Corriere della Seraより「フィギュアスケート界は差別的思想が蔓延する世界」 

毎週水曜日に全国新聞「コリエーレ・デッラ・セーラ」に付いている女性ファッション誌「F」に連載されている作家でジャーナリストのコスタンツァ・リッツァカーザ・ドルソーニャさんのコラム「Anti.Corpi」(抗体)より

読者の相談に答える形で美容、スポーツ、ダンス、差別や偏見との闘いなどのテーマを掘り下げるコラムです。5月のコラムですが、フィギュアスケートはゲイのスポーツだと学校でいじめられている息子の母親の相談に答え、ネットでちょっとした騒動になったイリア・マリニンの発言を挙げて、フィギュアスケート界に根強く存在する差別的思考について言及しています。

フィギュアスケート界に蔓延するLGBT差別

筆者コスタンツァ・リッツァカーザ・ドルソーニャ
2023年5月17日


親愛なるコスタンツァ
一年前、10歳になる私の息子はフィギュアスケートの練習を始め、夢中になっています。問題は、フィギュアスケートはここスイスでは割と人気があるにも拘わらず(息子のアイドルは母国のチャンピオン、ステファン・ランビエールです)、学校で「ゲイのスポーツ」とクラスメイト達からからかわれるということです。私は自分の息子がゲイかどうか知りませんし、例えそうであっても構いません。問題はそこではないのです。問題は、息子が受けているイジメについて彼のコーチに相談した時、私が期待していたほど親身になってもらえなかったことです。この時代遅れな文化が終わる時は来るのでしょうか?
マリアンナ

親愛なるマリアンナ
つい先日、アメリカの右翼政治評論家マット・ウォルシュが番組の中で「スケート靴を履いた男性」、特にフィギュアスケーターを「繊細で男性的ではない」と揶揄したばかりです。スケーターの脚が筋肉の塊であるという事実に関係なく、あなたが言うように、これは文化的な問題です。
数週間前には、これまでも人種差別発言が目立つ別のアメリカ人、スケーターのイリア・マリニンが、ゲイだと宣言した方が演技構成点が上がると発言しました。同胞のネイサン・チェンが使った言葉とほぼ同じです。彼は数年前に「ゲイに支配された」スポーツでは異性愛者であることに「フラストレーションを感じている」と発言しました。これはLGBT差別的な考え方であり、現実とは真逆の見解です。実際には、フィギュアスケートは汚職と人種差別に加え、LGBT差別が蔓延するスポーツだからです。マリニンの発言はチェンの発言同様、「国益」のために許されました。チェンに2022年北京の金メダルが約束されていたように、マリニンにはミラノ-コルティナ2026の金メダルが用意されています。従って、カミングアウトしているアメリカのスケーターでさえ誰一人マリニンを非難しませんでした。それどころか、1988年カルガリーの金メダリストで、2013年のソチオリンピック前夜にカミングアウトしたブライアン・ボイタノは、マリニンを擁護して、このメロドラマに参戦しました。
しかし、おそらく何かが変わろうとしているようです。フィギュアスケートを統括する団体であるISUは、最近、同性ペアが国内大会のペアとアイスダンスの試合に出場することを認めたカナダ連盟の画期的な提案を採用することを近々決定するかもしれません。同性愛者を犯罪者扱いし、数年前に女子のパンツルックがようやく認められたスポーツであるフィギュアスケートで(ウクライナ侵攻によって競技会から締め出される前はアメリカと金メダルを分け合っていたロシアの反応は別として)、もしこの提案が採用されたら革命的なことです。見せかけだけではないことを期待しましょう。


筆者のコスタンツァ・リッツァカーザ・ドルソーニャさんはコリエーレ・デラ・セーラ紙のジャーナリストであると同時に、数々の童話や小説を発表し、著書の多くが海外でも翻訳出版されている人気作家です。

特に雨の夜に彷徨っているところをコスタンツァさんの兄に拾われ、彼女が飼うことになった子猫が主人公の童話「黒猫ミロ」シリーズは、先天的な障害を持つ猫の成長を通して、ダイバーシティ&インクルージョン(多様性と調和)のテーマを扱った作品で、童話カテゴリーを超えて老若男女の読者を獲得し、イタリアでベストセラーになりました。「黒猫ミロ」は既に2冊出版され、この秋に3冊目が発行されます。

コリエーレ・デラ・セーラ紙付属の雑誌「F」で連載されている差別やコンプレックスに悩む読者の相談に答えるこのコラムは、読者の反響がとりわけ大きい人気コーナーです。

80年代からフィギュアスケートのファンというコスランツァさんは、長年ニューヨークに住んでいました。彼女の話では80‐90年代当時からアメリカのフィギュアスケート解説者の人種差別/LGBT差別発言は目に余るものがあったそうです。例えば、テレビの実況で日本人スケーターの体型や容姿を馬鹿にする発言をすることは日常茶飯事だったとか。クリスティ・ヤマグチやミシェル・クワンがチャンピオンになった時も、実況中にアジア系の彼女達の容姿を揶揄することがあったそうです。しかし、国内でミシェル・クワンの人気が爆発すると、今度は手の平を返したように、フィギュアスケート界のニューヒロインとして彼女を称賛し始めました。自国の解説者やメディアから推された訳ではなく、自力で大衆の支持を得て、最終的に国内メディアを味方につけたという点において、ミシェル・クワンは羽生君と似ているのかもしれません。

平昌から北京にかけて、羽生結弦が出場していない全米選手権の実況中でも自国チャンピオンの強力なライバルである彼を下げるような発言をしていたアメリカ解説者の質と思考回路は、80‐90年代から変わっていないのでしょう。ただし、この場合は差別ではなく、自国メディアと連盟が、怪しげなエージェントのアリ・ザカリアンまで巻き込んで総力を投じてなりふり構わずゴリ押しした自国のチャンピオンが、自国の連盟からもメディアからも全く推されずにスーパースターになった羽生結弦が持っているものを何一つ得られなかったことへの嫉妬とコンプレックスが根底にあるのかもしれません。

イタリアではフィギュアスケートの競技人口は激減しており、ロシア不在の今シーズン、イタリアの選手は特にペアとアイスダンスで華々しい成績を収めましたが、マッシさんは彼らの後に続く人材が全く育っておらず、女子に関してはノービスまで見渡しても将来有望なスケーターが全くいないとイタリアにおけるフィギュアスケートの未来を危惧していました。

長年フィギュアスケートを見ているコスタンツァさんは、フィギュアスケートの人気低下の原因として、フィギュアスケートはゲイのスポーツという偏見による競技人口の低下(競技人口が減少すれば、当然試合を見る人も少なくなります)と不可解で不透明なジャッジングを挙げています。フィギュアスケートよりずっとルールが分かり易いサッカーやテニスでも、微妙なオフサイドやラインを割ったか割らなかったかで議論が巻き起こるのです。どう見てもロシアとアメリカの選手が優遇されており、ルールの基準ではなくジャッジの自由裁量に基づいて採点されているとしか思えない公正性に欠く競技が、スポーツファンからソッポを向かれるのは当然です。

これまでは巨大なファンダムを持つ羽生結弦のおかげで、ISUはフィギュアスケート自体の人気の落下に気付かず、危機感を持っていなかったでしょう。しかし、羽生結弦のプロ転向により彼のファンダムもフィギュアスケート競技から去り、ここ数年間、羽生君個人がもたらした大盛況の裏で、フィギュアスケート自体の人気は下降の一途を辿っており、もはや崖っぷち状態、というシビアな現実が白日の下に晒されました。

ISUは2022年の決算報告書で「最も人気のある日本人スケーター」が競技から引退したことを収入激減の理由の一つして挙げています。氏名こそ明言していませんが、羽生結弦であることは明らかであり、決算報告書で一スケーターに言及することは前代未聞です。

私はツイッターはあまり見ませんので、マリニン選手の差別発言騒動を知ったのは、随分後になってからでした。しかし、世界選手権に出場するレベルのアスリートが、ソーシャルネットワークで平然とこういう発言するということは、アメリカのフィギュアスケート界がこのような差別思考に染まっているのではないかと思わずにはいられません。

この発言は当然のことながらネット上で炎上を引き起こし、まずいと思ったマリニン選手はティーンエイジャーの他愛のない過ちだと思って大目に見てね、と謝罪()したそうですが、イタリアを始め、ヨーロッパの多くの国で18歳は成人とみなされます。そして、若いからといって許されることと、そうではないことがあると私はあります。

私はニース世界選手権FS後の羽生君のインタビューが忘れられません。

「被災地のために何かをしよう、または演技をすることで元気が出てもらえばという思いで滑っていんですけど、最終的にこの世界選手権のショートを終えて、母と色々話して・・・それは違うんだなと。逆に僕達は支えられて、元気を与える、元気をつけてあげるような立場ではなくて、逆にもらっている立場なんだということを知って、それをしっかり受けと止めることで、最後まで演技しきれたのかなと思っています」

この時の彼は17歳になったばかりでした。
聖人君主のような羽生君と比べるのは酷ですが、最近の若いスケーター達の発言を聞いていると、強化費をもらい、国を代表するアスリートであるという自覚があまりないように思えます。そして、スケーターと(元スケーターの)解説者を含む競技関係者の人間的質の低下は、その競技の人気低下に繋がりかねないということを当事者はもっと自覚すべきだと私は思います。

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Published by Nymphea(ニンフェア)

管理人/翻訳者(イタリア在住)。2011年四大陸チゴイネ落ち @pianetahanyu