界を浄化し、腐敗を撲滅する目的でISUに替わる団体、世界スケート連盟を設立しようとします。

しかし、反逆者達に対するISUの報復は容赦がありませんでした。
この事件についてはマルティーナさんが全14回に及ぶ長編シリーズ「審判員、審判団、公正な審査」の中で取り上げています。
「審判員、審判団、公正な審査」は第二次世界大戦後から現在までにフィギュアスケート界で起こった様々なスキャンダル、事件、不正の歴史を当時の記事と記録、関係者の証言、インタビュー、著書などの文献や資料に基づきながら読み解いていく、いわばフィギュアスケート界の事件簿というべき壮大なシリーズです。
書評とノンフィクションを専門とする作家マルティーナさんの本領が発揮された渾身の大作であり、貴重な歴史的資料と膨大な量のデータが網羅されています。まとめれば1冊の分厚い本になるほどのボリュームで、残念ながら時間的に訳すのを無理ですが、第11回に記載された「世界スケート連盟」に関する段落を抜粋します。


「ジャッジ、ジャッジ団、公正な審査11:2003-2005年」より

 世界スケート連盟(World Skating Federation)

2002年、フィギュアスケート界最大のスキャンダルが発生します。これは唯一のスキャンダルではなく、現在は改善した訳でもありません。ただ単に以降、公に告白するジャッジが現れなかっただけです。不正なゲームを行う人々は、露見しないようにやり遂げる術を心得ているのです。そして、悪意を持って物事を行う訳ではないにしても、悪意のある人間や、氷上で選手が行う内容からかけ離れた主観的な審査、常に起こり得るヒューマンエラーを見抜く事が出来ない無能な人々がいます。ISUがテクノロジーを強化し、試合の評価で様々な側面において適用することが可能になれば、ヒューマンエラーを最小限に抑え、判断の主観性を制限することが出来ます。完璧な審査は無理でも、状況は大幅に改善するでしょう。そして、明らかに不誠実なジャッジに対しては「今回は上手く行きませんでしたが、安心して先に進んで下さい」と云わんばかりに短期間だけ資格を停止し、背中を軽く叩く(励ます)のではなく、資格を剥奪すべきです。しかし実際はどうでしょうか?

2003年、スキャンダルに憤慨し、理解不可能な決定にうんざりしていたISUオフィシャルの中には、フィギュアスケートをスピードスケートから切り離そうと試みた人達もいました。 ISUは(当時は別の名称でしたが)、19世紀にスピードスケート競技を規制するために誕生し、その後間もなく、ファンシースケートが追加され、後にフィギュアスケートになります。

2つの競技は互いに大きく異なりますが、競技の誕生当初から2つで1組になっていました。ある時点から、テレビ局からより好条件の契約を獲得し、つまり経済的に組織全体を支えていたフィギュアスケートのISUメンバーの誰かが、2つの競技を分離する時が来たと判断しました。1994年から2016年までISU会長を務めたオッタヴィオ・チンクアンタはスピードスケート出身でした。現在の会長、ヤン・ダイケマもスピードスケート出身であり、ISUは何十年もの間、フィギュアスケートではなくスピードスケートに支配されています。ただし、次点で落選したディディエ・ゲヤゲに比べれば、ヤン・ダイケマの方が何千倍もマシだと思いますが。それにしても、フィギュアスケート部門には他に推薦する人材はいなかったのでしょうか?実はこの時、私はほとんど票を集められず、3位に終わった候補者を応援していました。名前は覚えていませんが、確かシンクロナイズド・スケーティングの出身の人でした。

会長の話で少し脱線しました。フィギュアスケートの専門家の中は、ソルトレイクシティのスキャンダルが軽く扱われていると見なし、2つの競技を分離した方が良いと考えてる人達もいました。一方で、腐敗や工作に対して厳格な方針を採用する必要がありました。更に、マリー・レイン・ル・グーニュとディディエ・ゲヤゲの資格停止処分が僅か3年だったことに加え、ロシアの責任を検証するための調査がなかったことにも注目しなければなりません。交換採点だったと言われていたことを考えれば、必要不可欠な調査でした。調査は、調査対象が無実だった、あるいは証拠が見つからず、調査が行き詰ったという理由で終了することも出来ますが、ル・グーニュの告白のような証拠がありながら、その線で調査さえ行わないというのは、ISUにとって試合の公平性と正義がどうでもいいことを意味しています。

しかしながら、フィギュアスケートとスピードスケートを分離することは実質不可能でした。ISUの規約を改正せねばならず、これを行うには2/3の票が必要でした。投票権のある人はフィギュアスケート部門とスピードスケート部門共に同人数でしたから、どちらも過半数ではありませんでした。特に一方の競技がテレビ放映権で得る収入が少なく、もう一方の競技の収入に依存している場合、大黒柱である相方に独立して欲しくないと考えるのは当然でしょう。

反体制派は何をしたでしょうか?2003年3月25日に世界スケート連盟(World Skating Federation)の誕生を宣言しました。

未来の新連盟の主な目的は、ジャッジ間の腐敗と戦い、全ての幹部、試合のオフィシャル、選手に対する厳格な倫理規定と行動規範を採用することにより、このスポーツへの信頼を回復することでした。 試合関係者の仕事は厳格な管理下に置かれ、あらゆるケ―スの不正行為に対して「許容範囲ゼロ」が適用されるはずでした。

[…]

この発表に対するISUの反応は暴力的であり、いつものように脅迫に基づいていました。フィギュアスケート界全体が脅かされました。新連盟に加盟した全て連盟、またはこの新連盟の方針に賛意を表明したというだけの全てのスケーター、ジャッジ、幹部(この連盟を作った人々は言うまでもありません)は、資格を奪われたことでしょう。[…]

世界スケート連盟は、選手が問題に巻き込まれ、競技キャリアを傷つけられることがないよう、活動を開始しないことを選択し、実際に陽の目を見ることはありませんでした。 それでも、これほど大規模な騒動は無駄ではありませんでした。この事件はISUとスケート界全体に衝撃を与えただけでなく、いくつかの重要な結果を生み出しました。

まず、ようやくISUが倫理規定を導入せざるを得なくなったことです。ISUに倫理規定を導入させるために、過去に何度も無駄な要請が行われたことを考えれば、これは大勝利と言えます。

(ソニア・ビアンケッティ、221-222ページ)

ソニア・ビアンケッティの言う「資格」についてですが、そう言えば、当時のISUはアマチュアスケーターとプロスケーターを区別していませんでしたが、オリンピックを含むISU公認の大会に出場出来るスケーターと、資格のない、出場出来ないスケーターを区別していたと記憶しています。事実上、資格のないスケーターはアイスショーか指導に専念するしかありませんでした。倫理規定に関しては、一団の人々によって、チンクアンタと連盟は採用することを余儀なくされていましたので、一応存在します。
この倫理規定には何と書かれていたのでしょうか?

採用された規定は以下の通りです

ワシントンD.C.の有名な記者会見で公開された、世界スケート連盟の規約に含まれる原則を正確に反映していました。更に、2004年にオランダのスケベニンゲンで開催されたISU大会で議論された規約とルールの変更に関する提案のほとんどは、世界スケート連盟の規約内容を丸写ししたものした。

(ソニア・ビアンケッティ、222ページ)

彼らのアイデアを採用した後、ISUはライバル連盟を誕生させることを断念した反体制派に何をしたでしょうか?彼らに感謝したでしょうか?
まさか!彼らの資格を永久的に剥奪しました。ゲヤゲとル・グーニュは3年間の資格停止、アメリカのロナルド・フェニングとジョン・ジャクソン、イギリスのサリー・アン・ステープルフォード(ル・グーニュの告白を最初に聞いた人)、スウェーデンのブリッタ・リンドグレン、ハンガリーのジュディス・ファースト・トンバー、カナダのヤン・ガーデンは自国連盟のために働くことは出来ますが、国際レベルではもはや全ての権限を奪われました。ISUは彼らが望む時、これほど厳格になれるのです。

資格を剥奪されたオフィシャルの名前はこの記事に掲載されています:
ISUは離脱を試みたオフィシャル6人を追放

この記事が消されてしまった時のためにスクリーンショットも掲載します。

つまり、ISUは内側からも外側からも改革することは出来ず、改革を試みた者は破滅するのです。

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☆興味深かったのは、ISUはフィギュアスケートの発展という名目で弱小国に資金を提供し、票を確保している、というジャクソン氏の記述です。

ここでは組織の内部投票や役員選挙の票のことですが、例えばイスラエルジャッジやメキシコジャッジの採点傾向を見ると・・・
試合の審査でも同じカラクリが使われているのではないのではないかと勘ぐってしまうのは、私だけでしょうか?

Published by Nymphea

管理人/翻訳者(イタリア在住)。2011年四大陸チゴイネ落ち