エネルギー価格高騰によるアイスリンク問題を考える

先日、羽生君のホームリンクであるアイスリンク仙台が、電気代の高騰を理由に6月から8月まで一般営業を中止するというショッキングなニュースが飛び込んできました。

羽生結さん拠点のアイスリンク仙台、6~8月の一般営業中止…電気代高騰が直撃|読売新聞

読売新聞の記事によれば、施設内の電気代が従来の3倍に膨れ上がったそうです。外気温が高く、設備の冷却に高い電気代がかかる日中は休業し、稼働時間を夜間早朝の貸切営業とスケート教室だけに制限して何とか夏を乗り切ろうという苦渋の決断なのでしょう。

プーチンが一方的に始めた侵略戦争は、人道的に許しがたい犯罪行為であるのは勿論ですが、経済的にもエネルギー価格の異常な高騰を引き起こし、世界中のあらゆる分野が多大な迷惑を被っています。そして、フィギュアスケートの世界にもその影響が目に見える形で陰を落とし始めました。

原発を持たず、電気もガスも輸入頼みのイタリアが受けた打撃は深刻です。自国でエネルギーを殆ど生成出来ないイタリアは元々、電気代の高い国ですが、ウクライナ侵攻によって光熱費は以前の3倍に跳ね上がりました。そして光熱費高騰によって企業や工場が倒産・閉鎖したために、特定の分野では需要に供給が追い付かず、物価の上昇にますます拍車がかかるという悪循環に陥っています。

そしてイタリアでは既に昨年の秋頃にアイスリンク存続の危機が報じられていました。

電気代高騰、イタリアのアイスリンクは閉鎖の危機|In Italia

昨年9月の記事で、異常な電気代高騰によって閉鎖した、または既に閉鎖が決定したリンクについて書かれています。

閉鎖したリンクの一つ、ヴェネト州ベッルーノ県にあるアルヴィーゼ・デ・トーニは、1984年に建設された2500人収容の歴史あるアイスホッケー用リンクですが、8月の電気代は5万3千ユーロ(日本円で約821万円)だったそうです。他にもドロミテ渓谷のスキー場に併設された多目的アイスリンク「タイ」、ミラノ県サンドナート・ミラネーゼのアイスリンクも閉鎖されると書かれています。いずれも2026年ミラノ-コルティナ五輪が開催される県にあるアイスリンクです。自国開催の五輪に向けて大切なこの時期に、複数のアイスリンクが閉鎖に追い込まれたことは、競技連盟にとっても、練習場所を奪われた選手達にとっても大打撃なはずです。

アイスリンク「タイ」を拠点とする氷上スポーツ地方連盟の責任者のコメントも悲痛で泣けます・・・

「言葉がない・・・パンデミック、行動制限、三回転宙返りのような2年間を乗り越え、血を吐きながらも、手を固く握り合い、団結し、歯を食いしばって何とか続けてきたのに、今、冷水を浴びせられた。 私達のホームである「タイ」スタジアムは、エネルギー価格の高騰により閉鎖される」

記事ではイタリア氷上スポーツ連盟会長の発言も紹介されています:

「私は、氷上競技のための資金調達を目的とした法令を作って欲しいとスポーツ保健省に訴え続けている。問題は、我々がマイナースポーツだということだ。 9月初旬、私はこの非常にデリケートな問題を知ってもらうために、政府と全ての関連機関に書簡を送った」

競技を救うために、氷上スポーツ連盟の会長が自ら、スポーツ保健省に何度も訴え、政府や各種機関に直訴状を送っていると・・・しかしマイナースポーツの悲しさかな、前途多難というのが彼の言葉から伝わってきます・・・

危機に瀕しているのはアイスリンクだけではありません。
ISUは大会の開催都市を見つけるのに苦労してます。

2024年フィギュアスケート欧州選手権の開催地に決まっていたハンガリーが、やはり電気代高騰を理由に辞退しました。

ハンガリーが資金不足で欧州選手権2024の開催を断念|OA Sport

ハンガリー連盟の正式な声明はこのようになっています

「近隣諸国での戦闘行為の長期化、紛争による経済とエネルギー価格への影響を理由に、長い議論の末、MOKSZ(ハンガリースケート連盟)は2024年フィギュアスケート欧州選手権の開催を辞退することにした」

ハンガリーは避難民の受け入れから物資の供給まで、ヨーロッパ諸国の中でも最もウクライナに寄り添って支援している国のひとつです。開催地を辞退したのは、ロシアによるウクライナ侵攻のせいだとはっきり名指しています。

それでなくても、昨シーズンはグランプリ大会も欧州選手権も明らかに赤字でした。
収容人数8000人強のトリノのパラヴェーラで開催されたファイナルは衝撃的なほどガラガラでした。地元の学校などにタダ券をばら撒いたようですが、客席は全く埋まらず、潤沢な利益をもたらした2019年ファイナルとの余りの違いにイタリア連盟は蒼ざめたに違いありません。

フィンランドで開催された欧州選手権はトリノよりはお客が入っていましたが、満席には程遠く、おそらく採算は取れていないでしょう。
ただでさえフィギュアスケートの人気低下によってお客が集まらず、赤字になるリスクが非常に高いのに、この異常な電気代高騰で、大会を開催して利益を出すのはほぼ不可能であり、特にヨーロッパの各国連盟は自国開催に今後ますます消極的になりそうです。
ISUはアワードなどを開いている場合ではありませんでした。不必要なアワードに投資するよりも、大会を開催してくれそうな国に開催資金を援助するのが競技団体としてまずやるべきことでしょう。

スピードスケートも同じ問題を抱えていそうですが、実はスピードスケートでは少し事情が異なるようです。スピードスケートの場合、この競技が国技であるオランダが、自国が誇る潤沢な施設を惜しみなく提供し、ワールドカップなどの主要大会の開催を一手に引き受けてくれているようです。私からしたらスピードスケートはフィギュアスケートに比べてずっとマイナーなイメージですが、この競技を国技とするオランダのおかげで、開催場所の心配はないようなのです。オランダ以外の国の選手の練習場所の問題はフィギュアスケートと同じでしょうけれど。

同じようにアイスホッケーが盛んなカナダでは練習リンクの問題はありません。アイスリンクの数が非常に多いからです。トロント在住のモモ博士に伺ったところ、カナダでは人口に対するアイスアリーナ率が1万人に1アリーナで、そのほとんどが市などによる公営だというのですから驚きです。

日本でも真央ちゃん人気に続き、地球レベルで爆発した羽生君人気のおかげでフィギュアスケートの人気が高まり、競技人口も増えましたが、スター選手のもたらした一時的な隆盛であり、例えが悪いですがあぶく銭のようなもので、国民的スポーツとしての揺るぎない伝統を持つオランダにおけるスピードスケート、カナダにおけるアイスホッケーとは設備環境や国による支援体制が異なります。ISUやスケ連のトップがもう少し賢かったら、ただのあぶく銭にせずに済んだのかもしれませんが、目先の利益だけ享受して競技の未来に繋げらませんでした。

日本では、特に関東では強化選手でも一般リンクで一般客と一緒に練習していたり、羽生君もオリンピックシーズンでさえ一般リンクで夜間に練習していました。競技の注目度や人気に対して、国内のリンク環境は恵まれているとは言えません。そして光熱費が高騰する今、アイスリンク仙台のような民間リンクの場合、スポンサー企業からの支援が多少あったとしても、リンク使用料を収入源とする経営形態では採算が合わないというのが現状なのかもしれません。このまま電気代高騰が続けば、アイスショーも、特に夏季に開催する場合、運営コストが高くなり、チケット代が上がるばかりでなく、開催が危ぶまれるところも出てくるでしょう。

徹子の部屋SPで羽生君は新リンク建設の話があれば、是非お手伝いしたいと言い、TELASA配信版では、建設費などかなり具体的なことまで言及していました。彼はホームリングの閉鎖で練習場所を失う憂き目に2度遭っています。毎晩、練習に通っている彼なら自分のホームリンクの窮状を知らない訳がありません。いつか自分や地元のスケーターがいつでも安心して練習出来る通年リンクを東北の地に、というのは、何度もリンク難民を体験した彼の悲願なのでしょうね。

彼は技術の進化によって、以前ほど建設費がかからなくなったと言っていましたが、ランニングコストについても同じことが言えます。

ヨーロッパでは建物のエネルギー効率をAからGまでの7段階で評価していますが、数年前、欧州委員会が2033年までに全ての建物が評価E以上の基準を満たすことを義務づける「建物のエネルギー性能指令の改正案」を発表したことを受けて、特に電気代の高いイタリアでは、ここ数年、住居のエネルギー効率を改善するためのエコ改築がブームになっています。エコ改築にかかった工事費を最大10年間かけて税金控除で回収出来る「エコボーナス」なる国の政策も手伝って、空前の建設・改築ブームが続いています。
エネルギー効率を向上する方法は、屋根や壁に断熱材を挿入する、窓を特殊断熱サッシ+3重ガラスにする、高効率ボイラーと交換する、太陽光パネルの設置や地熱発電の導入など。
専門家の計算によれば、断熱材を挿入した場合、8階建てのマンションで45%、2階建ての一軒家で33%の光熱費節約を見込めるそうです。

グリーン、サステナビリティ、ゼロエミッションが推奨される今の時代、エネルギー効率を高める建材がどんどん開発されていますから、最新技術を駆使して然るべき基準に則って建設されたアイスリンクは、数十年前に建設されたリンクに比べてランニングコストがずっと安く済むはずです。

エネルギー価格高騰が深刻なヨーロッパでは、合成氷リンクも開発されています。

Glice スイスが開発した合成アイスリンク

元々、アイスリンクを作るのが困難な暑い国にもスケートを普及させるために開発されたようですが、イタリアでも「ローコストでエコロジーなアイスリンクを作ろう!見積もりはこちらから」なんて広告を最近見かけました。イタリアの氷上スポーツ界にとって、電気代高騰による影響は、日本よりずっと深刻ですから、電気も水もいらない合成氷は、今後もっと普及していくかもしれません。

羽生君は大会やアイスショーなどのイベントも開催出来るようなリンクにしたい、と言っていました。そうすると、観客席のあるメインリンクと、スケーター達が何時でも練習出来るサブリンクの少なくとも2面のリンクを備えた大型施設が理想的です。

ディズニーさん、宮城に夢のディズニーアイスランドを作りませんか???


ささやかだけれど、私達に出来ること

印税はアイスリンク仙台に寄付されます

Published by Nymphea(ニンフェア)

管理人/翻訳者(イタリア在住)。2011年四大陸チゴイネ落ち @pianetahanyu