Piroetteより「羽生結弦のロミオ+ジュリエット:音楽と振付を追想する」

再びPiroetteから
2012年ニースのロミオを音楽と振付という見解から更に詳しくマニアックに掘り下げた記事です。

原文>>

羽生結弦のロミオ+ジュリエット
音楽と振付(上肢と頭の動き)を追想する

カルロ・グリエルミノッティ・ビアンコ(2012年4月20日)

私はフィギュアスケートに適用される音楽のメロディーと振付に関する専門家ではないが、2012年3月31日土曜日の午後に日本の若いフィギュアスケーター、羽生結弦によって実施された演技について2つの見解(音楽と振付)から寸評を書こうとすることを許してもらいたい。

何故このような寸評を書くかというと、これら(特に前者の音楽)があの日に起こったことの「序曲」であり、この言葉の本来の意味が示す通り、今後、起こっていくであろう何かの前触れであったかどうかをリサーチ・理解することに興味を覚えたからである。

誤解のないよう断っておくと、仙台の若きスケーターがニースで快挙を成し遂げたのは、彼が規格外だからだ。このことは音楽とは関係ない。

しかしながら、音楽が視聴中、または視聴後に叙情的なある種の夢を提供するというのが本当なら、すなわち我々が意識する世界の一部である音楽を通して、我々がアーキタイプ(我々の人生を広げ、我々の人生を刺激するモデル、模範、アイコン)を夢見るよう刺激されるというのが事実なら、羽生結弦のために作られた「あの音楽基盤」には、本質的そして普遍的にこの奇跡的美点が他の音楽に比べてより多く備わっていたと言える。
あの2012年3月31日はこうして起こったのだ。

あの土曜日の午後、初めてこの曲を聴いた人のために説明しておこう。
これはシェークスピアの有名な悲劇「ロミオとジュリエット」をポストモダン風にリメイクした1996年バズ・ラーマンの映画「ロミオ+ジュリエット」のサウンドトラックを巧妙にアレンジした楽曲である。
映画は1996年のアカデミー賞にノミネートされ、今日までに映画化されたイギリスの詩人による最も有名な悲恋物語の10番目の作品である。
物語は舞台を現代に置き換え、シェークスピアの有名な悲劇が戯曲にほぼ忠実に再現されており、敵対する両家(モンタギュー家とキャピュレット家)は抗争を続ける有力マフィアに置き換えられている。
ロミオを演じた若手俳優レオナルド・ディカプリオはこの映画で一般に広く知られるようになった。一方、ジュリエット役にはアメリカの女優、クレア・デインズが1度のオーディションで選ばれた。
24曲から成る映画のサウンドトラックから羽生結弦のスタッフチームのよって3曲が採用され、以下の曲を彼のフリープログラムで聴くことが出来る:

  1. O Verona
  2. Kissing you Instrumental
  3. Escape

選曲は完璧だった。
聴きやすい快い「ムード音楽」の中間部を挟んだ2つのパッセージ、緊迫したリズムが刻まれる圧倒的に荘厳な演技の第一部とコーダ(終結部)、これら全てが感動と心を掴む素晴らしいミックスを織り上げている。

主に映画音楽、オーケストラ曲、精巧な電子音楽を手掛けるスコットランドの作曲家、クレイグ・アームストロング(1959年4月29日グラスゴー生まれ)はロミオ+ジュリエットのサウンドトラック(1996年)で評論家達から称賛を浴びた。
彼は上述の最初の曲「O Verona」のアレンジを手掛けた。
一方、3曲目の「Escape」はテレビ番組「トップ・ギア」でも使用された映画「プランケット&マクレーン」中の楽曲で、彼の最も有名な作品のひとつである。

イギリスのシンガーソングライター、デズリー(本名デジレ・アネット・ウィークス、1968年11月30日ロンドン生まれ)は日本の若きスケーターがフリープログラムの第2部で器楽バージョンを使用した映画のサウンドトラックの中で最も有名なボーカル付き楽曲「Kissing You」を書き下ろした。

a) 音楽基盤

「O VERONA」 & 「ESCAPE」 (フリープログラムの第1部と第3部)

O Verona (ロミオとジュリエットのテーマ)
クレイグ・アームストロングが編曲した楽曲はカルミナ・ブラーナと同じ小節、ベネディクトボイエルン修道院(740年にバイエルン州バートテルツ近隣にボニファティウス4世によって創設された古いベネディクト派修道院)で発見された13世紀の重要な写本「Codex Buranus」に含まれる詩歌を彷彿させる。
ドイツの作曲家、カール・オルフは1937年にカルミナ・ブラーナの幾つかの詩編に曲を付け、同名のカンタータを作曲した。この作品中の最も有名な曲の一つをクレイグ・アームストロングはバズ・ラーマンの映画のためにアレンジしている。
ただし、幾つかのパッセージではセルゲイ・プロコフィエフとアレクサンドル・ボロディンの影響も垣間見られる。

明快なリズムと壮大で重厚な音響が印象的なユヅルのフリープログラムのこの最初の部分に4回転ジャンプと、永遠に降りてこないようにさえ見えるイーグルからの「巨大な」3アクセルが挿入されているのはおそらく偶然ではない。
実際、このような壮大な音楽は両方の要素、すなわち2つの感覚(視覚と聴覚)によって感情移入している氷上の選手と観客を同じレベルに連れて行く。
観客と視聴者に対する視聴覚的インパクトは絶大だった。
このように引き込まれる音楽基盤によって支えられた氷上の「ソリスト」である彼は、転倒のリスクのある技術的個人プレーにおいて、ある意味「より守られている」と感じるのかもしれない(上記の動画Craig Armstrong film works 1995 – 2005の0:00、1:27、1:57から2:06)。

 

Escape (プランケット&マクレーンのテーマ)
ステップシークエンスから始まるユヅルのパフォーマンスの終結部(第3部)で使用されている。
この部分も非常に力強く、終盤の1分間はソプラノの高音を伴う合唱がどんどんクレッシェンドし、曲が終わる直前に最高潮に達する。

そして最後のジャンプ(3サルコウ)を降りたユヅルにとって理想的な伴奏になっている。彼は演技終盤、バタフライキャメルから音楽のテーマと同じように催眠効果のあるスピンへと向かっていく(上述の動画Craig Armstrong film works 1995 – 2005の3:12から4:21)。

 

「KISSING YOU」(フリープログラムの中間部)

ロミオ+ジュリエットのサウンドトラックの中で最も知られている曲の一つ、上述のデズリーによる「Kissing you」の器楽バージョンは甘美な、同時に心の琴線に触れる感動的なムード音楽になっている。

氷上の主役と、第一部の強烈なセッションの感動に圧倒された夢見る観客と視聴者が一息入れるためのひと時かと思いきや、そうではなかった。

デズリーのソフトの曲が作り上げる、穏やかでリラックスしたムードの曲調に乗せて、仙台の若きスケーターは氷上での装飾的要素やその他のステップやおそらく初めて見るフィギュア要素(横方向に移行するスピン)の合間に驚異的なジャンプを次々に決めていった。

ユヅルのスタッフチームは非常にリスクの高い選択をしたが、最終的にその効果は絶大だった。
何故ならこのような状況において観客達は(歓声によってはっきり聞こえない)音楽基盤をほとんど失い、氷上の選手だけに集中する(つまり視覚的効果がより強調される)。
言ってみれば音楽の効果が「少し弱まり」、観客の視線の先にあるスケーターがより際立つ。

おそらく、これは演技全体の鍵となる瞬間、そして氷上で何か途方もないことが達成されようとしているという認識が全世界的レベルで高まっていく瞬間だったのだろう。

同じテーマに留まって比較すると、ユヅルが彼の「独奏」で見せた勇気は、歌手がオーボエの伴奏だけで歌う「Escape」曲中のボーカル部分に通じるものがある。このパッセージは日本の若きスケーターの編曲では、時間の都合でカットされているが、上記の動画でこの部分を視聴することが出来る(Craig Armstrong film works 1995 – 2005: 2:09から2:31)。

 

b) 振付 (上肢と頭の動き)

国際スケート連盟(ISU-ローザンヌ)のファイルに記録されている公式なスケーター図鑑によると羽生結弦の2012年のスタッフチームナタリア・ベステミアノワイゴール・ボブリンが名を連ねている。

日本選手のロミオ+ジュリエットの振付構造の中からこのロシア人夫婦の痕跡を全て見つけ出すことは、筆者には無理だし、カテゴリーの異なるシングルとアイスダンスのフィギュアスケートを完全に比較することは出来ないが、ウェブサイトPiroetteの訪問者の皆さんには是非、上の動画で2012年の羽生結弦と、四半世紀前1988年のナタリア・ベステミアノワの上肢と頭の動きを比べてもらいたい

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あまりにも長く難解な内容に途中で挫折しそうになりましたが、(そもそも需要あるのかな・・・と思いつつ)頑張って最後まで訳しました。

筆者のカルロ・グリエルミノッティ・ビアンコさんは公開されているプロフィールによると財務コンサルタントというフィギュアスケートとも音楽ともかけ離れたお堅い職業の方のようですが、イタリア人の男性ってマニアックな分析が好きな人が多いですね。
*前回の記事で間違って筆者をマリア・ガブリエッラと書きましたが、実際には「マリア・ガブリエッラ(ピエモンテ州の王族サヴォイア家の王女)の世界の窓」という連載シリーズの中のコラムということで、筆者は本記事と同じカルロ・グリエルミノッティ・ビアンコさんでした)

このPiroetteでの執筆活動がお仕事なのか趣味なのかは分かりませんが、畑違いのおじ様をこれほど熱く語らせ、これほどマニアックなリサーチと分析に駆り立てるニースロミオの威力!

あの時の羽生君も右足首の剥離骨折という怪我を抱えていて、手負いの状態でした・・・
1年前に震災で練習拠点のホームリンクを失い、更に足首の負傷という逆境の中での演技

ロミオが憑依した渾身の滑り
魂の雄叫び
最後のステップシークエンスは蒼い炎が氷上を疾走しているようでした・・・

ニース開催だったので、カロリーナや他の選手を見るために現地観戦に行き、あの17歳のロミオに心を奪われたヨーロッパのファンは大勢います(イタリアフォーラムのユヅリーテは大半がニース落ち)
マッシミリアーノさんなどは羽生君が現役中にこのロミジュリのリメイク版を再演してくれないかという望みを未だに捨てていません。

観客も視聴者も解説者も・・・見るものを全て虜にした伝説のプログラム
競技プロとしての再演は難しいと思いますが、またアイスショーとかで見たいな

☆ニースの奇跡(イタリアユロスポ版)
エレナさんの動画です。Grazie Elena!💛

-フジテレビ版西岡さん実況「世界を狂わせる17歳」
📹Yuzuru HANYU 2012 Worlds LP Fujitv

-CBC版カート・ブラウニング解説「Super Star is born!」
📹Yuzuru HANYU – 2012 WC FS (CBC)-2

-表彰式(ピョンピョンガッツポーズがカワイイ~!!)
📹The medal ceremony of the WC 2012 Men

-Jスポーツ版(SP+FS+表彰式)
📹2012 Worlds Yuzuru Hanyu SP & FS & Medal Ceremony (J Sports Commentary)

Published by Nymphea(ニンフェア)

管理人/翻訳者(イタリア在住)。2011年四大陸チゴイネ落ち @pianetahanyu