Sportlandiaより「エレガンスと身のこなし」

久々にノンフィクション作家で雑誌記者のマルティーナ・フランマルティ―ノさんの記事です。

PCSの評価基準の一つである「エレガンスと身のこなし」と言う観点から、北京オリンピック男子シングルにおける4人の選手のショートプログラムを分析しています。

Elegance and carriage | sportlandia (wpcomstaging.com)

マルティーナ・フランマルティーノ著 (2022年5月1日)

まだ(北京オリンピックにおける)数人のスケーターのショートプログラムを見終わっていませんが、一つの点に焦点を当ててみることにしました。PSCがどのように評価されるのか覚えていますか?次のISU総会に向けて幾つかの案が発表されましたが、現在はどのように評価されているでしょうかこれらの提案はスケーティングスキルが求められる全てのことを排除し、フィギュアスケート競技をただのランニング&ジャンピング競技に変えようとしています。この試みが失敗することを願っていますが、今では私はISUからは何も期待出来ないということを学びました。2021-2022シーズン終わりまでのPCS評価に関する基準についてはこの記事の中で書いています。

以下はジェニー・マストが公開した概要スライドのスクリーンショットから引用したPCSの最初の3項目(SS、TR、PE)の基準のほんの一部です。

Skating Skills(スケーティングスキル): 加速し、速度を変化させるためにエフォートレス(力みのない)パワーを使う。

エフォートレスパワー。スピードを上げるために努力しているように見えないスケーターほどハイスコアに値します。

Transitions(トランジション): 技術要素の入りと出を含む、中断のない一まとまりへの様々なトランジションとエレメントの融合。

プログラムの流れが途切れないことが重要です。確かに、スケーターはジャンプ、特に4回転ジャンプのために加速する必要があります。しかし、10秒間ただ直進して加速するのか、5秒間、幾つかのステップを実施し、残るの4秒間で加速するのかでは大きな違いがあります。そしてスケーターがスピードを出すことだけに集中しているのか、音楽を感じているように見えるのかで、観衆が受ける印象は異なります。

調和的にエレガントに実施されるステップ。

スケーターが助走で最も頻繁に行うのはクロスオーバーですが、他にもクロスアンダーやモホーク等もあり、時には動作に変化を与えるために短いグライドを入れる人もいます。いずれもシンプルな要素ですが、これらを実施する方法には差があります。そしてどんなステップも、例え簡単なステップであっても、美しく実施することも、見苦しく実施することも出来るのです。

Performance(パフォーマンス)身のこなし

特別な説明は必要ないと思います。スケーターの身のこなしとポーズが美しく、背筋が真っすぐに保たれている場合、そのスケーターは不格好な姿勢の選手、または行っていることに労力を使っていることが見ていて分かるスケーターよりも高い得点に値します。

ジャッジが犯すよくある間違いの一つとして、マストは以下を挙げています:
プログラムに含まれる4回転ジャンプの数に基づいて、高いPCSを与える。

マストの意見については別の機会に掘り下げるつもりです。彼女のこの意見は  ジャッジセミナーのトレーニング中に発言されたものですから、これがISUの見解ということになります(今もそうであること、そして彼らが馬鹿げた決定でこの競技にこれ以上の損害を与えないことを願いましょう)。実施された数に関係なく、クワドはPCSではなく、基礎点とGOEでカウントされます。そして重要なことは、スケーターが4回転ジャンプの前にどのような動作を行っているかということです。

私は、オリンピックの4つのショートプログラムに焦点を当てました。いずれのケースでも、コンビネーション前のリンクを対角線上に横断する滑走の前にクロスオーバーを行っていることを確認しました。スケーターはコンビネーションに入る前に70メートル以上滑走しますが、既に加速し始めています。彼らはどのように動いているでしょうか?姿勢は?

こちらはネイサン・チェンです。SS9.57, TR9.39, PE9.71, CO9.68, IN9.64, PCS47.99

身体のポジションと背中の傾斜を見るだけで、腕が最もシンプルなポジションにある状態で、明らかに加速しているのが分かります。最小限のバリエーションで、チェンはコンビネーションの準備に12秒を費やしています。確かに4Lz+3Tという難しいコンビネーションですが、このコンビネーション自体に基礎点とGOEがあります。そこに存在しないクオリティについてはPCSで評価されるべきではありません。実際、このジャンプの助走によってプログラムは中断されており、マストによる「ジャッジがよくやる間違いリスト」には「スケーターがジャンプの準備のために行ったり来たりしているプログラムの部分を忘れている」というのもあります。

執筆しながら、スクリーンショットを撮った後、私はチェンが他のスケーターのように前ではなく後ろに向かって滑っていることに気が付きましたので、動画を戻して4フリップの助走開始時のカーブにおける彼の姿勢を確認しました。

背中が30度傾斜しています。チェンが押していることに疑問の余地はありません。

彼は4フリップに集中しており、特に問題なくこのエレメントを実施しますが、彼の助走の芸術的価値はゼロです。13秒間の助走です。

次は鍵山優真です。SS 9.50, TR 9.25, PE 9.54, CO 9.46, IN 9.46, PCS 47.21

鍵山は少し腰が引けた姿勢になっていますが、背筋は真っすぐです。カメラアングルが変わった後、彼はターンして前向きに滑走し始めます。別の画像が欲しかったので、ソロジャンプも見ました。この場合、4サルコウです。

彼もジャンプに専念しているのが見ていて分かります。彼が前方に滑走している数秒前まで動画を戻すと、彼が助走しているのは明らかです。

ジャンプ前の加速は必要であり、私は何も加速するべきではない、と言っているのではありません。しかしジャッジ達は、スケーターがどうやってスピードを上げているのかを評価しなければなりません。すなわち「エフォートレスパワー、プログラムの流れが途切れることなく、エレガントに実施されるステップ」に該当するかどうか。

こちらは宇野昌磨です。SS 9.43, TR 9.21, PE 9.36, CO 9.39, IN 9.46, PCS 46.85

宇野は両腕を上げており、幾つかの振付動作を行おうとしています。宇野を注意深く観察すると、彼は両足滑走が多く、そのため、しばしば腕だけで振付動作を行っています(これは前にリンクした記事によれば、高得点に値しない特徴です)。しかし・・・私は以前、彼はお尻を後ろに突き出して滑ることが多いと書いたことがあります。決してエレガントでもエフォートレスでもない姿勢です。この姿勢を見ながら、私はフォワード・クロスオーバーも確認しました。

腕は先ほどと同じように振付動作を続けています。私の意見ではこのポジションは見苦しいですが、印象が良くなるという見方もあります。ただし、宇野の背中を見て下さい。彼の滑走速度はどれくらいでしょうか?そして滑走のためにどれほど労力を使っているでしょうか?そして背中のラインを中断する直立した頭部は、事をより悪くしているだけです。何故ならエレガントに見せる代わりに、非常に固く見せているからです。そして宇野の助走は鍵山より長く、チェンと同じぐらいの長さです。

こちらは羽生結弦です。SS 9.43, TR 9.43, PE 9.25, CO 9.54, IN 9.47, PCS 47.08

羽生はリラックスした姿勢です。彼の背筋は真っすぐで、両腕で振付のジェスチャーを行っています。これはチェンが行っていなかったことです。チェンは加速することにだけに専念せざるを得ないので、幾つかの振付をこなすのは難し過ぎるのです。羽生は宇野と違って左右非対称のジェスチャーを行っています。左右非対称の動きはより難度が高くなります。鍵山は両腕をもう少し動かしていますが、動画で見ると非常にシンプルな動きです。確かにこのスクリーンショットはコンビネーションから少し離れています。何故でしょう?それは、羽生はこの瞬間、滑走を始めたばかりですが、幾つかのステップを挿入して滑走を何度も中断しているからです。そのほとんどがシンプルなものですが、ステップは存在し、これは他のスケーター達が行っていないことです。ずっと助走しているのではなく、振付面に注意が払われているため、他のスケーター達と同じ進行速度でスクリーンショットを撮るのは不可能でした。そこで彼がこの数秒後に行っているスリーターンとグライドの後の、別の瞬間に注目することにしました。

羽生のクロスオーバーのスクリーンショットを撮るのは困難です。彼は常に何かをやていて、一つのポジションから別のポジションに動き続けています。スクリーンショットからは彼が方向変換しており、ただの助走ではなく、より豊かな動きを行っているのが良く分かります。頭、胴体、脚は常にエレガントなポーズを取っています。更に、上げた両腕は彼が振付に細心の注意を払っていることを物語っています。

他の3選手のフォワード・クロスオーバーのスクリーンショットを撮ったので、羽生のも撮ろうとしたところ、私は窮地に陥りました。このプログラムには合計6回しかクロスオーバーがなく、そのほとんどがバックワード・クロスオーバーなのです。そこでサルコウの数10秒前に行ったクロスオーバーを捉えなければなりませんでした。言うまでもなく、このクロスオーバーの後、サルコウを踏切るまで、ツイズルとアウトサイドスプレッドイーグルを含む無数のステップが続きます。

スクリーンショットは見難く、この角度からでは、この動きを正しく評価するのは非常に困難です。私達に分かるのは、羽生が背中を曲げるのではなく、深いアウトエッジによって身体の高さを低くして滑っているということです(曲がっているのは片足で、背中は真っすぐ伸びた方の脚と一直線になっています)。そして、ここでも彼は両腕(そして頭部)で左右非対称の振付ジェスチャーを行っています。

羽生の右太腿(背中ではなく太腿です)は間違いなく40度以上傾斜しており、これにより、羽生の体勢は宇野の体勢と同じように見えますが、2つの体勢は実際には違っています。全日本選手権から同じ瞬間のスクリーンショットを撮ってみました。こちらの画像の方が動きが弱冠見えやすいと思います。

プログラム全体におけるトランジションの難度、質、数を考慮せず、スケーターがどのように加速しているか、という点だけに注目しても、チェンのPCSスコアは全く正当化出来ません。羽生の動作は、彼が加速するのに忙しい瞬間でさえ、鍵山や宇野の動作よりずっとクオリティが高く、同様にチェンよりもクオリティの高いジェスチャーを実行出来ています。PCSの評価には深刻な問題があると言わざるを得ません。

☆筆者プロフィール☆
マルティーナ・フランマルティーノ
ミラノ出身。 書店経営者、雑誌記者/編集者、書評家、ノンフィクション作家
雑誌等で既に700本余りの記事を執筆
ブログ 書評:Librolandia スポーツ評論:Sportlandia

****************

☆文中で引用されているジェニー・マスト氏のISUジャッジセミナーの動画はこちらです。

マルティーナさんはこの前執筆した記事で、その内容について更に詳しく掘り下げていますので、いずれ翻訳出来ればと思います。

マルティーナさんは超人的な執筆ペースで北京オリンピックの男子シングルの試合における採点を各選手、各ジャッジ、ルールやガイドラインが定める各基準といったあらゆる観点から分析しており、その精密さたるや、外科手術並みです。この記事はほんのイントロダクションに過ぎず、これに続くもはや数10本に上る記事はいずれもこの記事の2倍から3倍の文字量です。

私は北京オリンピック男子フリーの羽生君以降の選手は未だに見ておらず、北京オリンピックに関しては羽生君以外、あまり見たくないし、正直思い出したくもなかったので、マルティーナさんの膨大な力作も翻訳していませんでした。しかし新シーズンが始まり、羽生君が現役を続行する、ということなので、少しずつ訳していければと思います。

最近のISU総会で演技構成点から「トランジション」と「音楽の解釈」が削除されることが決定しました(予算がひっ迫しているはずの組織が、何故かプーケット島の高級リゾートでどんちゃん騒ぎしながらの総会だったそうで、本来なら役職から締め出されるべきロシアのラケルニク氏も出席していたとか。ISUは真面目にやる気があるのでしょうか?)。

この決定について、ヨーロッパのフィギュアスケートファンは「ISUはフィギュアスケートを殺してしまった・・・」と嘆いています。

ISUはこの競技が何故「Figure Skating」と命名されたのか忘れてしまったのでしょうか?
エッジで氷上に描かれる図形からこのような名前で呼ばれるようになったはずです。
フィギュアスケートにとって最も重要な核は本来、ジャンプでもスピンでもなく、スケーティングスキルだったはずなのに、そのスケーティングスキルの高さが最も求められるトランジションを排除してしまうとは、一体何を考えているのでしょうか?

そして、フィギュアスケートはイタリア語、ドイツ語、フランス語、スペイン語などのラテン系の主要な言語では芸術的スケートと呼ばれています。芸術的なスケートである上で、「音楽の解釈」は必要不可欠だと私は思うのですが、ISUにとってはそれほど重要ではないのでしょうか。

今回の改正でポジティブな点は、シークエンスジャンプの得点がコンビネーションジャンプ同様、各ジャンプの基礎点がそのまま100%カウントされるようになったこと、そして過度のプレロテジャンプにペナルティが与えられるようになったことです。
しかし、プレロテルールに関してはジャッジが実際に試合でどのように適用するのかを見なければなりません。シリアスエラーのように、選手によって適用されたりされなかったりするのでは全く意味がありません。

ジャッジは「選手が誰か」に関係なく、純粋に氷上で回転している角度だけを見て判定するべきです。
それが出来ないのならAIにお任せすべきです。

Published by Nymphea(ニンフェア)

管理人/翻訳者(イタリア在住)。2011年四大陸チゴイネ落ち @pianetahanyu