イタリア解説EuroSport版「プログラムの複雑性とスト―リーを語る振付を失うべきではない」+雑感

北京オリンピックの女子フリー第1グループの6分間練習から
ルールについてのマッシミリアーノさんとアンジェロさんの議論が興味深かったので翻訳します。最後に羽生君の名前も出てきます。

マッシミリアーノ・アンべージ(M)冬季競技アナリスト、ジャーナリスト
アンジェロ・ドルフィーニ(A)元男子シングル伊チャンピオン、コーチ、国際テクニカルスペシャリスト

M:ショートプログラムではコントロールパネルは非常に厳格で、70点に到達出来た選手は僅かだった。
行きつく問題はいつも同じだ。
解決策を見つけなければならない。
つまり、コントロールパネルの基準は何時でもどこでも等しくなければならない。

A:僕達は団体戦と女子ショートでも基準に大きな違いがあるのを見た。

M:勿論だ
もし、基準が常に統一されているなら選手もコーチも戦略を立てやすい。
もし、試合によって基準が変わるなら、選手は本来冒すべきではないリスクを敢えて冒すだろう。

A:コントロールパネルはその試合内における公正性と言う点においては勿論、選手達が最善の練習と戦略を行えるためにも、常に等しい基準を保証しなければならない。
例えば真っ先に思い浮かぶのが樋口のフリップだが、ショートでは認定され、フリーで!やeが付いたら彼女とそのテクニカルスタッフは混乱し、適切なジャンプ構成を選択するのが困難になる。

M:しかし審査における一貫性は、未来のフィギュアスケートに向けたあらゆる思考の基本になる。
何故なら、選手達はどの試合でもどのテクニカルパネルが来ても大丈夫というモットーで練習すべきだからだ。
だからこそ今、エレメントの判定にテクノロジーを導入する時がやってきたのだ。
機械なら3ルッツのエッジの傾斜を正しく判断出来る。
人間の肉眼は必要なくなる。
回転についても同じだ。
このような電子アルゴリズムを開発するのがそれほど困難だとは思わない。
資金がかかる?大歓迎だ。
これでどれほど批判は減らせるだろうか。
テクノロジーが存在するなら、フィギュアスケートに適用すべきだ。
これまでフィギュアスケートにはこれが欠けていて、様々な批判を生み出してきた。
ソーシャルを開くと、一般ユーザーが動画をスロー解析してこれは回転不足だ、qだ、フルッツだとやっている。
そうではなく、テクニカル達に然るべきツールを提供するべきだ。ソフトウェアの構築はそれほど難しくないはずだ。
離氷時のエッジの傾斜を画面が捉える
インエッジならフリップ、アウトエッジならルッツ、もしフラットならどう判断するかガイドラインが適用される。これがこれほど難しいことだろうか?

A:間違いなくこれがフィギュアスケートが進むべき道だ。簡単ではないが、例えば回転の
微妙な違いは判断出来るようになる。
既にリプレイの技術は改善され、より客観的に判断出来るようになった。
しかし試合によって基準に差があるという問題は残されている。
平凡なことではないが、解決策を見つけ出し、改善する道を模索していかなければならないのは確かだ。
ただ、僕が恐れていることが一つある。
確かに君の言ったことは正しいし、これら全ての問題、特に審査の一貫性を保証するための解決策を見つけなければならないがのは確かだ。しかし、僕は・・・細部に注目するあまり、全体的な印象を見失ってしまうことがあると感じている。
この点についても君はしばしば議論しているよね。例えば演技構成点の評価における基準の違い、多岐に渡る各評価項目。そして特に視点の違い。これは僕が試合で何度もスペシャリストを務めているから言えることだけれど、細かいことばかりを気にして審査する人は、プログラムの複雑性、ストーリーを語る振付を完全に見失ってしまう。

僕達はこれらの遺産(プログラムの複雑性、ストーリーを語る振付)を絶対に失うべきではない。何故なら、これらはこのスポーツの必要不可欠な部分でだからだ。
残念だが僕はこれらが失われようとしていると思う。男子の試合は僕にそのような印象を与えた。

M:この戦いが始まって、もう10年になるよね。
プログラムの2つの部分、芸術面と技術面の均衡を見つけるのが困難になったと僕達が強調し始めたのは10年前だった。
そして最近は更に悪化した。
僕達は解決策を幾つ提案した?
僕達は演技構成点を計算する係数を変更する案も出した。
演技構成点の係数も技術的進化に適応して上がらなければならない。
もしショートプログラムの技術点の達成可能最高点が55点なら、プログラムの完成度を評価する演技構成点も55点でなければならない。
そうでなければ、均衡を保つのは無理だ。
これはアイスダンス以外の全てのカテゴリーについて言えることだ。
しかし、このような改正は行われなかった。
だから今日も僕達は、技術点で130点に達する選手を見られるかもしれないけれど、演技構成点の満点は80点なのだ。
これはスポーツだ。
つまりフィギュアスケート競技で勝つことは重要だよね?
4回転ジャンプを跳べば跳ぶほど勝てるルールなら、選手は出来るだけ多くの4回転ジャンプを跳ぶだろう。
しかし、もし演技構成点と技術点の比重が同じなら、選手達は4回転ジャンプばかりのプログラムは滑らない。何故なら芸術面が疎かになり、演技構成点が下がるからだ。ただし一部の選手を除いて。

今日は何度か転んだ選手が金メダリストになるかもしれない。
そんなのが見たい?
しかしルールがこれを許すなら、皆この方向性で行くだろう。
細部まで磨かれたプログラムではなく、技術面を極端に押し上げたプログラム。何故ならこれで試合に勝てるからだ。
そして男子シングルには、技術的卓越の頂点に達し、同様に芸術性でも頂点に達した羽生のような選手がいる。
しかし、彼のような黒鳥(希少種)が何羽いる?

A:片手で数えられるほどもいない

M:その彼が4アクセルに挑戦した。

A:その通り。
この意味で非常に鮮烈な例だったと言える。自分の芸術的クオリティを少し失うことになっても、彼は跳ぶことを選んだ。

M:こうすることで彼はこの採点システムの問題を提起したのだ。
正しい思考によって改正され、正しく運営されるべく

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☆雑感色々・・・
女子の試合は北京オリンピックで楽しみにしていた種目の一つでしたが、ワリエワのドーピング騒動のせいで不穏な雰囲気に包まれ、最終的に非常に後味の悪い大会になってしまいました。
樋口新葉ちゃんがショートとフリー共に3アクセルを成功させた今大会唯一の選手になり、坂本花織ちゃんが銅メダルを獲得したことが救いでした。

ワリエワのドーピングについては「おじいちゃんの薬が残ったコップで飲んでしまった」云々のあり得ない言い訳を出してきた時点で、私はクロだと思いました。本人は禁止薬とは知らず、サプリメントぐらいのつもりで摂取していたのかもしれませんが、練習効率を上げる目的で、試合がない時期に体力回復効果があるトリメタジジンを常用していたのではないかと思ったのです。練習効率を向上するための薬なら試合で摂取する必要はなく、日数を計算して薬を止めれば試合中の検査では陰性になります。今まで巧くやっていたから検査に引っ掛からなかっただけで、サンボ70では組織的に選手達にこのような薬を与えているのではないか・・・・今回のワリエワ騒動はそんな疑念を抱かせました。
15歳のワリエワは保護対象の年齢ということで大会へ出場を許可されましたが、結果的に五輪期間中、世界中の非難の嵐にさらされることになり、金メダルを夢見て意気揚々と北京にやってきた少女は、失望と涙で大会を終えることになりました。
彼女はおそらくフィギュア史上最もコンプリートな女子スケーターだと思ってましたので、こんなことになってしまって本当に残念です。
しかし、ドーピング疑惑が晴れたわけではないワリエワを表彰したり、自国が侵略戦争を始めて一般市民まで殺戮しているというのに、国際大会からのロシア選手除外を抗議するロシアの重鎮達の発言を聞いていると、ロシアのスポーツ界は倫理観がどこか狂っているのではないかと思わずにはいられません。
確かにロシアの選手には何の罪もありませんが、ウクライナの選手達はロシアのせいで練習や競技が困難なばかりか、日々命の危険に晒されているとは考えないのでしょうか。
今回の件ではワリエワだけをスケープゴートにするのではなく、WADAがこの問題をもっと根本から調査してくれることを願っています。

スペインペアの女子選手からも禁止薬の筋肉増強剤が検出され、ドーピングと騒がれましたが、マッシさん曰く、皮膚の傷や靴擦れなどの回復を促進する軟膏にこの成分が含まれているそうで、その選手は知らずに塗ってしまったのではないかと。
この成分が禁止薬リストに加わったのは数年前のことで、ヨーロッパのスポーツ界では普通に使われていた軟膏だそうなので、こちらの方は本当に不運なミスであった可能性が高いです。

オリンピックのテクニカルパネルですが、団体戦は激甘、女子の試合は非常に厳しい印象を受けました(ただし一部の選手を除いて)。
団体戦では特にエッジの判定が甘く、かなり微妙なルッツやフリップに!さえ付きませんでした。
一方、女子個人戦のテクニカルは非常に厳格でしたが、基準が統一されていた訳ではありません。
後半のジャンプの回転がことごとく怪しく、マッシさんとアンジェロさんが「TESは速報値に比べて大暴落するだろう」と言われていたマライア・ベルとアリサ・リウのTESはほとんど下がらず、「回転は足りているだろう」と言われていた新葉ちゃんのショートのフリップとフリー後半の3ルッツ‐3トゥループにqが付きました。
アメリカの選手に対して寛大で、日本の新葉ちゃんに対して非常に厳しかったのは偶然でしょうか?

羽生君の4Aは回転不足と判定されましたが、もっと足りてないように見えたジャンプが認定され加点まで付いていました。そもそも人間の肉眼で90度と91度の違いを見分けることが可能なんでしょうか?

ISUがようやく重い腰を上げ、離氷時のプレロテと回転を判断するAIの導入を目指しているとか。
「遅い!」とは思いますが、イタリアには「Meglio tardi che mai」という諺があります。「やらないよりは、遅くてもやった方がいい」と言う意味です。
プレロテ減点のルールは一度導入され、パンデミックを理由に撤回されましたが、今回は発表したからには途中で引っ込めたりせず、責任を持って実行して頂きたいものです。

Published by Nymphea(ニンフェア)

管理人/翻訳者(イタリア在住)。2011年四大陸チゴイネ落ち @pianetahanyu