カルミナ・ブラーナ~新たなジャンル、身体芸術の極致

GUCCIブランドアンバサダー就任のビッグニュースに舞い上がってしまって、順番が逆になってしまいましたが、その前に羽生結弦Notte Stellataがありました。

個人的なことですが、ここ3週間ほど、仕事があまりにもハードで疲労困憊気味だったので、毎日、朝食の後、そして夜寝る前に横浜千秋楽の「破滅への使者」を見て、エネルギーを充電していました。しかし羽生結弦Notte Stellataが配信されてからは帰宅後、そして寝る前は「ダニー・ボーイ」を見るようになりました。あのプログラムには驚異的な心身の疲労回復効果がありますよね?見ていると心が癒され、魂が浄化され、煩悩を忘れて清らかな気持ちになります。本当に凄いプログラムです・・・

初日の金曜日、私は夜帰宅するまで全く情報を追えていませんでした。Xを開き、大地真央さんと共演する以外、何の予備知識もなく最初に目に飛び込んできたこのビジュアルを見て私はてっきりモーツァルトの「魔笛」だと思いました。😂

夜の女王に責められて苦悩するパミーナ、の図に見えませんか?

そして演目が「カルミナ・ブラーナ」だと知って思わずガッツポーズ!
2013-2014年ソチ五輪シーズン、フリーの楽曲候補としてニノ・ロータのロミオとジュリエットと共にカール・オルフのカルミナ・ブラーナが上がっていたんですよね。結局、ロミオとジュリエットが選ばれた訳ですが、私はいつかカルミナでも滑って欲しいなあとずっと思っていました。何しろ、私は魔王系の羽生結弦が大好物ですから。
しかもこの数週間前、奇しくもブログ友達のモモ博士とこの話題になり、当時より遥かに成熟した今の彼が、カルミナを滑ったらどんなに壮大で素晴らしいプログラムになるだろう、是非見てみたい、ORIGINまたは破滅への使者系の衣装で!などと話していたところでした。
カルミナ・ブラーナは、演奏時間が1時間以上に及ぶ超大作カンタータですが、一般的にカルミナと言えば「おお、運命の女神よ」のイメージですから、あのおどろおどろしい荘厳な音楽でラスボス結弦が見られるのか!しかし、そうすると大地さんとどう絡むんだろう?ソプラノのソロパートを歌うんだろうか?

そもそも、私は今回の共演相手が大地真央さんだと知った時、どんなコラボになるのか正直イメージが湧きませんでした。大地さんと言えば、言わずと知れた元宝塚男役トップスターで現在はミュージカルなどで活躍されている大女優ですから、当然、彼女が歌って、羽生君が滑るのかな?という安易な考えが浮かびました。しかし生歌とのコラボはFaOIでいつもやっていますし、去年の内村航平君とのコラボがあまりにも斬新で強烈だったので、いくら相手が大地さんとはいえ、生歌コラボではちょっと当たり前になってしまうのではないかと思っていました。

しかし、そこは羽生結弦

全く想像もしなかった独創的で新しい形のパフォーミングアートを生み出して、文字通り度肝を抜いてくれました。

まず、大地さんが運命の女神で羽生君がその女神に翻弄される無垢な青年、という意表を突いた設定。誰が思いついたのか?本当に天才的なアイデアです!

まず「おお、運命の女神よ」の重厚な合唱と共に、女神に扮する大地さんが圧倒的な存在感で登場。この威圧感、迫力、ゴージャスな美貌、無垢な青年に扮する羽生結弦とのコントラスト。確かに大地真央ほど相応しい配役はありませんでした。

それから曲調が一転し、「春の愉しい面ざしが」、「森は花咲き繁る」、「アヴェ、この上なく姿美しい女」を繋げた花の咲き乱れる春をイメージさせる楽曲に合わせて羽生君が登場します。無邪気で無垢な青年。春爛漫の中、草花を愛で、自然の空気を吸い込み、全身で生命の息吹を表現する、まだ苦労や悪意といった世の中の過酷さ、醜さを何一つ知らない純真な青年。スラブ舞踊のようなこの部分はシェイ=リーン・ボーンの振付なのですね。羽生君のここまでバレエ的な振付は初めて見たような気がします。いずれアレッサンドラさんが詳しく解析してくれることを期待しています。

この場面、私はちょっとハーデスに冥界に連れ去られる前のペルセポネーも連想しました。
スケートが好きで、ただ上手くなりたくて、強くなりたくて一心不乱に練習に打ち込んでいた震災前の羽生結弦。美しい3アクセルで生の喜びを爆発させます。

しかし、そこに突如として運命の女神が表れます。目に見えない運命の糸に絡めとられて自由に動くことが出来なくなる結弦青年。
驚き、恐怖にかられ、必死でもがき、逃れようとする。しかし、女神の力は絶大で、もがけばもがくほど、動きは封じられ、女神の意のままに操られる。なす術もなく女神に翻弄される青年。

自分が今まで当たり前だと思っていた生活が、世界が、一瞬で崩れ去り、被災地の星という使命が16歳の少年の両肩に重くのしかかる。自分の実力よりも、被災地出身であることばかりが注目されるフラストレーション。今まで知らなかった醜い世界。自分はただ強くなりたくて大好きなスケートを一生懸命やっているだけなのに、自分の祖母ほどの年齢の、見ず知らずの老婆達から全く身の覚えのない剥き出しの敵意を向けられる恐怖・・・苦しみ、もがく彼の姿は震災からソチ五輪までの道のりを彷彿させます。

青年は苦しみながら成長し、やがて自分の運命を受け入れて立ち向かう決意します。
黒女神から白女神に変わった大地真央が、覚悟を決めた彼を迎え入れ、新たな世界へと導いていくことを暗示させる大円団のフィナーレ。

ド迫力の圧巻の演技に最初から最後まで圧倒されっぱなしでした。

セリフも大掛かりな舞台装置もない、音楽と身体表現だけで1人の青年の成長の物語をたった5分半という時間の中で起承転結させた作品。演劇とコンテンポラリーをミックスさせた新しい形のパフォーミングアート。まさに純粋な身体芸術です。顔芸など小手先の小細工では絶対に表現出来るものではありません。

こんなことが可能なんだ!というのをまた見せてもらいました。

また一つ、表現の幅が広がりましたね。他分野の一流演者と共演する度に、その分野の表現手段を貪欲に吸収し、それを自分のスケートと化学反応させて全く新しいジャンルを開拓する、プロに転向して以来、彼はずっとこのR&D(研究開発)を続けています。
ルールの枷がなくなった羽生結弦の表現の可能性は無限です。
GUCCIとも今後、コラボが用意されているようですし、今後の展開がますます楽しみですね。
というわけで、カルミナ・ブラーナだけで結構長くなってしまいましたので、ダニー・ボーイについては後日書くことにします。

いずれにしても、このハードな3週間を乗り切れたのは、破滅への使者(滋養強壮剤)とダニー・ボーイ(疲労回復剤)のおかげだったと言っても過言ではありません。

Published by Nymphea(ニンフェア)

管理人/翻訳者(イタリア在住)。2011年四大陸チゴイネ落ち @pianetahanyu