FantasyMagazineより「GIFT – Ice Story 2023」総評

小説や映画の評論誌「FantasyMagazine」に寄稿されたマルティーナさんのGIFT評です。

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マルティーナ・フランマルティーノ

羽生結弦と共にフィギュアスケートが東京ドームに初登場した。複数の芸術形式の融合から生まれた前代未聞のスペクタクルである

まず目に飛び込んでくるのはそのスケールの大きさである。東京ドームというアリーナの巨大さ。そして35000人の観客がこの前代未聞のスペクタクルを見ようと待ち構えている。この公演が前代未聞である理由は、ドーム内に史上初めてアイスリンクが設置されたからだけではない。前代未聞なのは、公式サイトで「氷上で語られる羽生結弦の半生と未来」と説明されているショーGIFTそのものである。しかし、舞台で繰り広げられたものは、言葉による説明を遥かに上回っていた。氷上で展開される物語であり、そのスケールはリンクの中だけには留まらない。

フィギュアスケートでは、複数のスケーターによって次々に披露されるプログラムで構成されたアイスショーを見るのが一般的だが、2022年の秋に羽生結弦はおそらく史上初となる単独ショー、プロローグを既に発表している。この時、羽生はライブで次々に演じられたプログラムと、彼の歴史の重要な瞬間を捉えた幾つかの映像や観客との対話から成る物語を通して、その驚異的なキャリアを辿った。非常に革新的であったため、5公演中2公演を生中継したテレビ局は、当該カテゴリーで最優秀番組賞を受賞した。しかし、Prologueが、これまで想像も出来なかったようなことを提案してアイスショーの概念を変えたのだとすると、 GIFTは根本から革命を起した。なぜならここで語られたものは、羽生だけの物語ではないからだ。羽生がショーを考案した頭脳であり、語り手であり、絶対的主役だが、これは私達全員の物語なのだ。

指揮者がステージに上がって定位置に着く。演奏が東京フィルハーモニー管弦楽団だったと明かされたのは、音楽に始まり、全てが最高レベルで実施されたショーの最後だった。照明が落ち、羽生のナレーションが幸せ、絆、夢を語る主人公の声と表現を聞かせるために、日本語のナレーションで、イタリア語を含む無数の言語の字幕を有効出来るようになっている。羽生はプログラムについて言及し、それらが助けると言うが、ショー全体を通してプログラムという言葉が使われたのはこの一度だけである。羽生はスケーターであり、ここ半世紀以上においてオリンピックで連覇を成し遂げた唯一にして最高のスケーターであり、現役時代も、競技を置き去りにして去る決意をして現在も、フィギュアスケートに革命を起こすことの出来るスケーターだが、これはただのアイスショーではない。スケートは羽生の表現手段であり、彼の感情を伝える方法であり、観客との対話を可能にするものだが、彼のビジョンではプログラムは、単なる技術要素の羅列ではなく、他の表現手段と融合し、果てしない規模の何かを生み出す物語なのだ。ナレーションが主要な役割をはたしている。羽生の声が、全ての映像に寄り添い、命を吹き込み、彼の夢と内面の葛藤を見せている。みんなの夢と内面の葛藤。何故なら、アスリート(羽生)のファンは、それぞれの楽曲を認識し、羽生が特定のプログラムをいつ演じ、どのような結果を得たのか知っているが、これら知識は、あくまでも付加的なものであり、実際にはもう必要ないのだ。誰もが夢見ることを知っている。自分がちっぽけだと感じること、己の夢を叶えるために戦う決意をすること、失望と喜びの瞬間を知っている。そして、私達全員の中にカール・グフタフ・ユング が定義した自分と外界の懸け橋となる人格、ペルソナが存在する。一個人の物語が詩的に変容し、普遍的なものに変わる。こうするために、羽生はあらゆる細部に注意を払っているのだ。

ショーの基盤となっているのはライブパフォーマンスパートと映像の融合である。短いイントロダクションの後、照明効果があり、オーケストラが演奏を始める。ロシアのおとぎ話をイーゴリ・ストラヴィンスキーがバレエ化した火の鳥で、不死の魔法使いと善の力を象徴する火の鳥の戦いを描いている。私達はおとぎ話の世界にいて、羽生にとって最も重要な大会が開催された場所を示す地図が現れる。それからどんどん温かくなっていく世界で成長し、生きたいという願望が表明され、華麗な登場でクライマックスに到達する。羽生が火の鳥であり、自らの灰の中から蘇る不死鳥なのだ。

最初のプログラムから、すぐに私達が目にしているのはただのスケートではないことが分かる。映像と光のプロジェクションと融合する羽生の動きは、このアスリートの途方もない技術力と、彼の動きを拡大したり、彼との視覚的対話を確立する役割を担うライゾマティクスの同じく途方もない能力があってこそ可能なのだ。突如、炎がアイスリンクの周りで燃え上がる。驚異的な技術的挑戦、もし氷が溶けてしまったら、プログラムを正確に実施するのが不可能になってしまうからだ。しかし、音楽のビートと連動したその炎が、この瞬間、そしてその後の幾つかの瞬間に適した雰囲気を作り上げるために完璧な役割を果たしている。リンクは時には液面に変わり、自然に向かって開いたり、感情が転写される画用紙になったりする。

空間は巨大スクリーンや飛翔する二羽の鳥によって上へ上へと広がり、作品を開いては閉じながら、円を形成しているが、同時にElevenplayの舞踏団が何度も登場して物語に深みを与える両サイドと、シンクロライトリストバンドによって感情の変化が強調される観客の側へも広がっていく。テクノロジーは彼の動作をアニメーション化して羽生と対話させたり、クラシック音楽からビデオゲームの世界まで、コンテクストに応じて彼を増殖させたり、非人格化させたりする。非常に洗練された衣装が、オープニングの不死鳥から宮崎駿千と千尋の神隠しの主人公である龍のハクなど、演者が演じている生物に変身させる。効果音が目に見えるものに具体性を与える。映像と共に語られる羽生の言葉はプログラムを区切り、同時にそれらを繋ぐ。物語の統一感を失うことなく、様々なスタイルで様々な示唆を与えることの出来る映像が、視聴者の目の前で、そして彼の心の中で解き放たれていく。

第一部は最大のトラウマで締めくくられる。フィギュアスケートは演技種目であり、羽生が大勢の観客の前で披露するのは、何よりも己への挑戦だった。ショーの核心はここにあり、彼でさえ完璧にやり遂げられるか分からないプログラムであり、物語を破綻させないためには、その成功は必要不可欠だった。何故なら、夢が砕け散ってしまうことがあったとしても、少し視点を変えれば、自分の夢を追い求めるための新しい方法が見つけることが出来るからだ。過去に壊されることなく、飛び続けるために。しかし、そのためにはリスクを冒さなければならない。アスリートがリンクに降りる数分間、彼が既にやったことが、余裕で五輪メダルに値するクオリティであったとすれば、突然、ショーに試合の緊張感がもたらされるからだ。この点でも羽生のストーリーテリングの巧みさが現れている。物語の中で意味があることであれば、万が一ミスをした場合に払うことになる代償を十分に理解した上で、究極難度のものを身体が休まっている冒頭ではなく、ショー開始から45分後の5つ目のプログラムで披露する勇気。

羽生と人生の歩みの中で戦う全ての人々について語りながらもファンタジー色が強い第一部に対して、第二部では、人々を楽しませることを天職とするパフォーマーは、自己疎外の中に消え、パブリックイメージとペルソナの間の二重性や自分の顔を見せることの不可能性を深く掘り下げた、リアリティに根付いた内容になっている。過去のプログラムは再解釈されて新しい意味を与えられ、新しいプログラムはこの日のために特別に創作された。これら全てが、羽生による創作と演技に加え、様々な表現形式を一つの作品に融合するMIKIKOの巧みな演出によって、全てが一つに合体される。ショーを更に豊かにするのは、音楽監督の武部聡志率いるスペシャルバンドの演奏だ。彼らの才能が結集し、結果として、羽生が考え出した「贈りもの」の意味がより強く浮かび上がった。

ショーの後にはインタビューが続き、羽生は制作過程の幾つかの側面について詳しく語っている。羽生はアスリートとして道を歩み始め、日々年々、技術を磨いてスポーツ界で並外れた成功を納め、ついには彼に名声をもたらしたそのスポーツをも超越するに至った。GIFTによって、彼はこれまで存在しなかったジャンルの芸術作品を創り上げた。そして、それは史上最も偉大な物語と並ぶに値するものなのだ。

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☆見事な分析ですね。

私はオープニングの火の鳥で「これは、羽生結弦の完勝だ」と思いました。

実はプロローグでSing Singとかスパルタクスとかミッション・インポッシブルなどのジュニア、ノービス時代の懐かしいプログラムが披露された時、火の鳥も滑って欲しいなあと思っていましたが、このGIFTのオープニングのために取ってあったのですね!

素晴らしい選択。このショーのオープニングにこれ以上相応しいプログラムは他にありませんでした。

そして、あの衣装、ゴンドラを使ったド派手な登場が許される人は、スポーツ選手は勿論、歴代のロック/ポップスターを見渡してもマイケル・ジャクソンぐらいしか私は思い浮かびません。

紅白歌合戦の小林幸子さんがいますが、あれはちょっと路線が違いますよね?

オペラやバレエなら、このぐらい派手で豪華な演出を見たことがありますが、あの演出を、一人で、衣装・演出負けせずに、そして滑稽にならずに、正統派で見せられる人を、私は他に想像出来ません。

GIFTについてはいずれゆっくり感想を書きたいと思っていますが、いきなり打ち上げ花火の連続だった羽生君のプロキャリア一年目。二年目は一体何を見せてくれるのでしょうか?

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Published by Nymphea(ニンフェア)

管理人/翻訳者(イタリア在住)。2011年四大陸チゴイネ落ち @pianetahanyu