前回の続きです。アメリカの元ジャッジ、ジョン・ジャクソンの著書「オン・エッジ」を引用しながら、過去現在のフィギュアスケート界におけるジャッジと採点の問題を切り込んでいきます。
マルティーナ・フランマルティーノ著
(2020年12月4日)
ジョン・ジャクソンは著書「オン・エッジ~裏取引、カクテル謀略、トリプルアクセス、トップスケーターをねじ込む方法」で自分の目で内側から見たフィギュアスケート界について語っています。最初の章では、まだ少年だった彼がフィギュアスケートの虜になり、スケーターとしての彼自身のエピソード、そして同時進行で自分が同性愛者であることに気づき、それが受け入れられない苦悩が語られています。最初の引用は45ページからです。正確な年は忘れましたが、まだ6.0システムだった時代、彼は地元のジュニア大会に出場しました。この採点システムはいわゆる多数決に基づいていました(私が過去の記事で使った表現であり、間違った採点について書くために何度が部分的に説明しました)。しかし、長くなりますので、詳しく説明しませんでした。ジャクソンもこの採点システムのメカニズムを説明すると長くなるという理由から、詳しく解説していません。
ここで説明するのは困難である。理由を把握するのは難しい、とだけ言っておこう。フィギュアスケートのオフィシャル達が望んでいることが複雑なのだ。情報には力がある。それを理解している者には力があり、そうではない者は、彼らに翻弄される。
そう、常に情報は力でした。採点システムの仕組みを理解することは、試合の順位を上げる上で必要不可欠です。昔の発言ですか?旧採点システムから現在の採点システムに話を移しましょう。
2017-2018年シーズンの値尺度です。+3/-3の7段階のGOE、各ジャンプについて1回転から4回転まで200マスあります。スケーターが実施したジャンプの種類、回転数、出来栄えに応じて200通りの得点が存在するのです。スクリーンショットには表の前半しか含まれていません。
2018/2019年シーズンは、ジャンプの種類は同じですが、GOEのブレット(要件)が変わり、+5/-5の11段階になりました。一目で得点の数が大幅に増えたことが分かります。
正確には58行、合計638通りの得点があります。理論的にはより正確な採点が可能になるシステムのはずでしたが、実際には審判の主観性に扉を開き、異議を唱えるのが更に難しくなりました。更に、今シーズンからは回転がちょうど90度、つまり1/4回転足りないジャンプに対する「q」が導入され、
58行から162行に増え、11段階のGOEを掛けると、合計1782通りもの得点が存在します。ジャッジ達は本当にこれほど短時間に各ジャンプに相応しい正確な得点を判断出来るのでしょうか?純粋に最善を尽くそうとする人は気が狂いそうになり、不正をしたい人は至って簡単に行えるようになり、結果に異議を唱えたい人は、もっともらしい答え、あるいは議論の余地がないほど理解不能な答えを受け取るでしょう。もっとシンプルなルールについて説明しようと試みたことがありますが、私の対話者達は複雑過ぎるといって理解するのを諦めました。ほとんどの聴衆は理解を諦めるでしょう。そして、ルールを理解していなければ、間違いや不正を指摘することは出来ません。ISUが詐欺師を助けようとしていたなら、見事にこれに成功したと言わなければなりません。
採点システムがより正確になり、ジャッジ達は11段階のGOEを決定するだけで、残りはテクニカルパネルの仕事でしょうか?勿論です。そして該当するプラス項目とマイナス項目を正確に判断するのはどれぐらい簡単でしょうか?
また今シーズンからは、スケーターが実施したばかりのジャンプに関係なく、出し入れ自由なミステリアスなルール、「q」が導入されました。
例えば、皆さんはこのジャンプをどう判定しますか?
右側の写真が踏切りです。3アクセルですからスケーターは前向きで踏み切っています。左側の写真は着氷です。私が動画を一時停止した時、スケーターは既に氷上にいました。画像は観客動画をスクリーンショットしたものです。このジャンプの回転をどう判断しますか?回り切っていますか?q?(当時はqルールはありませんでしたが、もしあったとすればqでしたか?)回転不足(<)?ダウンロード (<<)?
確かに画像は小さいですが、着氷の向きを見れば明らかだと思います。彼は前を向いています。私の唯一の疑問は回転不足とダウングレードのどちらが妥当かということでした。私はライブで見ていましたが、彼の演技の間、そして翌日の更に壊滅的だったフリーの間もずっと彼が怪我をしないか心配でした。結果云々は早い段階で重要ではなくなり、心配な気持ちだけでした。
重要なのは、スケーターの名前やテクニカルパネルによる実際の判定など、回転の判断に影響を与える外的要因無しで画像を判断出来る余地をどれほど残しておけるかです。これは別の観客動画から撮った同じジャンプのより完全なスクリーンショットです。
こちらも右から左に向けて進行しています。2枚目で踏切り、3枚目では空中で回転中です。4枚目では既に氷上に着氷しており、彼の重心が後ろに移動するのが分かります。その後の転倒は避けられませんでした。この動作によって彼の身体は回転を完了し、背中からではなく、胸部から氷上に転倒しますが、着氷してから氷上で回転しています。
これは2019年フランス国際における宇野昌磨のショートプログラムです。テクニカルパネル(テクニカルコントローラー:ウェンディ・エンツマン、テクニカルスペシャリスト:ヴァネッサ・グスメローリ、アシスタントテクニカルスペシャリスト:モニカ・クスタロワ)は、この転倒で締めくくられたジャンプを完全に回り切っていると判断しました。ウェンディ・エンツマンは長年ジャッジとテクニカルコントローラーを務めるベテランジャッジで、この種のジャンプの回転は判断出来なければならないはずです。私でさえ、ライブで前向きの着氷を見て回転不足に気付いたぐらいです。モニカ・クスタロワはジャッジはやりませんが、長年テクニカルスペシャリストとアシスタントテクニカルスペシャリストを務めています。ヴァネッサ・グスメローリはクスタロワと同じくテクニカルパネル専門ですが、彼女よりずっと多くの試合でテクニカルを務めていますから本当に経験豊かなはずです。しかも、彼女自身、ハイレベルなスケーターで2度オリンピックに出場し、1997年の世界選手権では銅メダルを獲得していますから、ジャンプについての知識は豊富なはずです。
3人の誰も回転に疑問を抱かず、レビューを要求しなかったなどということがあり得ますか?そしてもしジャンプを見直していたら、回り切っていると判断したでしょうか?このようなテクニカルパネルがぴったり90度回転が足りないジャンプを正確に判断出来ると思いますか?85度(回転不足でなはない)でもなく95度(回転不足)でもなく、ぴったり90度がqです。
Twitterで交流のあるエリーザがある実験を行いました。3人のスケーターのジャンプの画像を投稿し、どの判定が妥当だと思うかアンケートを実施したのです。回答者数はあまり多くないのは分かっています。本格的なアンケートにするには、もっと大勢のユーザーを対象にしなければなりません。しかし、小規模なアンケートであっても疑念を起こさせるには十分でした(実際にはずっと前から存在する疑念ですが)
Hi people.I’ll need your help for this
I’ll show you 3 jumps and you have to vote what lack of rotation call it deserves if any.The video will pause at landing
If you know what this is about please dont say it, Im trying to see something
— Elisa (@lunnarias) November 29, 2020
回答者が少ないには、アンケート期間が短かったのと、彼女や私のような一般ユーザーが実施するアンケートは気付く人が限られているからです。エリーザは、プライベートメッセージで答え送ってきた人の票も含めた正確な結果を私に送ってくれました。以下に結果を掲載します。
1本目のジャンプ(203票):
No call(クリーン) 10.34%、21票 (私の票もここに含まれています)
q 33.99%, 69票
< 39.41%, 80票
<< 16.26%, 33票
2本目のジャンプ(197票):
No call 6.60%, 13票
q 19.80%, 39票
< 48.73 %, 96票(私の票もここに含まれています。離氷と着氷の瞬間を何度も一時停止して観察しました)
<< 16.26%, 49票
3本目のジャンプ(190票):
No call 3.16%, 6票
q 12.10%, 23票
< 40.00%, 76票i (2本目のジャンプ同様、何度も見直した後で私はここに投票しました)
<< 16.26%, 85票
判定はかなり分かれました。このことは、見る人によってそのスケーターに与えられる得点が上下することを物語っています。本物のジャッジは私達より正確に判断出来ると思いますか?先程のフランス国際での3アクセルの判定を見てから言って下さい。アンケート終了後に、エリーザはこの3本のジャンプはどれもテクニカルパネルから「q」と判定されたと明かしました。
確かにqを判定するのは不可能です。回転不足の判定も困難です。しかし、ISUにはジャッジの仕事をより楽にするテクノロジーを強化する代わりに、ルールを更に複雑化し、誰も理解出来ないようにしました。私にとっては彼らのメッセージは明らかです。「我々がやりたいようにやる。現実は全く重要ではない」
少し脱線し過ぎたようです。ジョン・ジャクソンに話を戻しましょう。その数ページ後、副次的ながら重要なエピソードが紹介されています。試合前、年若いジャクソンはスケート靴の入ったバッグを知人のブラックバーン兄妹の車のトランクに忘れました。ブラックバーン兄妹はずっと後に滑ることになっていました。従って、本番に間に合わず失格になる可能性のあるジャクソンのためではなく、自分達の本番に合わせてリンクに戻ってきました。問題を知ったジャクソンのコーチは試合のレフェリーであるビル・マンズに状況を説明しました。
マンズはブラックバーンが戻るまで競技を延期することに同意した。
「彼にそんなことが出来るのですか?」と私はクリスに尋ねた。
「ジョン、ジャッジが君を好いているなら、彼らは自分達がやりたいことを何でも出来るんだよ!」(50ページ)
この種の発言にどうコメントしたらいいのでしょう?私は言葉がありませんので、判断は皆さんにお任せします。ジャクソンは次のページで当時のコーチを「許容範囲」と定義しています。これまでコーチ達との間に個人的な問題が生じたことがある、という意味ではなく(それまでに彼より優れたコーチ、または劣るコーチに習ってきました)、ジャッジ達が彼をどう認識しているか、という意味において。コーチの中には指導力や真面目さに関係なく有効と見なされるコーチもいれば、そうでないコーチもいます。ジャッジ達は彼らの目に有効と映るコーチであれば、試合の開始時間を遅らせると言う要求を受け入れ、(ある時期はしていなかった)ジャクソンとの会話を再開し、どう改善したら良いかアドバイスを与えるのです。言い換えると、適切なコーチ、ジャッジ達に評価されるジャッジを持つことは、試合中に行われること以外の点においても、アドバンテージになるのです。様々な種類の水面下の緊迫が起こり得ます。
私は早い段階で、その大半がスケート靴を履いて氷上に立ったことがないボランティアのオフィシャル達と、仕事でお金を稼ぐ「プロ」スケーター達との間にある不信と恨みを理解した。
(65ページ)
ジャクソンの発言は、アマチュアスケーターとプロスケーターがはっきり区別されていた時代のものです。現在、この区別は無くなり、スケーター達はハードな練習で習得した能力によって、合法的にお金を稼ぐことが出来ます。
ジャッジ達側の、裕福で有名な選手達に対する嫉妬は現在もまだ存在すると思いますか?
残念ながら、多くのケースで「イエス」だと思います。そしてその嫉妬から、彼らが生意気と見なしている、そして彼らの見解では、彼らが得たことのない、そして今後得る可能性もない成功に値しないそのスケーターを「修正」したいと言う欲求が芽生えます。
ある段階でジャクソンは反対側に移行しました。彼はスケーターでしたが、ジャッジになる決心をしました。そして選手専用の短縮コースでコーチを目指しました。このようなシステムが現在でもアメリカやその他の場所で有効なのか、当時だけ有効だったのか、今も有効なのかは分かりません。いずれにしても、これは確かに過去に特定の状態で行われたことであり、このようなことが可能であったという事実は憂慮すべき疑念を起こさせます。今も可能なのでしょうか?アメリカの外でも可能、または可能だったのでしょうか?ジャクソンは「trial judge」、すなわち見習いジャッジを務めることになりました。基本的に、彼はジャッジ達の後ろに座り、ジャッジパネルの一員になったつもりで採点を行いました。
その後、「洗脳」としか呼べないところで、見習いジャッジは何故自分達が少し違った見方をしたのか、次回は本物のジャッジと同じ見方が出来るよう学習するために、数名の公式ジャッジと会うのだ。
[…]
見習いジャッジが公式ジャッジと同じの見方で物事を見ていない場合、彼らは自分達の誤った方法を変えるまで昇格出来ない。これはジャッジのクローン化を奨励するプロセスであり、以前と同じ悪しき審査の習慣を生み出すのだ。(76-77ページ)
他のジャッジと同じ様に審査をするか、あるいははじき出されるか。あなたが正しく審査するかではなく、他のジャッジ達と一致しているかどうかが重視されるのです。確かに1人のジャッジが特定の選手に対してだけでなく、全選手に対して演技構成点が0.5点低いということがあり得ますし、その場合、ただ単にそのジャッジが厳し目ということになります。しかし、他のジャッジと同じ得点、それが正しいか間違っているかは重要ではない、というのはどうでしょうか?
これはまだ誰も「演技構成点」を知らなかった旧採点システム時代の発言ですが、既存のジャッジと同じように審査した者だけがジャッジになれたという事実は、多くの疑念を呼び起こします。既にジャッジになっている人達の力は途方もなく大きかったのです。今もそうでしょうか?改革が必要だと思ってその世界に足を踏み入れようとしても、そこへ入れてもらえないため、その改革を試みることさえ出来ないのでしょうか?ジャクソンはまさにそうだと言っているのです。彼らに合わせるか、そして一度彼らに合わせれば、最初の意気込みを取り戻すのは困難になります。あるいは何も手を打たないのか?
ジャクソンはジャッジ達の期待に応じなかったため、正規のジャッジになるまでに長い時間を要しました。本を読み進めると、彼の元コーチの言葉が引用されています:
「ジャッジと仲良くならなければ、君は一生昇格出来ない」(83ページ)
ジャクソンが連盟は優秀なジャッジを必要としていると言うと、彼はこう答えました:
「優秀なジャッジかどうかは前からいるジャッジが決める」(83ページ)
私は自分がジャッジになれると思ったことはありませんが(私は以前、あるコーチからスケート界は優秀なコーチを必要としており、私は適格なので、ジャッジ養成コースに申し込まないか、と言われたことがあります)、この発言は私からあらゆる可能性を消し去りました。私が既存のジャッジ達に気に入られることは絶対にないでしょう。仕方がありません。いずれにしても、私にジャッジになる意志はありませんが。一方、ジャッジになりたいと考えていたジャクソンは、もっと他のジャッジ達と交流し、彼がいつも無視していた彼らの「Hospitality Room」(おもてなしの部屋)に足繫く通った方がいいと言われました。この強制的「社交」が不快で理解出来なかったジャクソンの反応に私も共感します:
「まるでお目付け役のようだ」
コーチはこう答えた「彼らを見習えばいいんだ」(89ページ)
せせこましい世界だと思いませんか?重要なのは彼らの一人になるか、彼らの言う通りにするか、彼らに組するか、ということ。本人には何の興味もなく、その能力もどうでもいいのです。重要なのは彼らの社交クラブだけ・・・今もそうなのでしょうか???
残念ながら今も変わっていないと私は思います。以前、ジャッジ達を個人的に知っている人と話したことがありますが、その人はある国際ジャッジについてこう言いていました「一個人としては悪い人ではありませんが、徒党を組むと・・・」
なるほど、しかしあまりにも頻繁に徒党を組んでいませんか?狭い世界で、皆が知り合い、そして自分達のやりたいことをやっています。正当性はオプショナルなのです。ジャッジ達の力を削ぐ方法はないのでしょうか?まだこの本の核心には到達していません。
同性愛に関する記述を少しだけ引用します。
後に、私はスケート界においては、ゲイの男性が、ゲイの疑いのある別の男性に同性愛嫌悪を抱くケースは、珍しいことではないことを身を持って体験した。(102ページ)
実際、これは、ただの疑惑であっても、その人の人生をよりシンプルに、またはより困難にする可能性のあるのある個人的領域ですから、あらゆるタイプの判断と関連付けられるべきではありません。しかし、数日前、私はあるニュースに驚愕させられました。同性愛者の権利に反対しているハンガリー人の欧州議員、ヨージェフ・サイエルが、薬物も使用されていた同性愛者の乱交パーティで警察に確保されました(まず、アンチLGBTを公言しながら主義に一貫性がありません。第ニにコロナ禍はまるで存在しないようです。そして薬物が見つかったのは別の人ですが、彼がポケットに覚醒剤を忍ばせていたとしても私達は驚かなかったでしょう)。
重要なことは、真実または疑惑の理由で他者に烙印を押すことであり、フィギュアスケート界では、真実でも疑惑でも同性愛者であることは、大きなダメージになる可能性があります。こう主張しているのはジョン・ジャクソンだけではありません。現役中にカミングアウトしたスケーターと、引退後にカミングアウトしたスケーターの数を比べてみて下さい。そして、メアリー・ルイーズ・アダムス、クリスティン・ブレナン、エリン・ケステンバウム、M.G.パイエティ等の著書も、事実を裏付けしています。
今日はこの辺りで止めておきます。続きのページには更に興味深いことが書かれていますが、さすがにこれ以上書き進める時間はありません。
☆筆者プロフィール☆
マルティーナ・フランマルティーノ
ミラノ出身。 書店経営者、雑誌記者/編集者、書評家、ノンフィクション作家
雑誌等で既に700本余りの記事を執筆
ブログ
書評:Librolandia スポーツ評論:Sportlandia
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☆今回は本の中からジャクソンの選手時代、見習いジャッジ時代から数か所を引用しているだけで、まだ核心には至っていません。謎の新ルール「q」について書かれていますが、私もこの「q」導入は謎でした。
得点の計算システムの設定を変えるだけで簡単に実施出来たルッツ、フリップ、ループの基礎点変更は撤回し、なぜ対応するのがより難しいqルールだけ採用したのか?
短い採点時間でテクニカルパネルが45度の回転不足と46度または44度の回転不足を見分けることが出来ると思いますか?
1度の違いなんて、人間の目で判断するのは不可能です。そして、その不確かな1度のためにGOEを削られたり、逆に基礎点を救われる選手がいるのです。
このようなルールを作るぐらいなら、まずは回転とエッジの判定だけでもAI導入を目指すべきです。