再びマルティーナさんの分析記事です。
今回はチートジャンプの判定に切り込んでいます。
マルティーナ・フランマルティーノ著
(2021年1月20日)
フィギュアスケートはスポーツですから、当然ルールが存在します。このことには全員同意でいいですね?そして、全てのスケーターに対して公平でなければなりません。そのスケーターがいい選手かどうかは重要ではありません。重要なのは競技中に彼らが実施する内容です。それ以上でもそれ以下でもありません。
ジャッジ達はルールブックに則って得点を付けなければなりません。悪い得点が付いたらスケーター達は嬉しくないでしょうが、それが妥当な評価なら、ジャッジ達はその得点を与えるべきです。悪い得点は時には転倒やステップアウトなどのミスに起因していますが、この場合、その日に起こったことで、おそらく次の試合では起こらないでしょう。時にはケーターの技術が間違っていることがあります。そして間違った技術で実施されたエレメントに悪い得点を付けないのはもっと間違っています。
何故、間違いなのか?まず、そのスケーターにギフトを与えることは、実質的に正しい技術を持つ不利にします。ライバルに不当に与えられたギフトによって、その選手のアドバンテージが失われてしまうからです。更に、ギフトを受け取るスケーターのためにもなりません。スケーターが自分の技術が間違っていることを自覚すれば、改善するために努力出来ます。例を見ますか?これは2009年ジュニアグランプリファイナルの羽生結弦の3フリップです。
彼のジャンプには「!」が付きました(「e」が妥当だったかもしれません)。実際、この頃の羽生はフリップのエッジで多くのエラー判定を受けました。これは羽生のジュニア時代と彼にとっての最初のオリンピックシーズンまでのシニアの試合です。
試合で45本のフリップを跳び、「e」が28回、「!」が6回。何のコールも受けなかったフリップだけは11本だけでした。GOE平均は-0.36です。彼は全日本選手権でも、彼は最初の世界最高得点を出した後も、最初のオリンピック金メダルの後も3フリップでこのようなコールを受けました。彼はフリップのエッジに問題があることを自覚し、矯正に取り組みました。ここ数年間は、とりわけ彼がとても疲れている時にたまに!が付くことがありますが、ほとんどの場合、正しいエッジで踏み切っています。
スロー映像はいつもクワドや3アクセルをクローズアップしますので、3フリップの明確な映像を見つけるのは困難です。これは2018年ヘルシンキ・グランプリの3フリップです。彼はアウトエッジで軌道に入り、徐々に傾斜を変化させ、踏み切る時はややインサイドエッジになっています。
彼は正しい技術で跳んでいます。
それではネイサン・チェンの3アクセルを見てみましょう。これは2018年オリンピックのジャンプです。
彼の踏切は「スキッド」(ブレードをスライドさせる)です。ISUは、「明らかに前向きの踏切」ほど質は良くないにしても、一応正しいジャンプと見なしています。5枚目のスクリーンショットまで彼のブレードは氷上にあり、6枚目でようやく空中にいます。ここでは、彼の踏切は90°のプレローテーションです。
2019年世界選手権ショートプログラムスクリーンショットの3枚目から4枚目まで踏切。スキッドの幅が前より少し大きくなっているのが分かります。このジャンプは助走3秒、スキッドで跳び、着氷時のフリーレッグは少し高過ぎますから、「エフォートレス」なジャンプではありません。そしてジャンプのサイズに関するデータを見ると、幅2.66 m、高さ0.58 mです。私はこの大会のショートプログラムにおける全ての3アクセルのアイスコープデータをどこかに保存したはずですが、今はそのファイルを探している時間がありません。彼のジャンプは平均でした。
羽生結弦はバックカウンターからジャンプを跳び、出にツイヅルを付けていました。彼のジャンプは出場選手中最も大きく、幅3.62 m、高さ0.70 m、チェンより 0.12 mも高いジャンプでした。
従って彼らのGOEには明確な差が付かなければならないはずです。GOEプラス要件のブレット(項目)を思い出しましょう:
チェンのアクセルはGOEマイナスには値しませんが、プラス要件の最初の5項目を満たしていません。従って、+1より高いGOEには値しなかったはずです。
羽生のジャンプは6項目全てを満たしていましたから、+5に値しました。
実際のプロトコルを見てみましょう:
羽生のプロトコルで正しい得点は3つだけ。チェンのプロトコルでは正しい得点は一つもありませんでした。この試合のジャッジが誰か見てみましょう:
- Judge 1:Miroslav Misurec (CZE)
チェンに対してほぼ正しい得点を出した2人のジャッジの一人ですが、羽生には+4しか与えませんでした。どのブレットが欠けていてこのジャンプは+5に値しなかったのでしょうか?ルールによれば、このジャンプはブレット4,5,6の内、2項目を満たしていなかった、ということになります。1ブレットではなく2ブレットです。どのブレットでしょうか?ISUはジャッジ達にどのブレットを満たしていて、どのブレットを満たしていなかったのか明記させるべきです。内訳が全てが明確になれば、私達はジャッジの評価は正しいと確信することが出来ます。そして、もしジャッジ達が各項目の得点について理由を説明しなければならなくなれば、彼らはルールをより注意深く考慮し、ミスは減るでしょう。 - Judge 2:Antica Grubisic (CRO)。羽生とチェンに+4。一体どうやったらこの2つのジャンプが同じ評価に値するのでしょうか?彼女は盲目だったのか?それとも何ですか?そして、このようなミスをしたのは彼女一人ではありません。
- Judge 3:Albert Zaydman (ISR)ジャッジ1と同じ。
- Judge 4:Bettina Meier (SUI)ジャッジ2と同じ。盲目だったのか、それとも・・・
- Judge 5:Ariadna Morones Negrete (MEX)。羽生への+5は正しい評価です。 しかし、何故チェンに+3?彼のジャンプが満たしていた2つのブレットはどれですか?
- Judge 6: Cynthia Benson (CAN)ジャッジ5と同じ。
- Judge 7: Anny Hou (TPE)。羽生への+5はいいでしょう。しかし、チェンが+4の根拠は?
- Judge 8: Saoia Sancho (ESP)ジャッジ2と同じ。
- Judge 9:Philippe Meriguet (FRA)ジャッジ2と同じ。
つまり、この試合では4人のジャッジが完全に盲目、5人のジャッジが少なくともチェンの得点を間違えました。チェンの3Aは10.74ではなく、8.80が妥当でしたから、彼は1.94点のギフトを与えられました。一方、羽生の3Aは11.43ではなく12.00に値しました。彼は0.57点奪われました。
つまり、複数のジャッジによる採点ミスによって、チェンは羽生に比べて2.51余分な得点を貰ったことになります。
私はチェンが22.45点差で勝ったことを知っていますが、この(3アクセルのGOEに関する)矛盾は私が今チェックしているミスであり、プロトコルに見られた矛盾はこれだけではありません。
2019年世界選手権におけるチェンの3アクセル踏切のスキッドは確かに2018年オリンピックより大きくなっていました。では、彼のスキッドが最大だったのはどの大会でしょうか?
これはISUの古いVHSセミナーから切り取った画像です。
最初のスクリーンショットは四肢のラインと推進力を示しています。最後の画像は踏切です。スケーターはまだ回転を始めていませんが、空中では明らかに前向きです。ISUルールブックの説明を読んでみましょう。
明らかに前向き(アクセルジャンプの場合は後向き)の踏切はダウングレードジャンプと見なされる。
つまり、アクセルは後向きで踏み切ってはいけないのです。スケーターが後向きになってから踏み切ったジャンプはダウングレードと判定されなければなりません。
これは2021年全米選手権ショートプログラムにおけるネイサン・チェンの3Aです。
これはもはやスキッドではなく、後向きで実施されたジャンプです。彼はもはや氷上で90°ではなく180°回転しています。このジャンプは2回転にダウングレードされるべきでした。
プロトコルは以下の通りです:
もし平均的なクオリティのアクセルで+2.74の加点が貰えるなら、チェンは技術を改善する必要がありますか?
何のコールも受けず、非常に高いGOEが与えられれば、彼の技術は悪化します。
彼のコーチの哲学は改善するのではなく、ルールの抜け穴を見つけることです。
ラファエル・アルトゥニアン:私の計画ではオリンピックでネイサンを誰かと対等に競わせる気は全くない。 FS Gossips (fs-gossips.com) Sports.ru
今ではダウングレードされるべきジャンプで彼は+2.88も加点を稼ぐのです。次のステップは何でしょうか。
間違った技術が罰せられなければ、試合の結果がナンセンスになるだけでなく、フィギュアスケート自体も向上せず、後退します。
ISUはより優れたジャッジ団を形成し、バイアスのあるジャッジは資格停止にするべきです。そしてより透明性を高めるために尽力し、より正確なジャッジングのためにジャッジ達に必要なあらゆるツールを提供すべきです。これらのツールには踏切のスローモーションや多アングルからのリプレイが含まれますが、氷面のトレースを撮影するカメラも非常に便利です。下のスクリーンショットは先程と同じISUセミナーの映像から撮りました。
最初のスクリーンは完全に前向きで踏切った完璧な3Aです。
2番目も正しいジャンプですが、僅かにスキッド(ブレードのスライド)があります。エッジが少し離れた状態でブレードが氷上で回転を始めますが、方向の変化はあまりありません。
3番目は2018年と2019年にチェンによって実施されたアクセルのような、質の悪いアクセル(poor quality Axel)です(こう説明しているのは私ではなく、ISUのDVDです)。
ほとんど90°近いプレローテーションです。
プレローテーション180°のジャンプは氷面にどんな跡を残すでしょうか?トレースを見ることが出来たら、ジャッジ達はより正しく採点出来るかもしれません。
ISUが本当に公正な試合と競技の向上を望んでいるのなら、正しく評価するための全てのツールをジャッジ達に提供し、ジャッジ達は全選手に正しい得点を与えるべきです。
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☆アクセルにしてもルッツやフリップにしても本来の技術とは全く異なる、いわゆる「チートジャンプ」の蔓延も忌々しき事態ですが、一番深刻な問題はテクニカルの判定基準が全選手に対して統一されていないことです。
大会によって甘目、厳し目と多少の誤差があるのは仕方のないことですが、せめて同じ大会内では誰に対しても採点基準を統一すべきです。
しかし、今シーズンここまでに開催された数少ない試合を見ても、同じ大会内でさえテクニカルの判定基準に一貫性があるとは思えません。
スケアメと全米選手権は言うまでもありませんが、日本のNHK杯や全日本を見ても、容赦なく「!」や「e」や「<」が付く選手がいる一方で、明らかなフルッツや回転不足が見逃されて加点の付く選手もいました。
テクニカルパネルはグレーゾーンのエレメントは「疑わしきは選手に有利に」のルールに則って評価した、と主張するかもしれませんが、そうすると有識者がスロー映像を50回見返しても判別出来ないようなスピンの回転不足を見つけ出して、鬼の首を撮ったように「No Level」判定を下したことをどう説明するのでしょうか?
ロシア女子の話をすると、アレクサンドラ・トゥルソワは今シーズンの国内大会から突然3フリップに「!」が付くようになりました。
ロシアの選手達はルッツもフリップもエッジがフラットという印象ですが、その中でトゥルソワはエッジがクリーンな選手だと私は思います。
特にルッツは踏み切る直前までエッジをアウトにキープ出来ている、ロシアでは数少ない選手の一人です(スローで見ると、多くの選手がルッツの踏切直前にエッジがフラット、またはインに傾いてしまっているのが分かります)。
問題の3フリップを見返すと、確かにフラット気味に見えなくもないですが、彼女の3フリップを「!」にするなら、シェルバコワのフリップとルッツにも少なくとも「!」を付けるべきでした。
ロシアの試合映像ではジャンプの踏切から着氷までかなりスローにして見せてくれますので、私のような素人にも、間違ったエッジ、1/4以上の回転不足がはっきり分かります。
テクニカルの皆さんに見えていないはずはないと思うのですが、対外アピールもために連盟推しの選手はわざと見逃して爆盛する方針なのか、あるいはテクニカルは視聴者とは別の、もっと分かり難い映像を見ているのか・・・
エッジエラーや回転不足などのミス見逃しの一番の被害者は勿論、テクニカルやジャッジに優遇されていない選手、あるいは正しい技術でエレメントを実施している選手ですが、見逃される選手のためにもなりません。
女子のショートプログラムはクワド禁止ですから、3フリップと3ルッツを入れられれば基礎点的に理想的です。
ルッツとフリップのどちらかが苦手で、エッジに!やeが付く可能性のある選手とそのコーチは悩むでしょう。
リスクを冒して3ルッツと3フリップを両方入れるか?
あるいは、基礎点は少し下がっても手堅く3ループで行くか?
ショートプログラムはジャンプ要素が3つしかありませんから、その内の1つで減点されれば、トップを狙う選手達にとっては致命的です。
しかし、例え国内大会であっても、どの試合でも「!」や「e」が一度も付かなければ、選手とコーチは気が大きくなってショートプログラムを3フリップと3ルッツの構成に固定し、エッジを真剣に矯正しようとはしないでしょう。
しかし国際大会のテクニカルが同じように寛大に判定してくれるとは限りませんし、グランプリ大会やチェレンジャーシリーズで見逃されても、五輪や世界選手権のような重要な大会でいきなり厳しく減点されてメダル争いで致命的な数点を失うかもしれません。
平昌五輪シーズンのポッドキャストでもマッシミリアーノさんとアンジェロさんがテクニカルパネルの判定基準のバラツキは選手を混乱させると、苦言しています。
選手のため、フィギュアスケートの発展のため、競技の信頼性のためにも、公正で正確な判定が求められます。
人間の能力に限度がある、というのならAI導入や複数カメラの設置といったソリューションを真剣に考えるべきです。
最近のISUはアワードとか世界フィギュア公式ソングとか、力を入れるところがズレていませんか?
そんなことに充てる資金があるのなら、ジャッジとテクニカルの質の向上など、競技の本質的部分の改善に投資するべきではないですか?